• あの日、駅で





薄暗い無人駅。

冬真っ只中、加えて深夜だということも加味して氷のようなベンチはそこに腰かけている身体を更に冷やした。
勿論、午前1時を回ったこんな遅い時間に電車は来ない。
…ただ、家に帰りたくないだけだ。


「その歌、俺も好きだよ」

「…っ、」


イヤホンをつけていない方。
右側から聞こえた声に、驚く。


「水瀬、さん」


小さく口遊んでいたのが聞こえたらしい。
誰もいないと思っていたから、恥ずかしくて俯く。
夜空を見上げながら少しだけ感傷的になってしまった数秒前の自分を悔いた。


「ほっぺた赤いね」

「別に、…寒いだけです」


俺の隣に腰を下ろし、覗き込んでくる彼の姿に心臓が早まるのを感じた。
…と、


「冷たい」

「っ、」


頬に触れる手。
ポケットにカイロでもいれていたのか、かなり温かかった。


「…っ!だ、な、」

「あれ、おかしいな。もっと赤くなった」


大人っぽい黒のコートを羽織った水瀬さんと目が合えば微笑まれ、…更に熱くなる頬に慌てた。

温かい手に触れられているから、寒いせいだという言い訳はもう使えない。
じゃあ、なんて言えばいい。…熱がある?でもだったら帰れってなるだろうし。それにさっきまでここまで赤くなかっただろうから嘘くさいことに変わりはない。

…なら、振り払えばいい。自分から離れれば、これ以上身体が熱を上げることはなくなる。…けれど、それがどうやってもできないことは嫌というほどわかっている。

…考えがうまくまとまらない。それほど全身の感覚が頬に触れてくる彼を意識してしまっていて、ただひたすらに困惑し、戸惑う。

こんな俺の反応をどう思っているのか、…直視できるはずがなくて、目線を下に逸らした。


「…ぁ、の、俺…、」

「…相変わらず、素直だね。君は」


どう弁解したものかと狼狽えていると、小さく零された言葉とともに体温は呆気なく離れていった。
素直?と何かと比較したような言い方が気になって、けど、未だに熱い頬と速い鼓動に喉をつまらされ、問いかける言葉は出てこない。

何事もなかったように隣に座る彼の姿に、文句の一つでも言ってやりたくなった。
この人の性格を考えると、全部わかった上でやってるんじゃないかと思ってしまう。


「…今日も、来たんですか」

「まぁ、ちょっと散歩ついでに」

「暇なんですか」

「うん。最近仕事のせいで不眠症を患ってるから余計にね」


悠々と返答し、白い息を吐いて目を細める彼を睨む。


「…嘘、ですね」

「ばれたか」


そもそもこの人は寒いのが苦手だと前に言っていた。
こんな季節でしかも夜に出歩こうとするとは思えない。


「むしろばれないと思ってたんですか?」

「うん」

「………」


悪びれなく即答したところを見ると、最初から見破られる前提での虚偽だったらしい。
特に何の言い訳もしなかった。


「眠れてないのが仕事のせいっていうのは嘘だよ。原因は別のこと」

「…?なら、なんで…」

「真夜中の駅に高校生が一人でいると思うと気になって仕方がない」

「…っ、」


真剣な横顔。空を見上げて呟かれた台詞に、唖然とする。


「特に君は一人で放っておくと、危なっかしいから」


困ったように笑みを零す水瀬さんは、軽く瞼を伏せる。

最初の出会いが出会いだっただけにそう思わせてしまったのはわからないでもない。
…きっと、彼はここにいるのが俺じゃなくても心配してここに来ていたんだろう。
そう思い直し、一瞬嬉しいと思ってしまった自分を叱咤した。


「…そうやって沢山の女の人を口説いてきたんですね」

「俺を何だと思ってるの」


本当は、今日も来るだろうと思っていた。
だからイヤホンも片方しかしてなかった。

別に水瀬さんのことをそういう意味で好きなわけじゃない。
ただ、外見が理想的なだけで、男同士だし、付き合いたいとか思ってるわけじゃない。

けど、
いつにも増して…オシャレというか…きっちりとした服装をしている彼があまりにも格好良くて、…思わず目が惹きつけられてしまう。

と、同時に別の感情も沸き上がった。


「水瀬、さんは」

「何?」

「…今日、…デート…だったんですか」


もしかして、と思うだけにすればいいのに、滑り落ちた言葉にすぐに後悔した。


「そうだよ」


なんということはない。
そう示すようにさらりと返された言葉に、胸が苦しくなる。…やっぱりこの人と出会わなければ良かったと改めて思った。