真っ白い太陽が燦燦と輝き、車の窓越しに差し込む日光が腕を焼くように照りつける。背中に張り付くシャツが煩わしく、車内の冷房の温度を二度下げた。
 江戸城の裏門前に車両を停めると、待ち侘びていたように開門される。楽しげな明るい声がして、目を向けるとそよ姫と神楽が話していた。わたしは運転席から様子を窺う。無邪気な少女の笑顔は太陽にも引けを取らないほど眩しい。
 しばらく談笑が終わるのを待っていたが、神楽がこちらに気付く気配がないので車を降りた。外に出た途端に全身を熱気が包み、脳天に直射日光が降り注いでくる。
 ドアを閉める音に、先にそよ姫が反応した。

「あっ、ナマエさん!」

 鈴を転がすような声。そよ姫は破顔した。神楽も振り向き、二人が駆けてくる。周囲には数人の護衛が控えている。こめかみから汗を流す門番に睨まれるが、慣れているので無視した。

「ご無沙汰してます、姫様」
「本当にお久しぶりです! 最後に会ったのは兄上のお誕生祭でしたよね。そのときもナマエさんはお仕事であまりお話できなくて、ちょっと寂しかったんです」

 眉を八の字にしてそよ姫が小首を傾げる。真選組は昨年の将軍の誕生祝いの席で、護衛に当たっていた。最高級ホテルを貸し切ってのパーティで、幕府内外、大勢が集まり警備も厳戒態勢だった。真選組は主にホテルの周辺警戒で、屋内の警備は見廻組が務めた。ひどい雨で、雨具用コートを着ていても全身ずぶ濡れになったのを憶えている。副長は煙草が湿気ってしまって終始不機嫌だった。
 真選組は将軍の気まぐれな城下遊びの護衛につくことはあるが、そよ姫と直接関わることは少ない。数年ほど前から、彼女のそばにつくのが見廻組となっているからだ。向こうの副長は今井信女。女性同士という理由だけで宛てがわれているわけではなく、他の追随を許さないほどの剣豪だからだ。番犬にはもってこいである。
 聡明なそよ姫は警察組織の軋轢に勘付いているはずだ。しかし、組織を抜きにしても、たまに会えばわたしのような粗暴者にも朗らかに接する。上に立つ人間の懐の深さや鈍感さを、彼女もしっかり持っている。

「で、神楽チャンは元気そうに見えるけど?」

 そよ姫の横の神楽を見遣る。神楽は傘の下できょとんとしている。
 炎天下の中、調子づいて外を出歩き、神楽が倒れたと呼びつけられた。万事屋の電話には誰も出ず、じゃあ付き合いのあるわたしに、と近くにいた見廻組のどなたかに言われたそうだ。概ね予想はつく。あの鉄面皮の局長に違いない。そう思うと動くのは癪だったが、渋々勤務を抜け出してきた。

「ちょっと休んで、かき氷を食べたら元気になったんです」

 そよ姫が眉を下げて苦笑いする。神楽は「すっごいふわふわだったアル!」と呑気だ。神楽にとってそよ姫は将軍家のお姫様以前に、一人の友人なのだ。仲が良いのはいいけれど——わたしは神楽の頬を摘む。白くて柔らかな頬が伸びる。

「あのね、夜兎は日光が弱点なんでしょ? そうわたしに言ったのはアンタでしょうが。周りに迷惑かけたんだから、ちゃんと謝って」

 うぐぐ、と唸る神楽の頬を放す。苦々しい表情で、神楽はそよ姫にごめんなさいと頭を下げた。そして周りの護衛にも謝る。そよ姫は気にしなくていいとやはり鷹揚で、また遊びにきてほしいと微笑んだ。そよ姫にとっても、神楽くらい不躾で年の近い友人は貴重なのだろう。
 神楽を助手席に乗せ、万事屋に戻った。無人の万事屋では定春が暑さで伸びている。銀時は昼から出かけ、新八はお通ちゃんのコンサートに向けてパフォーマンスの練習に行ったそうだ。
 けたたましい蝉の声を聞きながら、出された麦茶を飲む。わたしを駆り出させたことを申し訳なく思っているのか、神楽はチューパットも出してきた。半分に割って、二人で分ける。ソファに座っているだけでも汗が滲む。

「悪かったヨ。楽しくてついハメを外してしまったアル」

 しょげた神楽が謝る。咥えたチューパットがみるみるうちに減っていく。

「怒ってないよ。でも、命にも関わるくらいなんでしょ。だったら慎重にならないと」
「うん」

 素直で対応に困る。十四歳とは、こんなに従順だったろうか。

「楽しいのはわかるけどね……何して遊んでたの?」
「ザリガニ獲ってたアル」
「ザリガニかぁ……」

 予想の斜め上の返答だ。というか、そよ姫に何をやらせているんだ。世話係は止めなかったんだろうか。

「私、生き物好きヨ。地球のザリガニは初めて見たアル」

 神楽はソファの足元で寝ている定春の腹を撫でる。既にチューパットは空になって、口からぶら下げているだけだ。わたしのほうは、まだ半分も減っていない。

「烙陽だっけ。動物はあんまりいないの?」
「いたけど、パピーはいないし、バカ兄貴もいなかったし、マミーと私だけじゃペットは飼えなかったネ。飼っても力の加減ができなくて、かわいそうなことをしてしまったアル」

 神楽の父は宇宙を股に掛けるエイリアンハンターの星海坊主だ。江戸にエイリアンが侵入したときに彼が退治に来ていたので、姿は一度見たことがある。その宇宙最強が神楽の父と知ったのは、後になってからのことだった。亡くなっている母親の話は、時々聞く。母親のことを話す神楽の表情や口調はあっけらかんとしている。しかし、兄の話をするときよりは口籠る。あまり仲は良くなさそうなので、踏み込んで聞いたことはない。わたしも、ひとのことをとやかく言える立場ではない。

「神楽のお母さんなら美人だろうね」
「えへへ、わかるアルか!? 私のマミー、ごっさ美人アル!」

 誇らしげに神楽が胸を張る。まだ少女ながら神楽の目鼻立ちは整っていて、将来美人になることは間違いない。どう見ても父親似ではないので、神楽は母親の血を濃く引いているのだろう。わたしは父にも母にも抜きん出て似ているわけではなく、どうやら母方の祖母に面差しは近いらしかった。母と祖母は不仲で、祖母は会ったことがないまま死んでしまったので、顔など知らないけれど。
 スタイルもいいし、髪も長くてきれいだったアル。神楽は嬉しそうに母との思い出を語る。髪を結ってもらったり、身体の具合がいいときはご飯も作ってくれた。

「マミーは、地球に行きたいって言ってたアル。こんなにきれいな星はないネ」

 真っ青な空を窓から見上げ、神楽は言う。

「じゃあ、神楽はお母さんの夢を叶えたんだ」
「本当は、マミーと……家族で来たかったけどネ」

 遠い思い出を瞼の裏に蘇らせ、神楽は空を見つめている。遠く遠くを見つめる瞳は、宇宙に瞬く星のように真っ青だった。
 その目をぱっとこちらに向け、笑顔を湛えて口を開き直す。

「私、地球に来て一番最初、万事屋に来る前は用心棒みたいなことしてたネ。でも、それただの弱いものいじめみたいな、強い力を振り回すだけの喧嘩アル。逆らう奴を倒していくだけの毎日ヨ。ちょっと虚しかったけど、でも、三食お茶漬け最高って一生懸命自分に言い聞かせてたアル。マミーが行きたがってた地球、嫌いになんてなりたくなかったネ。だけど、銀ちゃんと新八に会って、変わろうと思えたアル。自分に嘘つくのはやめたいって思ったネ」

 今となっては、アイツらのほうが私がいなきゃダメアルけどな、と腕を組んで大仰に頷く。その姿に思わず微笑んだ。
 たった十四歳で生まれ故郷を離れ、右も左もわからない星にひとりでやってきた。辛いことは数え切れないほどあったに違いない。それでも投げ出すことなく耐えて、変わりたいと一歩ずつ進んでいる。まだあどけない仕草や笑顔の奥には、目には見えない苦労がある。それらが今の神楽を作る礎となっているなら、苦労もきっと無駄ではない。
 銀時が少女を預かっていると聞いたときは多少の不安があった。けれど、今は銀時の隣に神楽がいること、新八がいることが当たり前になっている。二人は銀時の背を追っているつもりのようだが、案外、もうその背には手が届いているのかもしれない。
 チューパットを食べ終え、ひとりで暇だという神楽とテレビを眺めながら時間を過ごした。エアコンのない万事屋は夕暮れまで蒸し暑く、軋む扇風機だけが気休め程度に部屋に風を通す。
 燃えるような夕日が街並みを彩っている。烙陽の空は、いつも分厚い雲に覆われていて、太陽は拝めないという。だとすると、美しい茜色も、夕波も、神楽は知らなかった。知ることができてよかったと心の底から思う。あの目に映るものが、美しいものでいっぱいになればいい。けれど、その景色を、母にも見せたかったに違いない。

「ナマエ? どうしたアルか」

 ぼんやりと夕日を見ていたら、神楽が前に立ち塞がった。「銀ちゃん遅いアルな」と隣に座る。

「どうせパチンコか馬でしょ」
「しょうもない天パアル」
「連絡くらい入れればいいのにね。家族なんだから」

 何気なく放った言葉に、神楽が温度もなく「家族」と呟く。

「あれ、ごめん。変なこと言った? 新八が万事屋は家族みたいなものだって言ってたから」
「ううん。変じゃないヨ」

 神楽は噛み締めるように家族、と繰り返し、抑え切れないように頬を弛めた。白い肌がオレンジ色に照らされている。
 ああ、この子は、家族という、小さな繋がりに飢えていたのだ。一緒に食事をしたり、何気ない会話をしたり、当たり前にそばにいてくれる誰かを、ずっと求めていた。だから遠い星で手に入れたこの場所を、神楽は護ろうとするのだ。
 愛しいほど純粋で健気で、優しく強い。わたしに、この子の家族を護ることができないだろうか。今までたくさん間違えて、奪ってきたわたしの手で、できることがあるだろうか。
 ふふっと笑った神楽に、定春が歩み寄る。お散歩用のリードを咥えて。

「あっ、散歩! すっかり忘れてたアル」

 飛び跳ねるように神楽が立ち上がる。わたしもそろそろ屯所に戻らないと怒られるので席を立つ。
 玄関先で神楽と別れる間際、郵便局員が階段を駆け上がってきた。神楽に手渡されたのは一通の手紙で、差出人は父である星海坊主だった。

「手紙来るんだ」

 あのハゲたおじさん、意外にまめなんだな。感心して言うと、神楽は「あとで読む」と懐に大事にそれをしまった。そして、暮れてゆく夕日を見遣り、傘を広げる。

「今日はありがとネ、ナマエ」
「うん。散歩、気をつけてね」

 階段を降りて車に乗り込むわたしを、神楽が見つめる。

「そういえば仕事中だったアルな。引き止めてごめんアル。楽しかったヨ」

 じゃあ、と定春を連れて歩いて行こうとする背を引き止める。振り向いた神楽を傘の影が包んでいる。

「わがままとか寂しいとか、いくらでも言っていいんだよ。そのくらいじゃ困らない。できることは少ないかもしれないけど、一緒にいるから。どこにいても、迎えにいくよ」

 神楽は目をしばたかせ、やがてむず痒そうに唇を結び、目を細めて笑った。その表情の揺らぎが銀時と重なって見えて、家族が似てくるというのは本当だと思った。
 意地っ張りなあの子は、きっと二人には素直になれないことのほうが多い。言葉にしなくても伝うものがあるように、言葉にしなければ伝わらないこともある。そのほんの僅かな手助けが、わたしにできたらいい。気恥ずかしそうな笑顔に、小さく手を振った。





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