目が覚めて、最初に見えたのは見慣れない天井だった。寝ぼけ眼を擦り半身を起こすと、掛け布団と毛布が捲れ上がる。
昨夜は、お登勢さんのところで飲んでいたはず——。
辺りを見回し、和室の様子から万事屋にいることに気付く。
「ババアんとこで寝てたから連れてきた」
後ろからかかった声に振り返る。開けた襖を後ろ手で閉め、銀時は欠伸を噛み殺した。声が少し掠れている。
「おはよう……今何時?」
「六時」
「うわ、ごめん」
へこりと頭を下げて謝る。しかし銀時は横を素通りし、酔い潰れて爆睡していた私を責めることはなかった。だから飲むなって言ったのにと文句の一つでも言われるかと覚悟していたのに、肩透かしを喰らった気分だった。
「仕事は」と訊かれ、「昼から」と答える。午後からなので、時間はまだある。
「まだ寝てれば。俺ァ神楽起こしてもう出るけど」
えっと声が出た。
「依頼あるの?」
「寺の雪かき頼まれてんだよ。ったく、自分ちの雪かきくらいてめーでやれっつーの」
一晩でそんなに積もったのだろうか。まだ暗くて外の様子はよく見えない。
銀時はハンガーに掛けてある着流しを着込み、室内に目を向ける。目的のものは箪笥の側面に立てかけてあった。木刀を手に取り、腰に差す。
私は布団の上からずれ、髪を撫でつける。薄らと頭の奥が痛い。昨日の記憶がぼんやりとしている。
「今日の夜、空けとけよ」
不意の言葉に銀時の背を見遣る。今日は大晦日だ。
「おせちも分けなくていいってババアに言っといたから」
「……お登勢さん?」
「ここで食えばいいだろ。そんで、蕎麦食って紅白見て、初詣行くぞ。一緒に……ってか、みんなで」
私は惚けたようにきょとんとした。銀時は眉を顰め、聞いてるか? と私の目の前で手を振る。慌てて頷くと、銀時に顔を覗き込まれる。
「まだ酒残ってんじゃねえの。しっかりしろよ」
「うん……あの」
「じゃあ、行ってくるわ」
銀時は私の言葉を遮り、頭を雑に撫でて和室を出ていった。神楽ァ、起きろ、と声をかけていく。
甘えてるのは私のほうだと、お登勢さんに話したことを思い出す。そうだった。私はいつも、銀時がそっぽを向きながら差し伸べてくれる手を握る。握り返してくれることを、信じている。
真選組のみんなや、万事屋、お登勢さんたち——そして銀時が、一人でいた私の手を引き、見える世界を変えてくれた。慌ただしく日々は過ぎ、いつの間にか新しい一年を迎えようとしている。あっという間の毎日だった。でも、こうして無事に年明けを迎えることができるのは、周囲にいるたくさんの人たちのおかげに他ならない。私一人では、どうにもならなかったことがたくさんある。自分の無力さを痛切すると共に、人の力の大きさや思いやりを強く感じる一年だった。
和室を出ると、押し入れの襖が開いていた。中ではまだ神楽ちゃんが丸くなっていて、むにゃむにゃと寝言を言っている。下段には定春の尾が見えている。
応接間を抜け、玄関框に腰掛けブーツを履いている銀時に近付く。
「今日早いって言ったろうが。さっさと顔洗ってこい」
神楽ちゃんだと思っているらしい銀時の背中の前に膝をつく。丸まった背中に抱きつくと、銀時がはたと固まった。
「気をつけてね」
たくさんの感謝を伝えてもからかわれるだけな気がしたので、それだけを温かな背中に呟いた。確かめるように強く抱きしめ、腰を上げる。踵を返し、応接間に戻ると神楽ちゃんが押し入れから出てきたところだった。寝癖だらけの髪と、重そうな瞼。白い頬にはくっきりと寝跡が残っていた。
「あれ、ダイゴ、起きたアルか」
「うん。おはよう。銀時待ってるよ」
神楽ちゃんはのろのろと廊下に出ていき、洗面所に向かう。「銀ちゃん床と結婚するアルか」と不思議そうな声がする。
様子を見に行こうとすると、定春が起きてきた。お腹の虫を大きく鳴らすので、先に定春のご飯を用意する。万事屋には何度も来ているので、定春のご飯の場所もわかるようになった。
神楽ちゃんの言葉にも始終無反応の銀時だったが、その後は仕事に向かった。万事屋を出る間際、恨みがましい目つきで見られたが、いってらっしゃいと送ると口を尖らせて背を向けていった。なにか言いたいことでもあったんだろうか。
明日の初日の出は、快晴でよく見えるでしょう——。
天気予報士が画面越しに知らせてくれる。神々しい初日の出を思い浮かべていると、視界の隅に光が差す。遅い朝日が窓の向こうに顔を出していた。
定春の体で暖を取りながら、昇る朝日を迎える。夜を晴らす閃光のように鋭くはない。靄がかかって、霞んだ朝日だ。けれど目を眇めるほどに、それは眩しく見えた。
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