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それから、パイプ椅子に座ったのが音と気配でわかった。
「……」
長い、重い静寂。
白い病室に、窓の外で雨がガラスをたたく音がする。
「……た」
「え?」
「その、いきなり…キスして、悪かった」
目線に困って、なんとなく窓に降り注ぐ雨を見ていると…ぶっきらぼうに、申し訳なさそうな声が聞こえた。
…振り向けば、歯切れの悪い言い方で謝っている彼に目を瞬く。
綺麗で大人びている顔に浮かぶ感情の意味を読み取れず、少し戸惑った。
「…結局、アンタは俺から逃げることを選んだんだな」
「逃げる…?」
「……」
俯き加減に、自嘲気味な口調でそう零した彼は、不意に暗く陰った瞳をオレに向ける。
「真白」
「…?」
呟かれた言葉が、自分の名前だとわかるのに時間はかからなかった。
「俺も、真白が好きだよ」
いつの言葉に対する返事なのか。
苦しそうに、今にも泣きそうな顔でオレを見つめる彼の声は、今までにないほど熱が籠って震えていた。
―――――――
(その告白は、)
(…きっと、今のオレに対するものじゃない)
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