高杉とヅラが二人で作戦会議をしているところへ顔を出すと、珍しいものを見るかのような視線を向けられた。普段、わたしは作戦会議に参加したことがない。参加したところで、結局わたしは勝手に突っ走るからだ。咎められても、自分でも制御の効かない部分なのでどうしようもなかった。
 室内には高杉とヅラしかいなかった。「銀時は?」と訊ねると、ヅラが外を見遣って答えた。

「銀時なら魚釣りに行っているからすぐには戻ってこんぞ。急ぎか」
「ううん……こないだ貸した五百円、返してもらってないから」

 出任せだったが、あり得ないことではない。

「どうせ返ってこねえから諦めろ」

 高杉はにべもなく言い放った。わたしはそう、と返事をしてその場を離れた。
 今朝は眠れないまま朝を迎えた。重い頭を抱えて廊下に出ると、銀時が涎を垂らして座ったまま眠っていた。わたしは銀時の身体に毛布をかけて、食事の用意に向かった。
 なんでもないような顔をするのは苦労した。あの二人組も平然を装っていたが、その顔を見ると寒気がした。けれど、目を逸らしては負けを認めているかのような気がして、頑として気丈に振る舞った。けれど本当は、這いずる手の感触が消えなくて、声を聞くだけで足が竦みそうだった。肌を削ぎ落とせたら楽になれただろう。
 食事の時間にも銀時は来なかった。寝汚い男なので、いつまでも寝ているのだろうと思い、しかし部屋には近付かなかった。ただ、昼になっても顔を見せないので気になってしまった。魚釣りなら、近くに滝があるのでその辺りにいるだろう。
 日差しは眩しいが、うららかで心地良い天気だった。穏やかに流れる雲は綿菓子のように真っ白だ。生を謳歌するように歌う鳥たちと、緑の間を跳ねる虫たち。日光を浴びて燦燦と咲く花、大地に逞しく根を張る木々。ひとりでこんな場所で生きられたら、何に心を動かせることもなく、幸せだろうと思った。
 さらさらと静かに水音を立てながら川が流れている。川沿いに山道を下っていくと、陽光に反射する銀髪があった。灰色の石の上に座り、釣り糸を垂らしている。その肩には蝶が止まっていた。
 足音に気付いた銀時がこちらを向く。肩から蝶が飛んでいく。わたしは銀時の脇に座り、膝を抱えた。清流の中に魚の影はない。銀時の背後の桶の中にも、魚は一匹もいなかった。
 石の上は座り心地が悪い。何度か座り直したもののちょうど良いところは見つからず、妥協してお尻を痛めながら座った。

「布団、部屋から運んどけ」

 銀時は揺れる釣り糸を眺めたまま言った。

「ひとりで大丈夫」
「鍵、直んねーだろ。また胸糞悪いことされちゃこっちが腹立つんだよ」

 銀時が苦い顔を作る。わたしだからではない。相手が誰であっても、銀時は同じことをする。

「……じゃあ、銀時も部屋で寝て。風邪引かれたら面倒だし」

 わたしを一瞥し、銀時がぽつりと呟く。

「かわいくねーの」

 引いた釣竿には何もかかっていない。光る釣り糸が、弧を描いて水面に落ちる。

「ま、お互い次に移るまでの辛抱だ。深く考えるのは止そうぜ」

 それが最善だと銀時は空を仰いだ。寝室を共にしているうちは、銀時にとって得るものはないが、わたしは安全だ。幸い脅しが効いたのか、わたしと銀時のことは触れ回られていない。
 そうでもしないと自分の身一つ護れないなんて耐え難いほど不甲斐なく、こぼれそうになる舌打ちを抑えた。銀時は、釣り糸を見ていた。





 欠けた月に暗い雲がかかっている。雨でも降るのか、湿り気を帯びた風が吹いていた。
 昼間、山に出たときに摘んだ芍薬を墓地に供えた。転がった石を置き直し、土が崩れた場所は手で均した。この場所にいられるのも、あとどれだけかわからない。離れてしまえば、もう戻ってくることはないだろう。それでも——。
 木々を大きく揺らす風が吹く。枝葉が擦れて不気味な音を立てる。闇夜に飛ぶ葉が見える。
 背後に気配を感じ、勢いよく振り返った。腰に差した刀に無意識に手が伸びていた。が、その人物と目が合うと、強張った身体から力が抜けた。銀時だった。
 わたしの双眸に一瞬動きを止めた銀時は、ゆるゆると表情から緊張を解いた。

「部屋来ねえから」

 風は止んでいた。わたしは手を下ろして苦笑した。心配させてしまったか。

「……さすがに昨日の今日で同じ轍は踏まない」
「それ、おまえだったの」

 銀時はわたしの足元を見ていた。盛り上がった土、並んだ花と石。墓なんてお世辞にも言えない。子どもだってもっとマシに作る。

「こんなことしかできないから」
「全部?」

 頷く。銀時を正視できず、しゃがみ込む。何もない土を分けては均す。

「戦争なんだからしょうがないってわかってる。……わかってるんだよ、本当に。でも、そんな簡単に割り切れないよ。わたしは弱いから。何もないから」

 わたしには、帰る場所も待っている家族もない。護るべきものだって、何も護ることができない。毎日毎日、ひりひりと心が擦り切れる。そのうちに千切れてしまうのではないかと思うほど。

「でも、いつかこんな感傷もなくなるのかって、怖くなる。隣にいた奴が明日にはいなくなってて、それがどんどん当たり前になって、何も感じなくなって、そのうち、自分はいつ死ねるのかなんて考えるようになって……」

 重石を乗せられたように口が急に重くなる。土の上に五本の指の痕が残る。
 後ろ向きな思考に嫌気が差す。けれど、そんな不毛なことばかり考えてしまう。銀時は口を閉ざしていた。きっと銀時はそんなことを考えないのだろう。遥か高いところにいる銀時に弱音を吐くなんて、とても愚かな気がして、ごまかすように土で汚れた手をひらりと振った。貼り付けた笑顔は、引き攣っていただろう。

「洗ってから戻る。布団もあとで持ってくよ。銀時の布団くさいし」

 すっくと立ち上がり、通り過ぎようとすると腕を掴まれる。振り向いても、俯いた銀時の顔は見えない。

「どうした?」

 答えはない。十秒も経たないうちに腕は離され、銀時は「くさいは余計だ」と言ってわたしを置いて建家へ戻ってしまった。
 裏の水道で手を洗い、部屋に戻った。障子を開けてすぐに銀時が寝転がっていたので躓きそうになった。銀時を跨ぎ、抱えていた布団を広げる。わたしと銀時の間には一畳ほどの空間が空いているが、互いの気配を感じるには充分過ぎる距離だった。素知らぬ顔で自室で寝ることも考えたものの——寝れるか寝れないかは置いておいて——、銀時の気を揉ませるくらいなら、おとなしく言うことを聞いていたほうがいい。
 背を向けて寝る銀時を見遣り、布団に入る。しばらく癖だらけの頭を見ていたが、やがて壁側を向いて目を閉じた。

「何もなくねえよ」

 滑るように耳に届いた声に目を開く。銀時の声は障子へ向かっていて、わたしもそちらを向くことはできなかった。

「おまえには、何もなくなんかねえ」

 夜風が吹き荒ぶ。明日の雨を知らせるように蛙が鳴いていた。





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