5

それから、パイプ椅子に座ったのが音と気配でわかった。


「……」


長い、重い静寂。
白い病室に、窓の外で雨がガラスをたたく音がする。


「……た」

「え?」

「その、いきなり…キスして、悪かった」


目線に困って、なんとなく窓に降り注ぐ雨を見ていると…ぶっきらぼうに、申し訳なさそうな声が聞こえた。

…振り向けば、歯切れの悪い言い方で謝っている彼に目を瞬く。
綺麗で大人びている顔に浮かぶ感情の意味を読み取れず、少し戸惑った。


「…結局、アンタは俺から逃げることを選んだんだな」

「逃げる…?」

「……」


俯き加減に、自嘲気味な口調でそう零した彼は、不意に暗く陰った瞳をオレに向ける。


「真白」

「…?」


呟かれた言葉が、自分の名前だとわかるのに時間はかからなかった。


「俺も、真白が好きだよ」


いつの言葉に対する返事なのか。
苦しそうに、今にも泣きそうな顔でオレを見つめる彼の声は、今までにないほど熱が籠って震えていた。

―――――――

(その告白は、)

(…きっと、今のオレに対するものじゃない)
prev next


[back][TOP]栞を挟む