水族館

***


「優さん、見てみて…!おっきいイルカがいる。可愛い…」

「流羽って、こういう場所に来ると、いつにも増して子どもっぽくなるというか……楽しそうに見える」


クス、と苦笑じみた表情で柔らかく目を細める優さんに、うう、と唸る。

わくわくしながら大きな水槽のガラスに顔を近づけて、手招きしていた手をおろす。
熱くなる頬に俯き、もごもごと唇を動かした。


「だ、だって、」


(……優さんとの、デートだし、)


いつもはあんなふうに、胸が苦しいことばっかりで、けど、だからこそこうやって二人でいられる時間は凄く貴重で、特別で。

……というか、

普段はどちらかというと淡泊な感じなのに、今日は優さんがいつもより気を遣った服装をしてるから、

ただでさえいつにも増してめちゃくちゃ好きな感じで、加えて顔も良すぎるのにお金もとられず、かつ誰ともそういう行為をしたりしなくても、自然に微笑んでくれちゃったりするせいで(しかもちょっと呆れた感じな笑みなのも好き)、これ以上好きになりたくない笑顔がまぶしい胸が苦しい、と場にそぐわない邪な感情が今日ずっと溢れかえっている。

嫌なことをせずに、してほしいことをたくさんしてくれる特別な日なのに、はしゃがずにいられる方がどうかしていると思う。


「実は俺と二人でいるより、こういうところの方が好きだったりして」

「っ、ち、違、」


何を思ったのか少し不機嫌に、拗ねたような(気のせいかもしれない)雰囲気を滲ませて零される台詞に、へぎゅ、と変に喉が鳴る。

必死に言い返そうとして、不意に、別のものに意識が惹きつけられた。


「まーくん、こっちにも面白そうなものあるよ」

「…っ、うん」


高校生くらいの男の子ふたり。

……なんていうか、二人とも優れた容姿とか、それ以前に…なんていうか、惹きつけられる何かがあった。

お互いだけしか見えてなくて、特別な雰囲気で、…誰も、間になんて割り込めない。

そんな、空気感があった。
男同士だけど、まるで恋人みたいに手をつないでいる。

……特に、良く物語に出てくる王子様みたいに手を引いている男の人の方は、凄く愛おしそうに『まーくん』の方を見ていて、


「……いいな…」


無意識にぽつりと落ちた切望に、優さんが俺の視線の先へと意識を向けたのがわかった。
ああ、とすぐに納得したような声を零す。


「何?流羽もいちゃいちゃしたい?したいなら、俺は構わないけど」

「え、」


優さんが嫌がるに決まってるって、絶対ありえないことだと思っていたから、さらりと了承されてしまって思わぬ反応に心臓が跳ねた。


「…っ、いい、の…?」

「うん。どうする?」

「し、」


全力で頷こうとして、止まる。

したい。もちろんしたい。

けど、でも、こんなに人目があるところじゃ、いっぱい見られてしまう。
俺とその、いちゃいちゃなんてしてしまったら、優さんがどう思われるかわからない。恋人っていっても、誰がどう見たって男同士だし、でもしたい、めちゃくちゃ、すごくしたいけど、でも、俺は良くても、優さんは知り合いに見られたらきっと仕事の時に困るだろうし、

……そう、ぐるぐる悩んでいると、


「やっぱりやめようか」

「え」


零された淡々とした声に、顔を上げる。


「こんな公共の場所でできるわけないし、冗談だよ。そもそも流羽は臆病で恥ずかしがり屋だから、そんな度胸ないでしょ」

「…っ、」


ぽん、と頭の乗せられた手と困ったような微笑み。
感情の読めない彼の瞳からは、言葉以上の考えはわからなかった。


……違、うんです。

違う。本当は、凄くいちゃいちゃしたくて、でも、俺が男だから、優さんに迷惑かけたくなくて、と色々言いたいことが山積みになって、あわあわと口を開けたり閉じたりする。

ぁ、と何か応えないと、何か、と迷って、結局、髪に触れた体温はあっけなく離れていってしまった。


「…優さん、」


そのすっと背筋の良い、綺麗な後ろ姿に手を伸ばして、でも、触れられなくて、

……結局、諦めておろした掌が、…彼の体温を感じることはなかった。


――――――――――


(あの時、素直に頷いていたら)

(優さんは、…ほんとうに、……本当に、……俺と……手を繋いでくれた……?)
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