何とも言わずに呼びつけられた。理由はわからなかったが、高杉は無意味なことはしないので何かしら理由はあるのだろう。山道を先導する高杉に続き、息を切らしながら進む。
 木漏れ日は残暑の厳しい日差しを和らげている。それでも戦のための重装備の下、体にはしっとりと汗が滲んでいた。日が暮れる前には拠点を移す算段をしていたので、移動の際の奇襲のために備えている。高杉も似たような格好だったが、足取りは軽快だった。平時の高杉は戦闘中の苛烈さをおくびにも出さず、いつでも涼やかな表情をしていた。
 川のせせらぎが次第に大きくなってくる。視界が開けると、簡易な古い橋の下を小川が流れていた。澄んだ水の下、岩場に潜む魚が見える。枝葉の届かない川面は陽光を反射させ、ちかちかと光って眩しい。
 乾いた喉を潤したくて、橋を渡って砂利の上に膝を落とした。両の掌で水を掬い、口を寄せて水を飲み込む。喉から胃へ落ちていく水はひんやりと冷たい。深く息を吐いて顔を上げると、高杉が赤い絨毯の上に立っていた。繊細な模様を描き重なる花は、彼岸花だ。

「見ろ、ナマエ」

 高杉が手を広げる。導かれるようにわたしは群生する彼岸花に近付いた。真っ赤な花は数本生えていても目を引くが、それが無数にある様は圧巻だった。

「すごい。こんなにたくさん」
「昨日、水浴びに来たとき見つけた。すげえだろ」

 高杉はまるで自分の功績のように誇らしげにしている。一度戦に出れば颯爽と死地を駆け抜け、仲間たちを率いていく鬼兵隊総督も、まだ十代だ。あどけない表情は年齢よりも幼く見えた。
 立ち止まり、しばらく陽光に照らされる花を見つめた。風で揺れると、それは炎のように揺らめく。しかし、黒煙と共に燃え上がるような荒々しさはない。穏やかかつ厳かで、人間を戒めるような清らかさがある。
 ふと横を見ると、高杉の黒い髪が風に靡いていた。長い前髪が目にかかっている。そろそろ切ろうか、と軽く横髪を指で梳くと、高杉は目を細めた。

「おまえにやらせると切り過ぎるからいい」

 今ではあまり目立たなくなっているが、二週間ほど前に後ろ髪を少し切り過ぎたことを根に持たれている。しかし、髪の毛なんてすぐに伸びる。それに高杉は顔が整っているから、多少髪型がおかしくても気にならない。失敗したときの言い訳を早くも並べていると、高杉は「そういう問題じゃねえ」と一蹴した。

「いっそおかっぱにする?」
「鬼兵隊の総督がか?」

 おかっぱ頭の高杉が先陣を切って隊を引き連れる姿を想像する。「ないね」と首を横に振った。顔面のレベルでは補えない。あまりに格好がつかない。高杉も想像してしまったらしく、首を横に振っている。
 前髪が目に被っている。せっかくの天鵞絨色が隠れてしまうのはとてももったいない。高杉の頬にかかる髪を避け、顔を覗き込む。

「でも、前髪邪魔でしょ? 敵が見えづらいよ」

 尤もらしい理由づけをして、指先で頬を撫でる。本当は触れる理由を探しているだけだと知ったら、高杉はどんな顔をするだろう。くだらないと一蹴するだろうか。
 高杉は空をなぞるように目を背け、静かに口を開く。

「……信用するぞ」

 不承不承といった様子だったが、彼は案外、押されると弱い。身内なら尚更。
 そもそも、刀は扱えるのだから鋏だって上手く使えるはずだ。同じ刃物なのだから。この前は、緊張して手元が狂ってしまっただけだ。そう自分に言い聞かせて、その日の晩、高杉の前髪を恐る恐る切った。高杉の髪は滑らかで、枝毛の一本もない。黒い髪は行燈の頼りない明かりの中、艶やかに輝いていた。頭を覆うように丸く流れる髪を梳かしながら、慎重に鋏を入れていく。前回、わたしが失敗してしまった部分は毛先が歪に散らばっていたので、もう少し伸びるのを待つことにした。そして——。

「……テメェは俺の髪の毛に恨みでもあんのか」

 おかっぱにはならなかったが、また失敗した。まっすぐにしないように気を遣うあまり、不揃いになり過ぎた。畳に落ちた髪をかき集め苦笑いする。

「でもほら、視界は広くなったでしょ」

 苦し紛れに言うと、高杉は眉間に深い皺を作ってわたしを睨んだ。顔がよく見えると、恐ろしい表情までよくわかってしまう。これは盲点だった。
 謝り倒したが、高杉は大きな舌打ちをして髪をかき混ぜた。どんなに乱しても前髪は人の目に止まりやすいので、無駄な足掻きだった。
 おでこを出したらいいんじゃないかな、ほら、鉢巻をカチューシャみたいにして——ほら、かわいいよ、と打開案を出してみたが、頭に手刀を喰らった。高杉は容姿にさほど頓着するほうではないが、銀時やヅラに指を指されて笑われるのが、何より屈辱なようだった。高杉の怒声と響く二人の笑い声に、居た堪れなかった。


 □


 ここ最近は宇宙を飛び回り続け、息をつく間がなかった。休息も兼ねて今夜は久しぶりに江戸に降り立ち、宿屋に一泊することになった。鬼兵隊の仲間は皆それぞれ、思うままに過ごしている。万斉はプロデュース中のアイドルの仕事に出掛けていて、また子と武市は揃って買い出しに出ている。他は酒を呑んだり、ゆっくり風呂に浸かったり、早々に眠りについたり、自由に過ごしている。テロリストとはいえ血の通った人間だ。安息は必要だ。
 広間のどんちゃん騒ぎを聞きながら廊下を進む。俺にも一杯くれと言うので酒をくすねて来たのに、割り振った自室に高杉はいなかった。つい十分ほど前まではいたのに、一体どういう気まぐれか。肩を竦め、徳利と猪口を乗せた盆を持って館内を彷徨った。

「温燗になったよ」

 無人の広間に高杉はいた。大きな窓辺に腰掛け、煙管で煙を燻らせている。煌々と辺りを照らす満月が影をくっきりと作り出している。
 替えたばかりなのか、真新しい畳の匂いがする。青い床を踏み、高杉の傍に座る。高杉は煙管を置いて、徳利を手に取った。温くなった、と念押しすると、構わないと返ってきた。
 酌をされるのを好まない高杉は、自ら酒を猪口に注ぐ。透明な液体から、つんと鼻をつく匂いがする。一杯飲み干すのを見届けてから訊ねる。

「おいしい?」
「まあまあだ」
「そ」
「裏、見たか。花が咲いてる」

 高杉が窓の外を指す。高杉自身は花を愛でる性格ではないが、わたしが好きなので、たまにそうして話題を振ってくる。宇宙にいたのでは花も木もないので、わたしは密かに地球で見る景色を楽しみにしている。
 窓枠に手を着いて外を眺める。月明かりの下、彼岸花が一帯を赤く染めていた。

「少し先に墓地があるから、誰かが種でも蒔いたんだろうな」
「墓地?」

 振り返ると、高杉は猪口を弄びながら彼岸花は有毒植物だと言った。害虫や害獣を寄せつけないから、墓地にはよくある。そのせいで不吉な花として認知されやすいが、一方で天上の花とも呼ばれている。要は視点の置き所で価値が変わるのだ。
 花の名前に詳しくない高杉も、彼岸花だけはよく知っている。彼のそういった何てことはない情報の源は、幼少の頃の記憶であることが多い。友人や先生と過ごした日々の中で得たものだ。
 戦に出るようになってからは、日常茶飯な出来事や、当たり前の季節の流れも、その身には遠くのことのように感じている節があった。彼の隻眼の奥では、未だ季節は巡っていないのだ。
 夜風がゆらりと優しく吹き込む。左目の包帯を隠すように伸びた前髪が揺れる。辛うじて右目は見えるが、それも視野が狭くなりそうなほど伸びている。昔に比べれば髪に癖が出てきた——というより、散髪にかける時間もなくなっているだけで、元来は癖毛なのかもしれない。

「前髪、少し切ろうか」

 彼方から酔っ払いの笑い声が聞こえてくる。高杉はわたしの言葉に右目を向け、徳利を置いて煙管を咥えた。立ち昇る紫煙は風に攫われ、呆気なく姿を消していく。鼻腔に苦い香りだけが取り残されていく。
 そろりと伸びた髪に触れる。前髪を人差し指と中指で挟み、薄い布地の下の疵を想う。

「大丈夫。もう、失敗しないよ」





彼岸





---------------------------------

*しじまさん おまかせ
ご訪問、リクエストいただきありがとうございます!
おまかせでしたので高杉にしました。高杉は花が似合う男だと思ってます。
またお暇なときに遊びに来てください。今後ともどうぞよろしくお願いいたします!






top

ALICE+