トイレから戻ると、銀時の傍らに若い女の子が立っていた。ナンパなんてろくに成功したことないくせに。からかうつもりで歩み寄ると、その子はただの店員だった。アルコールで視界が眩んでいる。
目頭を揉みながら隣に戻ったわたしに、銀時が声をかける。しかし、周囲の喧騒に紛れてよく聞こえない。週末の居酒屋は席が埋め尽くされ、仕事からの開放感から皆大声を出して好き放題に騒いでいた。眉を顰めていると、銀時はわたしの耳に口を近付けて声を大きくした。
「ラストオーダーだって」
ああ、とわたしは頷いた。銀時はメニューを広げ、あんみつパフェを頼んだ。わたしは冷や酒がまだ残っているので首を横に振った。しかし、店員の子が背中を向けてから「あっ」と引き止める。
「ごめん、お姉さん。やっぱ冷やもう一本」
「はあい」
にこりと笑顔を向けられる。かわいらしい子だった。
傾けた猪口から一筋酒が垂れる。それは腕を伝い、古い木の机に染み込んでいく。銀時は残り一本になったつくね串に豪快に齧り付いた。薄らと上気した頬の上、その目は厨房で忙しなく動く女性店員に向いていた。体のラインに沿うような黒いパンツを履いているので、丸いお尻の形がよくわかる。なんてことない顔をしているが頭の中が見え透いて、机の下で足を踏みつける。
「痛!」
「歩く公然猥褻罪で逮捕するよ」
「まだ何も言ってねぇししてねぇ!」
「うぅわ、するつもりの台詞だ」
「しねえって」
酔いのせいか、眼球が潤んで見えた。実を剥ぎ取られて無惨な姿になった串が、皿の上に連なる。わたしは、銀時のきれいな食べ方が好きだ。残り滓ひとつ残さない。魚の食べ方、ごはんの食べ方。誰が決めたか知らない、しかし誰もが信じる行儀の良い箸の持ち方だって、きちんとそれに倣っている。おしぼりで顔を拭く仕草は、年齢以上に老成していていかがなものかと思うけれど。
店内から人が減りはじめた頃、銀時はパフェ、わたしは最後の冷や酒を呷った。つまみにほとんど手を付けないまま、酒だけで満腹になった。明日がきついなあと考えつつ、手は止まらない。残すのがもったいないという貧乏根性が働いている。
机の下で、膝と膝が触れる。指先で着物を摘まれている。隣を見れば、机に頭を乗せた銀時が「なあ」と猫撫で声で誘う。
「いつもの部屋でいいだろ」
「あそこカビ臭い」
「贅沢言うなよ」
「甲斐性なし」
「んだと。俺だってちゃんとやってますぅ」
銀時は酔うと明け透けになる質だった。素面で吐き出せないことを、酒に頼ってぽろぽろこぼす。従業員であり、家族——本人は口が裂けてもそうは言わない——でもある、子どもたちには言えないことや見せられないことを晒す。しかし、それも相手が誰でもいいというわけではない。笑って流してくれたり、決しておしゃべりではない相手を選んでいる。わたしは——どちらにも当て嵌まっていないと思う。
会計をするのはいつもわたしだ。銀時はクレジットカードを出すわたしを「さすが公僕」と嫌みたらしく後ろから笑って見ている。それも慣れたので適当に聞き流していると、有線で流れているメロディにはっとした。
「潮騒のメモリー」
「はあ?」
「知らないの?」
事務的に精算作業をこなす手を見ながら、頭上から聞こえる音楽に耳を澄ませる。笑い声や怒声が邪魔だった。
店を出ても歌が頭から離れなかった。人通りの疎らな路地を歩きながら鼻歌を歌う。月夜は明るく、街灯もいらないくらいだった。もうずいぶん、真っ暗闇の空は見ていない。
上機嫌だなとからかう銀時に、笑みを見せた。数年も前に放送していたドラマの歌。朝からドラマを見る習慣はなかったし、当時は見ていなかった。けれどついこの前まで再放送をしていて、おもしろくて見るようになった。銀時は、ふーん、と相槌を打っていた。仕事がない限りは寝坊するのが常習の銀時は、朝ドラなんて見ないだろう。
二階建ての宿に入り、部屋に入るなり唇を重ねた。肉厚な舌が口内に入ってくる。唾液の交わる音と荒い息遣いを聞きながら、銀時の着流しを肩から落とした。黒いジャージの上から撫でる肩や腕は、肉の下の筋肉に沿って隆起している。
口付けの合間に銀時のズボンのチャックを下ろすと、勃起した性器がトランクスを押し上げていた。着物の合わせ目を拡げられ、胸を揉まれる。早々に繋がりたくて、互いの下着を取り払ってすぐに性器を撫で合った。こういうとき、長い付き合いがあると楽だ。気持ちの良いところを熟知している。跪いた銀時が指でわたしの性器を広げる。熱い舌にまさぐられ、行き場のない手で癖のある柔らかい髪を掴む。じわじわと湿り気を帯びてくると、銀時はわたしを壁に向かせて後ろから突き上げた。視界の端に整えられた布団が映る。与えられる快感に脳髄が痺れてくる。靄のかかった頭で、ぼんやりと考えた。彼が待っている、かもしれない。
「あ、やべっ」
銀時が切羽詰まった様子で呟いた。次の瞬間には、わたしは果てた。一瞬のことでわからなかったが、埋められていた箇所に空洞ができた。お尻のあたりが生温かい。吐精する前に引き抜かれたのだと少ししてから気がついた。お尻から太腿へ、銀時の精液がたらりと伝う。
「おまえも止めろよ」
銀時に腕を引かれ、布団に仰向けに倒される。銀時はわたしの頭上のゴムを漁った。
「ここのゴム、安物なんだよな」
「穴開いてたりしない?」
「下の口はあきらめて上の口で」
「言い方」
布団の脇の行燈が頼りなく光っている。銀時はゴムを籠へ投げ、わたしの胸の上に跨る。目の前に差し出される赤黒い性器を口に含む。丁寧に舌を使って舐ると、銀時は湿った息を吐き出した。徐々に硬く大きくなっていく性器に喉を圧迫され、目尻に涙が滲んだ。
翌朝、陽の明け切らない時間に宿を出た。いびきをかいて眠る銀時は置いて、枕元には宿代を残した。半分くらい出すといつも銀時は言うのだが、そのお金があるなら子どもたちに給料くらい払えと受け取ったことはない。
屯所に戻ると、門前に副長が立っていた。春先の冴え渡った空気に佇むその姿に、思わず見惚れた。副長は見た目がいい。
「おはようございます」
挨拶をすると、副長はわたしを一瞥して吐き捨てるように言った。
「いけしゃあしゃあと。無断外泊か」
懐から出した煙草に手を翳し、ライターで火をつける。手の甲に乾いた血がついていた。爽やかな朝に似つかわしくない。副長は昨晩は見廻り当番だった。討ち入りの予定はなかったので、大方酔っ払いの喧嘩の仲裁にでも入ったのだろう。もちろん手についているのは返り血だ。
「咎めるのも飽き飽きしてきたところだ。腹切るか」
「切れと言われれば、いつでも」
副長が本当に鞘から刀を抜いたので、冗談ですと手で制する。瞳孔の開いた瞳で凄まれる。
「武士に二言はねぇ。いいか、次はない。次やったら叩っ斬る。第一、てめーは幹部なんだよ。下の者にあるべき姿を示すのが役目の一つでもあんだよ」
「ごもっともです」
「わかってんのかほんとに」
舌打ちをして門扉を潜る副長のあとを追い、まずは風呂に入った。服を脱いでいるときに携帯電話に万事屋からの着信があったけれど出なかった。鳴り続ける電話を無視して、潮の匂いを落とすように丹念に髪を洗った。排水溝に吸い込まれていく泡を見ながら、この泡もいずれは海に還っていくのかと考えた。
自室に戻り、隊服に着替えた。パトカーに乗るのなら、私服では目立つ。
押し入れを開けると、白い筒状の陶器がある。重みのあるそれを両手で持ち、そっと蓋を開ける。その中から、彼と、彼の妹を同じ布紙に包んでそうっと懐に入れた。
開けっ放しになっていた障子から、副長が顔を出す。
「おい、午後の会議資料作っておけよ」
「副長。有給ください」
「あ? いつだ」
「今日です」
「はぁ?」
「下の者に急な有給も取れるクリーンな組織であるとわたしが指し示します」
呆気に取られる副長の脇をすり抜ける。それと同時に、廊下を一気に駆け抜けた。副長の怒声は聞こえないふりをして、胸元を押さえ、パトカーに乗り込んだ。
◆
一年ほど前になる。
隊士を募るために武州へ向かったはずの局長が連れ帰ってきたのは、まるで昨日まで寺子屋に通っていたような少年だった。正確には青年といって差し支えない年齢だったが、わたしには大差なかった。同じ年代といえど、童顔の沖田隊長に比べても幼く見えた。しかし、副長も同行していた遠征で無力な人間を局長が連れ帰ってくるはずもない。彼には類稀な剣の才があった。身寄りがなく、親代わりの僧侶曰く近所の田舎道場で燻っているだけの器ではない。実際、打ち合いをしたときには平隊士を負かしたのだそうだ。
「厄介者に居場所はなかったんです」
廊下の雑巾掛けを途中でやめ、彼は額の汗を拭いながら言った。あとになって、彼は相当の粗暴者で、僧侶が手を焼いていたと知った。
わたしの部屋のテレビからは、軽快な音楽が流れている。朝議で見られなかったドラマを昼の放送で追っているところだった。耳はテレビに向いていて、わたしは彼の言葉を片手間に聞いていた。
「ここにいるのはそんなやつばっかだよ」
「局長や副長もそうなんですか」
「さぁ。わたしはあの人たちとそんなに付き合い長くないから、よく知らない。知らなくてもいいしね」
油蝉がけたたましく鳴いている。ぶううん、と古い扇風機が首を回している。
彼はわたしの管轄下に置かれたが、はじめのうちは稽古と掃除、小間使いをしていた。どれも真面目に取り組むので、わたしは彼が猫を被っているのではないだろうかと疑っていた。
「戦争に参加していたというのは、本当ですか」
相手に対する忖度を知る年ではないらしい。静かに鉄球を投げてきた彼を見る。
「誰に聞いた?」
温度を無くした声に、彼が目を泳がせる。怒られた犬のように目を合わせようとしない。居住まいを直し、すみません、と彼は力なく謝った。わたし自身が明言したことのない噂が、勝手に触れ回っている。事実ではあるが、これからも明かす気はない。
「わたしがどこで何をしていようと勝手でしょ」
「……隊長も居場所がなかったんですか」
人の話を聞いているのかいないのか。わたしは溜め息混じりに付き合う。
「昔も今もあるつもりだよ」
「俺も見つけられるでしょうか、居場所。俺が生きてる価値ってなんなんでしょう」
深刻そうな顔で言うので、少しおかしかった。意外にセンチメンタルじゃないか。
テレビでは潮騒のメモリーが流れている。最初はなんとも思っていなかったけれど、だんだんとこの曲が好きになってきた。世の中には、そういうふうになあなあで、曖昧で、境目のぼやけたことが多過ぎる。形容できないものは山程ある。誰かの中の自分に価値を見出す者、自分自身の信じる自分に価値を見出す者、それは十人十色で、誰も本当の答えなど知りはしない。
「居場所って、自分の中にあるものじゃないんだよ」
「……どういうことですか」
「野暮だな。自分で考えなよ」
彼は野暮、と呟き、腑に落ちない様子のまま掃除を再開した。廊下は磨きすぎて、細かな傷がよく見えるようになった。そこまできれいにしなくてもいいのに。
僧侶の話を聞いてきた副長は、彼が同級生数人と喧嘩をした際には、前歯が折れるまで殴ったり、引き摺り回して川に投げたりしたと言っていた。しかし、結局は又聞きだ。時間が経つにつれ、わたしは目に映る実直な姿が本当の彼なのだと思い込んでいた。その思い込みが本当に思い込みだったと考えが覆ったのは、彼が入隊して二ヶ月経った頃だった。
夜間の見廻りに二人で出た日だ。月がやけに大きくて赤かった。入隊早々に運転免許を取ったものの、まだまだ技術は足りない彼の運転は心許なかった。見廻りというより、運転の教習をしているような気分でわたしは助手席に乗っていた。況して、夜間は酔っ払いやチンピラが増える。道路に急に飛び出す人間もいるので、わたしは彼以上に緊張していた。
しかし、巡回中に目立ったトラブルはなく、治安の悪いかぶき町でさえ喧嘩のひとつもなかった。運転だけで疲弊している彼を休ませるため、公園の脇にパトカーを停めた。公園の中に煌々と光る自動販売機を見つけ、彼は飲み物を買ってくると言って降車した。わたしは周囲の様子を窺いながら彼が戻るのを待った。東屋を一瞥し、ここで銀時とビールを呑んだっけと思い出す。続けていろいろと蘇り、息を吐いて頭を掻く。早く戻ってこないかと自動販売機を見ると、彼の姿がない。辺りを見回しても影すらない。不審に思い助手席を降りると、断末魔のような悲鳴がこだました。
助けて、助けて——。
繰り返し聞こえる声の元へ走った。穴のたくさん空いたドーム型の遊具の裏で、彼が知らない男に跨っていた。真っ赤になっている男の顔に何度も何度も拳を振り下ろしている。その脇には、半裸状態の若い女がへたり込んでいた。乱れた衣服、髪。唇を震わせ、ガチガチと歯を鳴らしている。
骨の砕ける音が響く。男の声が徐々に小さくなっていく。わたしは彼を羽交い締めにした。
「やめろ!」
しかし、男と女の力の差は歴然で、彼は獣のように唸りながらわたしを振り払った。着地するときに地面に掌を擦った。意識を失い、死にかけの男に尚も掴みかかっていく彼の名前を呼ぶ。剣を抜き、その首筋に刃を宛てがうと、ようやく動きを止めた。
「聞け、バカ」
睨みつけると、荒い呼吸を繰り返していた彼の目の力が見る見るうちに弱まっていく。殺意が萎んでいくのが手に取るようにわかった。啜り泣く女の声が、夜の公園に落ちていく。
殴られていた男は強姦未遂で逮捕された。瀕死の状態だったが、命に別状はないそうだ。歯を失い、頬と鼻の骨を折ったくらいで済んだ。撲殺される前でよかったと言っておこう。襲われていた女は、事情を聞いている間も泣き続けていた。襲われたことと、目の前で血だらけになっていく人間と、それを容赦無く殴り続ける彼の姿に重ねてショックを受けていたようだった。
殴った本人は謹慎処分になった。わたしも上司として監督不行届だと叱責を浴びた。副長は彼をわたしの管轄から外して自分の元へ置くと言い出したが、わたしはそれを止めた。彼がこれまでどんなふうに生きてきたかは知らない。けれど、彼の居場所を本人の意思なく奪うことはできなかった。頭を下げると、局長の助力もあり、副長は渋々彼の異動は保留にした。
「食べる?」
団子を餌に、部屋に籠っていた彼を縁側に誘った。そのくらいのことは許してもらわないと、警察官たり得るための精神衛生が保たれない。副長に見つかったときは、わたしが謝ろうと思っていた。彼は遠慮がちに部屋から出てきて、わたしの隣に座った。元々色白なほうだったが、顔色が悪く更に白く見えた。
差し出した団子に手を出そうとしないので、パックごと押し付ける。艶のあるみたらし団子は近所のスーパーで買ってきただけのものだったけれど、彼は一つ口に入れると夢中で食べた。謹慎中とはいえ食事くらいは取ってもいいが、そういえば食堂で姿を見ていなかった。口についたタレを拭う横顔を見ながら、空になったパックの蓋を閉じた。
「警察官の本分は」
口を開いたわたしを彼が見る。指折り数え、諭すように語りかける。
「犯罪の抑制、被疑者の確保、市民の安全を護ること。今回の行動は警察官の責務を果たした……と言える。でも謹慎になった理由はわかる?」
彼は膝の上で拳を作った。手には包帯を巻いている。殴りすぎて、皮膚が青黒くなっていたのだ。こくりと頷くと、頭はそのまま垂れ下がったままになった。
「犯罪者だからといって、力で捩じ伏せていいわけじゃない。非常に、すこぶる、誠に遺憾ながら、残念なことに、どれだけの凶悪犯にも人権はある」
「すみません……」
素直な謝罪に、所在なく庭先へ目を移す。二十歳にも満たない青年に説教をしたことはない。そもそも仕事について説けるほど、大層な正義感も信義も持ち合わせていない。江戸を護っているという誇りも、武士であることの矜持もない。自分の信念を貫く局長や副長の元にいても、おそらくわたしの芯は変わらない。
「詭弁だとは思うけどね」
彼は少しだけ顔を上げ、困ったように愛想笑いをした。しばらく無言の時間が続いたが、遠くを見つめ、彼は徐に沈黙を破る。
「妹がいたんです」
家族がいたとは知らなかった。妹? とおうむ返しすると、彼が小さく笑みを作った。
「血は繋がってなかったけど。今は、もういません」
「……そう」
「妹は、ある日知らない男たちに襲われて、心を病んでしまったんです。よく笑う奴だったのに、全く笑わなくなって、部屋に篭りきりになって、急に泣いたり怒ったりするようになって、どんどん痩せ細って……。俺は、妹を汚れたもののように扱う奴らを殴りました。でも、本当は、妹にひどいことをした連中を殺してやりたかった。何度も何度も思い描くんです。夢にまで見る。一番苦しむ方法で殺すにはどうしたらいいか、そればかり考えてました」
双眸に冷たい炎が宿っている。背筋が強張る。そこには、確かに殺意がある。今も燻る、殺意。
「でも、俺がそいつらを殺す前に、妹は死にました。自ら命を絶ったんです。絶望って、こういうことかと思いました。でも、妹はもう苦しむことはないのだと思ったら、ほっとしました。ひどい兄貴ですよね」
言葉が途切れる。彼は懐に手を差し込み、折り畳まれた紙布を出した。掌に収まる程度の大きさで、それを開いていくと、中には白く乾いた破片があった。骨だとすぐにわかった。
「それ……妹?」
訊ねると彼は静かに頷く。遺骨のほとんどは埋められたけれど、少しだけくすねたそうだ。氏の知れない子どもの骨だ。ひとつふたつ無くても、誰も構わない。穏やかな口調で嘲る彼の口元は弧を描いていた。
もしも妹をレイプした男たちと相対すれば、彼は迷いなくその牙を剥くだろう。躊躇いなく、その首を刎ねるくらいはするはずだ。復讐は何も生まないなどと使い古された綺麗事を吐く気はない。それで憎しみや恨みを晴らすことができるのなら、それもひとつの道に違いない。自らの心臓を引き裂いても、癒えない傷も、消えない想いもある。しかし、人権という単語を放ったばかりで、それを度外視した持論を聞かせるのは気が引けた。持論はあくまで持論であり、規則を破っていい理由にはならない。
彼は愛しいものを見るような眼差しで、手の中の妹を見つめた。大事に布紙を被せ、包んでいく。
「妹がまだ元気だった頃、海が見たいと話していました。隊長、最近朝ドラ見てるでしょう」
「ああ、あれね。原田に話したら遅れてるって言われたよ」
「俺もあのドラマ、好きですよ。妹も俺も狭い田舎から出たことがなくて、海なんか見たことなかったんです。今はいつでも行けるけど、本当は二人で……」
はらはらと涙が落ちる。何の前触れもなかった。面食らうわたしと、あれ、と呟く彼。どうやら自分でも泣いていることに驚いているらしい。何度拭っても、涙は止めどなく溢れている。
「すいません、なんで……」
終いにはしゃくりあげる始末だ。感情を追い越して涙が流れ、心をすっ飛ばして身体が悲しんでいる。滲ませていた憎しみが、あっという間に悲しみに覆われていく。二人で海に行きたかった。けれど、妹はもういない。その事実が彼を追い詰めていた。逃れる術はない。それが、真実だから。
ごめんなさい、と子どものように彼は繰り返した。顎先で洟と涙が混じり、着物に染み込んでいく。項垂れる彼の背に、そっと手を添えた。彼はゆるゆると頭を上げ、真っ赤な目でわたしを見た。
「隊長の声が聞こえました。やめろって」
「最初聞こえなかったでしょ」
「聞こえました。変なんです。俺、妹が死んでから、まるで水の中にずっと溺れてるみたいに音がくぐもって聞こえてたんです。でもあのとき、隊長の声だけがはっきり聞こえました」
「今は?」
「今も、ちゃんと聞こえます」
苦笑した。だったら突き飛ばすな、と擦りむいた掌を見せた。わかりやすく落ち込む彼がおもしろかった。獣のような暴力的な本能に抗えない姿も、今のしおらしい姿も、どちらも彼に違いない。誰もが持つ、理想と現実の乖離に悩み苦しむ、どこにでもいる青年だ。
風が涙を乾かす前に、彼は自力で涙を止めた。擦りすぎて目の下は赤い。垂れ続ける洟を無理やり拭い、急に笑い出した。
「俺、今すげぇかっこ悪いですね」
「アンタがかっこよかったことなんてないけど」
「ひどいな、隊長」
本音だったのでひどい奴であることに変わりない。わたしにとって部下は仲間だ。仲間に対し、単に顔がいいとかは感じることはあっても、それ以上の感情などない。況してや年下の青年に対して、浮ついた気持ちなど持ったことがない。わたしが仲間の垣根を越えてしまった人間は、ただ一人しかいない。いや、あれは超えたというより壊してしまったといったほうが近い。
彼は一頻り笑ったあと、深く息を吐いた。翳りの差す庭に、音もなく消えていく。しんと静まった空気を打ち破るように、彼の背中を目一杯の力を込めて叩いた。彼は呻き、背を丸めてわたしを見上げた。
「次はいきなり殴りかかるのはやめなさい。性犯罪は立件されにくい。相手をしょっぴくにはその場で罪状を明白にする。傷害罪、公務執行妨害、警官侮辱罪でもなんでもいい。方法はいくらでもある。学がなくても、そのくらいのことは頭に入れる」
「誘発させろということですか」
「時と場合によってはそれも必要ということ」
「……隊長は悪徳警官ですね」
形のいい頭を叩く。人聞きの悪いことを言うな。
「隊長、ひとつお願いしてもいいですか?」
背を伸ばし、柔らかな笑みを浮かべた彼と目が合う。急に大人びて見える。彼は少年と青年の間を自由に行き来していた。
「もし俺が死んだら、骨は半分、妹と一緒に海へ流してください。妹が見ることのできなかった海を、一緒に泳ぎたいんです」
「もう半分は?」
「隊長のそばに置いてください。俺の居場所を、隊長の中に作ってください」
「図々しいな」
彼はからりと笑った。
◆
春先の海に人気はなかった。遥か遠くには夕陽が見える。薄く広がった雲が、明かりを滲ませている。
砂浜に降り立ち、押し寄せては引いていく波を見つめていた。風のない海は穏やかで、橙色の光を海面に反射させている。眩しいくらいに美しい。懐から布紙を出して飛ばされないように広げる。彼と妹の骨を半分ずつ包んできた。指先で撫でると、それは温度を持たず、乾いている。布紙を折り畳み、握り締める。
黒い靴で砂浜を踏みしめる。足を取られて歩きづらい。それでも前だけを見て進んだ。
——彼は死んだ。二週間前のことだ。大規模な討ち入りがあった。場所は江戸でも有数の大きな旅籠屋。攘夷浪士が集まって、テロに使うための武器や薬品を大量密輸し、旅籠屋の倉庫に隠し持っていた。しかし、そこには事情を知らずに働く無関係の一般人もいる。突入する前に、一般人は逃す手筈になっている。逃げ遅れた者がいても、一般人には手を出すなとくどいほど言った。しかし、わたしの背筋に張り付く嫌な予感は消えなかった。そして、嫌な予感は的中した。
彼は、浪士を次々に斬った。剣術は申し分ない彼は、日が経つごとに前線に立つことが多くなった。目の前に現れる敵を斬り倒して進んでいく最中、わたしは彼の殺意がむくむくと肥大化していくのを感じていた。人を殺すことに快感を覚えているのではない。それは衝動としか言いようのない、得体のないもの。しかし、生き残るために全員が必死だ。彼の獰猛に研ぎ澄まされていく輝きに誰も気付かない。
背後に悪寒が走った。振り返ると、彼が物陰に隠れていた女に向かって剣を向けているのが見えた。彼が切っ先を振り下ろす刹那、叫んだ。やめろ、と。その声に、彼の目がこちらを向く。それと同時に、黒い隊服を刃が突き破った。刃が抜かれると、血飛沫が上がる。彼は膝から頽れた。女は顔に返り血を浴び、絶叫しながら握った刀をまた振りかざした。まっすぐに突き立てられた刀が、彼の体を貫く。噴き出る血も流れ出る血も温かいのに、転がった彼の目だけは冷え切っていた。
わたしが声を上げなければ。わたしが止めなければ。彼は、まだ生きていた。まだ若くて、あの夕陽よりも眩しい。わたしが、彼の未来を奪った。
死んだ隊士を数え切れないほど見送ってきた。殉職、暗殺、粛清。
戦争で数え切れないほどの生き物を殺した。この手で、剣で。
今更、なにを思うのだろう。わからないことだけが明確で、視界が暗い。刺すような夕陽で目が眩む。海の中を進む。水分を含んだ服が重く、思うように歩けない。気付けば脇腹のあたりまで海に浸かっていた。引き返すこともなく突き進んでいると、急に後ろから腕を掴まれた。
「聞いてんのかよ……!」
銀時、と少女のような声が漏れた。銀時は深い皺を眉間に刻み、息も絶え絶えになっている。呆気に取られるわたしの腕が軋むほど強く掴まれる。
「さっきから呼んでんだろうが」
「……聞こえなかった」
「何してる」
穏やかに見えていた波は、体を揺らすほどに強い。時折、足が浮きそうになる。しかし、ぐらぐらと揺蕩うわたしと違い、銀時の体は水の中でも落ち着いて見えた。銀時と、わたし。違いは何なのだろう。
銀時は険しい顔付きでわたしを睨んでいる。久しく見ていない表情だった。
「骨を」
はっとして懐に手を入れる。布紙は濡れずに、まだそこにあった。よかった、と安堵する。
「海に行きたかったんだって」
「あ?」
「部下。わたしが殺した部下と、その妹」
きっと海の中は、光が届かない。暗くて重い波に飲まれてしまわないように、せめてふたりでいられるように。間違っても、砂浜にも岸辺にも戻ることのないように、遠くに行かなければいけない。
わたしの精彩を欠く言葉に銀時が眉を顰め、手の力が緩む。その機を狙い、腕を払った。踵を返して海を進む。跳ねる海水が口に入る。しょっぱい。まずい。きらきらと光る海がわたしを追いやるように波を仕向けてくる。胸まで浸かりはじめて、また腕を掴まれた。精一杯振り払おうとしても、銀時の手は離れない。男と女の違いが嫌で、何度も苦渋を味わってきた。けれど、銀時といると、わたしは女なのだと思い知らされる。女であることを利用しようとさえ思う。なんてさもしい人間なのだろう。
海面が揺れる。舌打ちをして、語気を強めて銀時を睨む。
「離して」
「嫌だ」
「泳げないくせに、これ以上わたしが進んだらどうするの」
「行くよ」
曇りのない瞳に射抜かれる。銀色が夕陽に照らされ、光っている。雲は夕陽を避けるように流れていた。
「おまえが行く場所に俺も行く」
銀時の体も、胸の近くまで海に浸かっている。着流しの袖が浮いていた。息を飲み、やっとのことで紡いだのはバカの一つ覚えみたいな嫌味だった。
「……泳げないくせに」
「死んでも離さねぇ。だから死ぬな」
むちゃくちゃだ。そもそもわたしは死にに行くわけではない。
「言ってることおかしいよ」
「なんでてめえはそうなんだよ」
悔しそうに銀時が唇を噛み締める。
「なんで無くしたもんばっかり見るんだよ。昔っからそうだよ、てめえは戻らねえもんに囚われて、そばにあるもんに目を向けねえ。てめえがどんだけ願っても、戻りゃしねえんだよ。死んだら生き返らねえ。わかってんだろ。死んだ奴のために死ぬなんざ許さねえよ」
「誰も死ぬなんて言ってない!」
「じゃあそのツラやめろ!」
海面を揺らす大きな声に身が竦む。わたしは自分がどんな顔をしているかわからない。ぬるい涙が一筋頬を伝った。あふれて溢れる。唇に落ちたそれは、海と同じ味がする。
抱き寄せられると、ぐらぐらと揺れていた体はぴたりと動きを止めた。声が出ないほどきつく抱きしめられる。酸素を求めて呼吸を繰り返す。喘ぐように、何度も。苦しくて仕方がないのに、呼吸を止めることはできなかった。
砂浜に着く頃には陽は沈んでいた。銀時は着流しを脱ぎ、きつく絞った。無骨な手の甲が白くなっているのを横目に、わたしも重い靴を脱いだ。一緒に靴下も脱げて、裸足になる。足の裏に砂粒が大量に張り付く。暗い堤防の向こう、わたしが乗ってきたパトカーの横に銀の文字が入ったスクーターが停まっている。
少し濡れた布紙を広げる。波打ち際でしゃがみ、彼と妹をそっと波に乗せた。小さく白い彼らは、あっという間に波に攫われていってしまった。戻ってきてしまうのではないかと思ったが、それは杞憂だった。暗い波の中、彼らは白く輝いていた。
「なんでここにいるってわかったの」
くたびれて、そのまま砂の上に座る。銀時は絞った着流しを広げていた。
「テレパシーだ、テレパシー」
「あっそ」
「やめてくんない、その冷たい感じ」
夕陽は沈んでいるのに目が痛い。海水が沁みているのだろうか。砂のついた手で擦ることもできず、しきりに瞬きを繰り返す。銀時は広げた着流しを膝の上で叩き、肩に引っ掛けた。片足で立ち、ブーツを脱いでひっくり返すと、中から水が勢いよく流れ出た。銀時は素足で砂の上を歩き、わたしの脇に立った。見上げると、目が合わないまま訊ねられる。
「惚れてたのか」
首を傾げる。あくまでこちらを見ようとしないので「そんなんじゃないよ」とわたしも目線を外した。
「男だろ」
「死なせたくなかったんだよ」
「口説かれた?」
なんでここで嫉妬心を出すのだろう。わたしが普段どこで何をしていようと、仕事で隊士たちと遠征に出ていようと、銀時が口出ししたことなどない。互いに干渉せず、気が合ったときにだけ会うだけの間柄だったはずなのに。一緒に酒を呑んで、たまに昔話を肴にして、いつまでもだらだらと取り留めのない話をする。そして、時々やるせなさを埋めるように抱き合ってあたためあう。銀時は誰のものにもならないから、わたしも安心してそばにいられる。友人、恋人、仲間——それらを失うことを恐れているから、わたしは銀時といる。決して懐に収まらないから、安心して銀時の隣で息ができる。
「俺の居場所を隊長の中に作ってくださいって言われたな」
彼に言われた言葉をなぞる。口に出すと、それは呪いのようだった。
「なにそれ、告白じゃん。てかプロポーズ?」
わたしが思ったことと正反対のことを言われ、面食らう。銀時は苦々しい表情でさざめく海を睨んでいた。
彼の言葉にどんな真意があったとしても、今となっては確かめる術がない。夜風で冷えはじめた爪先を気休めに擦る。闇の中で、波音が大きく聞こえる。月は白く光っている。星はなかった。
「銀時がそんなこと気にするとは思わなかった」
「別に……どうでもいいけど」
帰るぞ、と二の腕を掴まれ、ようやく立ち上がる。脱いだものを抱え、腕を引かれて歩いた。こうして歩くのは久しぶりだ。
「スクーターは?」
わたしからパトカーの鍵を受け取った銀時が運転席に乗り込む。置いていく、と言った銀時の声は小さく、早く乗れと急かされた。後部座席に銀時の着流しと、わたしのジャケットや靴を放り投げた。シートの上で膝を抱えて座る。エンジンがかかると、車はゆっくりと走り出した。ヘッドライトがアスファルトの夜道を照らす。デジタル時計を見て、そういえば次に無断外泊をしたら切腹だと副長に言われていたと思い出した。
車内に充満する潮の匂い。冷たい風が吹き込んでくるので、窓は開けなかった。走行音だけが聞こえる時間がしばらく続き、信号で止まったところで銀時が口火を切る。
「おまえが死んだら、骨は俺にくれ」
わたしはきょとんとした。なにがあっても生き残れと戦場でわたしに告げた唇が、つい数時間前には死ぬなと言ったその声で、死んだら骨を寄越せと言っている。
「なんで?」
「酒に混ぜて飲む」
「うぇっ」
「知りもしねえ人間の骨、大事に持ってる奴に引かれたくねえわ」
ハンドルに右手を置き、銀時が冷えた声で言った。彼の妹のことだろう。打ち消すように言葉を重ねた。
「知らなくない。あの子は、わたしだったかもしれない」
信号が赤から青に変わる。人工的な明かりに照らされる横顔に表情はなく、わたしは口を閉ざした。
生きることと死ぬことは常に隣り合わせで、わたしたちは、どちらか一方にいつ傾くとも知れない。遅かれ早かれ訪れるそのときを、否応なく迎えなければいけない。
「でも、おまえは生きてる」
銀時が呟く。返事はせず、頭を窓に凭れさせ流れる景色を眺めた。生きることは辛いことだらけで、楽しいことはほんの一握り。そうだね、それでも、生きてるよ。
車は屯所の前で停まった。丑三つ時、大半の隊士は眠りについている。車を降りたわたしを銀時がじっと見ていた。感情の読めない瞳に、小さく笑った。
「もう一人で眠れる。あれから何年経ったと思ってんの」
「歳食ったな、お互い」
「ほんと嫌になるね」
「そう悪いことばかりでもねえさ」
車の鍵を受け取る。生乾きの着流しを持って銀時は「じゃ」と帰っていった。わたしは明日の朝の副長の説教を覚悟し、屯所の門を潜った。
目覚ましが鳴ると同時に背中の一点に衝撃が走った。布団越しに背骨を圧迫するのは、一本の刀だった。刀と同様にすらりと伸びる黒い足は副長のものだ。どすの効いた声で凄まれる。
「起きろ。切腹と腹切り、選ばせてやる」
「同じじゃないですか……」
鞘から刀身を抜く音が聞こえ、跳ね起きる。土下座する勢いで正座すると、額に掌底打ちを食らった。寝起きの頭にはひどく堪える。副長は鳴り続ける目覚ましを止め、刀を鞘に納めた。
「監察を使って事件の裏を嗅ぎ回ってたらしいな」
眼下に紙が散らばった。額にぶつけられたのは掌底だけではなかったらしい。数枚の用紙には、二週間前の事件の概要、報告書、捕縛者、死傷者のリストが載っていた。わたしは額をさすりながら苦虫を噛み潰す。副長には内密にと頼んだのに、山崎が口を割ったようだ。仕事はできる優秀な監察だが、上司——こと副長にはとことん弱いのが山崎の難点だ。
副長は正面にあぐらをかき、煙草に火をつけた。他人の部屋だという配慮は皆無だ。
「火葬したはずの遺骨がひとつ見当たらねえ。心当たりは」
確信を得ている強い口調だった。わたしは「さぁ」と首を傾げた。副長は目だけを押し入れへ向け、しかし、それ以上追求はしなかった。紫煙を吐き出し、散らばって一番下になっていた紙を引っ張る。指差されたそこには、死傷者の名前がある。彼の名前だ。
「コイツを斬った女は、浪士どもに脅されていた。言うことを聞かなければ殺す、警察に告げ口でもすれば、腹の中のガキもろとも命はない、と」
想定していなかった言葉に素に戻る。副長は淡々と続ける。
「女は今は病院にいる。ゆうべ、赤ん坊が産まれたらしい」
「…………赦せと言ってるんですか?」
おまえの部下は死んだ。殺した相手は脅されていて、腹に子どもまでいた。自分と子どもを護るため、斬った。だから見逃せと? 新しい命のために、彼は犠牲になったと? 儚くて小さくて、尊い尊い命のために?
「規律でてめえらを縛ることはあっても、感情まで縛る気はねえ。好きに解釈しろ。ただ、もしあの場で奴が女を斬っていれば、奴は糾弾されることになっただろう。その咎を背負わせずに済んだ」
副長が腰を上げる。わたしは呆気に取られていた。
なぜそんなことを言いに来たんですか。そんな綺麗事並べられたところで、わたしが憎しみに駆られて母親を殺すことがないと思ってるんですか。平気なんですよ、わたしは。見ず知らずのガキがどうなろうと、知ったことじゃないって開き直ることができる。そういう人間です——。
抗議が出かかって、しかし、音になる前に副長は部屋を出ていった。あと十分で朝議だと言い残して。
鶯が鳴いている。正論で殴りかかり、正義を笠に着て理不尽と横暴を繰り返す世の中で生きていく。誰かを追い詰め、殺め、のうのうと生きている。この世で息苦しさを一生味わいながら、逃れることのできない罪を抱きながら、それでも、生きなければいけない理由があるだろうか。その理由って何なのだろう。息をするだけで、こんなにも苦しいのに。
戦場で生きろと言った銀時の声が蘇る。潮の匂いがどこからか漂ってくる。
死ぬな、生きろ。
繰り返されるそれを、抗えないそれを呪いと言わず、なんと言おう。
今更気付く。彼に呪われる前から、わたしはずっと、あの銀色に呪われていたのだ。
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