じっとしていても汗が背中を伝っていく。麦わら帽子が日除けになっているが、気休めにしかならない。腰掛けたベンチも直射日光を浴び続けて熱くなっている。照り付ける日光を恨みがましく見上げたが、太陽はきつく白んでいて目すら合わせられなかった。

「コーラでよかったんで?」

 太陽の代わりに弧を描く大きな瞳と目が合った。汗をかいた紙コップを差し出される。わたしはどうも、とそれを受け取り、両手で包む。ひんやりと冷たくて気持ちがいい。
 沖田さんは隣に座り、わたしのものより一回り大きいコップに挿したストローを口に含んだ。ジャケットを脱いでシャツとベスト姿だが、それでも暑そうだ。亜麻色の髪の下から首にかけて汗が流れる。

「あっつー。誰でィ、こんな日にパンダが見たいとか言い出したの」
「わたしですけど、まさか本当に来るとは思わないじゃないですか。パンダいないし」
「パンダのいる動物園なんか混んでてダメでさァ」
「じゃあ来なくても」
「俺ァフラミンゴが見たかったんでィ」

 沖田さんがフラミンゴが好きだとは初耳だ。視線を追うと、柵を越えた水辺にはたくさんのフラミンゴがいる。全身真っピンクかと思いきや、意外に濃淡が異なる羽色をしている。それも一羽ずつ色が違う。赤色に近いフラミンゴもいる。彼らは長い足を優雅に動かし、折れそうな首を揺らしている。顔はあまりかわいくない。
 赤と白のストライプのストローからコーラを吸い上げる。甘ったるくて、口に届いた瞬間炭酸が弾ける。喉を通っていくしゅわしゅわとした感覚。紙コップから落ちた水滴が膝に当たる。

「フラミンゴ、どこが好きなんですか」
「群れてるとこ。食ったもんで色が変わるとこ」
「……それだけ?」
「足が長い」
「わたしは沖田さんを短足と思ったことはないですよ」
「なんで励まされてんでィ」

 コンプレックスを鳥で補おうとしてるわけじゃない、と沖田さんは青と白のストライプのストローを噛んだ。そして見せつけんばかりに足を伸ばす。わたしが足を伸ばしても比較されて短足と揶揄されるので、おとなしく膝を折り曲げておく。
 柵の前を三人の親子連れが通っていく。フラミンゴだ、と一度は足を止めたものの、皆すぐに去っていく。小さな女の子はキリンが見たいと言って父親の手を引いていく。母親のほうはお腹が膨らんでいた。
 動物園の人気者といえばゾウやキリンのほか、ライオンやトラなどの肉食獣だろう。フラミンゴはせいぜい箸休めだ。でも、やっぱりわたしは大スターのパンダを見たかった。

「何飲んでるんです?」
「メロンソーダ」

 沖田さんが紙コップをわたしの前に出す。口が潰れたストローが目の前にある。手を出してコップを受け取ろうとすると、すいと逸らされる。持たないで口だけ出して飲め。そう言外に訴えられる。
 むず痒い気持ちでそろそろと身を屈めてストローに口を近付ける。潰れたストローを咥えて、吸い上げる。が、口に突入してくるのはほんのり甘いだけの水だった。

「空じゃないですか」
「何飲んでるか訊かれたから答えただけでィ」
「さっきの一連の動作はいったい……」

 沖田さんは潰れたストローを口に含み、残った氷水を吸い上げた。わたしは恨みがましい目付きでその端正な横顔を睨んでいたが、反応がないので自分のコーラを飲むことに専念した。フラミンゴは相変わらずゆったりと動いている。
 ついにコップの中を全て飲み干し、沖田さんは「あちぃ」と額の汗を拭った。滑らかな髪に天使の輪ができている。本性は天使というより悪魔に近いのに。

「次は水族館にしようぜ」

 事も無げに言われたので面食らった。次があるのか。わたしも沖田さんも今日は本当は仕事で、屯所を抜け出してきている。退屈そうに部屋で寝転んでいた沖田さんにお茶を運んだときに、たまたまテレビでパンダの赤ちゃんのニュースをしていて、ぽつりとパンダが見たいと呟いた。じゃあ行くか、と言われ、半強制的に連れ出された。純然たるサボりである。二度目があった日には土方さんに何と言われるかわからない。沖田さんは全く意に介さないだろうけれど、ただの女中のわたしには堪える。

「カニが見てえ。スベスベマンジュウガニ」
「カニ? イルカとかじゃなく?」
「なんでィ」
「いや、なんでそんな牛丼の紅しょうがみたいなのばっかり見たいのかなって」

 沖田さんはきょとんとしてわたしを見た。大きな双眸が眩しく光っている。真正面から見ると沖田さんはどこもかしこも輝いていて、陽光に透けるようだった。けれど腹の奥底では何を考えているかわからない。
 牛丼の紅しょうがと微妙な例えを咄嗟にしてしまったことを後悔し始めた頃、沖田さんは首を捻って腕を組んだ。なぜ牛丼が出てきたかといえば、お昼に二人で牛丼を食べてきたせいだった。沖田さんは紅しょうがは多めに乗せる派で、わたしはネギと卵をトッピングする派だった。
 沖田さんは数拍の短い間考え込み、口を開いた。

「メインじゃねーし、なくてもいいけど、ないと落ち着かねえもんがあるだろ」
「……カレーのらっきょう?」
「それは必須だろが」
「あ、そうですか」

 わたしは福神漬けさえあればいいほうだ。

「いなくなると困るから、定期的に見に行ってやるんでさァ」
「わぁー上からだ」
「それとおんなじで、いなくなると物足んねえから、構ってやってんでィ」

 沖田さんの指がわたしの顎から耳をなぞる。汗で張り付いた髪を耳にかけてくれたのだった。あまりに何の前触れもなかったから、声も出ず反応もできなかった。沖田さんがほんの少し口角を上げたように見えた。
 遅れて、顔に熱が集まってくる。麦わら帽子の鍔を握り、深く被り直す。
 
「わたしは紅しょうがですか」
「光栄だろィ」
「いまいち……」

 フラミンゴは太陽の下、赤い羽を羽ばたかせる。コップの中の甘い氷水は、音もなく溶けていく。
 きっとわたしは今日帰ったら、スベスベマンジュウガニを見られる水族館を探すことになる。いや、その前に、その妙ちきりんな名前のカニは何なのか、調べるところから始めるのだ。
 




カニとフラミンゴと紅しょうが





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*匿名さん 沖田総悟
真夏に読んでいただきたい話になりました。沖田くんの話となると血生臭いほうにいきがちなのでハートフルな感じにしました。楽しんでいただけますように!
ちなみに沖田くんの動物情報はワイル◯ライフとかダー◯ィンが来たとかから得た知識のイメージです。
リクエストありがとうございました!またお暇なときに遊びに来てください!






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