四秒間の口付けのあと、銀時が眉を顰めた。未だに顔が目の前にある。唇がぬるぬると光っていて、わたしの口紅が移ったのだと気付く。コーラルピンクの色は付いていないが、潤いだけが僅かに分けられた。
「おまえ、熱あんだろ」
「……え?」
「いつもより熱いんだよ」
ひたりと分厚い掌が首筋に添えられる。次に額。銀時の手が熱いのか、わたしの体が熱いのか、それともキスのせいで熱いのかわからない。たぶん、どれも間違いではない。
銀時は「ちょい待て」と腰を上げた。我が家であるはずの万事屋を彷徨い、自身の寝室へ消える。そして戻ってきたときには、体温計を持っていた。それを手渡され、渋々着物の合わせ目を緩めて脇に差し込む。ほんの少し冷たい感触は気持ち良かった。
それほど待たずして体温計は鳴った。三十八度二分。正面で立って待っていた銀時がすかさず体温計を奪い、やっぱりと言わんばかりに顰めっ面を作った。
「なんで体調悪いのに来るかね」
「悪くない、全然」
「おかしいと思ったんだよ。口の中やけに熱いし、なんか目が溶けてるし。あれ、俺そんなにテクニシャンだっけ? って勘違いしかけたわコノヤロー」
愚痴りながら銀時は寝室へ向かった。体温計を片付けに行ったのかと思ったが、物音が聞こえる。寝室から顔を出した銀時が手招きをする。
「ほら、布団敷いてやったから寝ろ」
わたしは口を真一文字に引き結ぶ。拒否の意思表示だった。
銀時は溜め息と共に近付いてくる。足元を見ていると、立ち止まった裸足が視界に入り込む。屈んだ銀時と目があったのも一瞬で、問答無用と膝裏に腕を入れられて抱えられた。
「わっ、ぎん……」
「病人は寝るのが一番」
薄い布団の上に転がされ、掛け布団を頭まで被せられる。息苦しさに顔を出すと、銀時はさっさと寝室を出ていってしまった。
久しぶりにゆっくりと時間をかけて会えるというのに、こんなに間の悪いことってあるだろうか。これっぽっちも悪くない銀時に申し訳ないというより、自分にうんざりする。こんなことなら、昨夜は早く寝て、今朝は万事屋に来る前に少し体調が良くないから会うのをやめると言えばよかった。顔を見たら、引き返したくなくなってしまうのはわかっていたのに。
数字として現れたせいか、今まで意識していなかった倦怠感が一気に押し寄せてくる。頭も痛い気がする。三十八度を超える高熱を出すのは何年振りだろう。記憶にない。
天井を眺めていると、枕元にお盆が置かれた。水の入ったコップがある。
「何もねえから、ちょっと買い物行ってくるわ」
「…………アイス」
「はいはい」
「銀時」
「ん?」
「早く帰ってきてね」
銀時が目を瞬かせる。そして苦笑した。
「素直で怖いわ」
なんて言い草だ。天邪鬼な銀時より、わたしは何倍も素直だ。いつもなら淀みなく出てくる言葉も、今は喉から出ていかない。黙って、背中を見送った。
銀時が出て行ったあと、定春が部屋にやってきた。心配してくれているのだろうか。鼻を鳴らし、顔を寄せてくる。平気だよ、と頭を撫でると、傍らで丸くなって眠り始めた。柔らかな白い尻尾を撫でても、定春は怒らない。
前言撤回だ。ここまで来てよかった。一人なら、こんなに安心して眠ることもできなかった。
額にくっつく冷たい感触で目が覚めた。ぼやける世界に、銀時と定春がいる。
「あ、起こしたか」
冷却シートを貼ってくれていたようだ。身動ぎすると体の節々が痛み、頭痛もする。
「ほれ、ご所望のアイス」
のろのろと半身を起こすと、銀時がビニール袋からカップのアイスクリームを出す。バニラ。木のスプーンと一緒に渡される。蓋を開けて掬って口に入れる。ちょうどよく溶けかかっている。
「チョコがよかった」
「はぁん? 文句言ってんじゃねーよ」
口内を満たす甘くて冷たい、柔らかな舌触り。こんなに美味しかったっけ、と錯覚するほど美味しい。どこにでも売ってるアイスなのに。
銀時はアイスの匂いに興味津々な定春の頭を押さえていた。
「食欲あんなら、お粥作るから。薬はそのあとだな」
アイスを食べ終え、再び布団に沈む。当たり前のように淡々と看病をしてくれる銀時は、わたしが思っているよりも常識的で面倒見が良い。
「薬買うお金あったの?」
「てめーそれが尽くしてくれる彼氏に言うことか」
「ごめん。そうだね。ありがと」
力の入らない声と顔で笑うと、銀時がまた目を瞬かせる。言うことはわかってる。
しかし、予想していた返答はなく、銀時は「まだ寝てろよ」と頭を撫ぜる。腰を上げようとするので、腕を掴んで引き止める。銀時はきょとんとしてわたしを見下ろす。
「お粥はあとでいいから……もう少しここにいて」
「……おまえは体温上がると素直だな」
いつものような軽快な応酬はやはりできず、ただ腕を掴む手に力を込める。銀時は視線を泳がせたあと、仕方ないといった様子で座り直した。
沈黙が続き、定春が部屋を出ていく。空気を読んだのかもしれない。銀時は腰を曲げ、そっとキスをした。触れるだけのキスが何度か続いたあと、焦れったくなって舌で銀時の唇に触れた。おそらく本意ではなかっただろうけれど、銀時は応えてくれた。口内に誘われ、絡め合う。
しばらくキスをして、銀時の髪に指を埋もれさせた。定春の体毛とは違い、癖があって少し湿っている。外は雨が降っていた。銀時の目線が外される。こちらから誘ったようなものだったので、気が進まなかっただろうか。
「うつるから、あんまりしたくなかった?」
まだ頭の奥が朦朧としている。銀時は、いや、と小さく否定した。が、その先が出てこない。指を滑らせ、髪を撫でて耳に触れる。熱い。
「ごめん、今日楽しみにしてたから……」
「……ほんと素直だな」
「何回も言わなくていいよ」
「自分だけだと思ってんの?」
耳に触れていた手を掴まれる。
「俺だってほんとはいろいろ考えてたっつーの」
「なに?」
「エロいこととかイヤラシイこととかエッチなこととか」
「全部一緒じゃん」
「でも病人に無理はさせらんねえし」
言いながら馬乗りになってくる。言動が合っていない。手を布団に押し付けられ、熱を潜めた目に見下ろされる。セックスをする前に感じる、そこはかとなく湿った熱。お互いの欲を照らし合わせ、結んでいく時間。この時間は好きだけれど、今は体がしんどいので、このままはさすがにきつい。でも、挑発した手前、文句は言えない。それに気持ちとしては今すぐにでも繋がりたい。積極的な女は好きじゃないと言う銀時だが、誘惑に打ち勝てるほど頑強な精神の持ち主でもないことは知っている。けれど、こちらの赦しがないと事に及ぼうとはしない。強引でありながら及び腰で、そのちぐはぐさが愛しい。
銀時が何かに耐えるようにぎゅっと目を閉じる。目を開けたとき、双眸は潜めた熱を追いやり、いつもの生気のないものに戻っていた。
「お粥作ってくる」
「……うん」
「熱下がったら、いろいろしてもらうから」
「うん」
「うんって言ったな、言質取ったからな。無理なんて聞かねーからな。約束な」
「わかった。わかったよ」
急に声量を上げるものだから頭に響く。手を振って銀時を送り、布団の中で息を吐く。意気込んでいて、風邪が移ってなければいいけれど。
台所から水音が聞こえる。鼻腔を通る優しい出汁の匂い。静謐な雨音が心地良い。
振り回しているように見せかけて、振り回されているのは銀時のほう。赦しがほしいと躊躇うくせに、赦されているのはわたしのほう。こんなに我が儘なわたしを受け入れてくれるのは、銀時くらいしかいない。だから、多少無理なお願いだって、聞いてあげる。
定春が部屋に戻ってくる。気の利く子だ。早く治さないとね、と言うと、定春はワンと一声鳴いた。
明朝、案の定、銀時は熱を出して寝込んだ。わたしはすっかり全開だった。
「約束って、お約束って意味?」
「ちげーよ。言っとくけど、反故になんかしねーからな。覚えてろよ」
横たわって恨みがましそうに睨む銀時に、ゆっくりとキスをした。一生治んねーよ、とぼやく銀時に微笑む。
こんな熱なら、ずっと浮かされててもいい。割と本気でそう思った。
お約束
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*リサさん 坂田銀時
一番好きだなんて舞い上がるような気持ちでコメント読ませていただきました。描写も映画のようだなんてもったいないお言葉……ありがとうございます!
メールもいただいててありがとうございます。趣味でやってますが楽しく書けるのも皆様のおかげです。
看病の話ということでオチはありきたりですが楽しんでいただけたら嬉しいです。ぜひまた遊びに来てください!
*匿名さん
リクエストありがとうございます〜!銀さんに看病される話、意外にも初めて書きました。
銀さんを弱らせるのも好きなので、今度は弱った銀さんも書きたい所存です……
これからもお付き合いくださると嬉しいです。また遊びに来てください!
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