影と妖精

※ぬるいですが、r18注意


「それで、君はトビーさんになんて言ってほしかったの?」
言えるわけがない。してほしいことなんて。実際、兄妹以上の感情を抱いているのだから。
「…言えないことか。そっか…」
戸惑う私を他所に、ゆっくりと倒される。
「じゃあ――見せてくれる?」
義眼が私を捉えた。

「なるほど、そう言ってほしかったんだ?」
恐らく、義眼で私の頭の中を覗き見たんだろう。
「大丈夫、君の気持ちは痛いほどわかってるから」
あの時みたいに視界を覆われたら、もう頭が回らなくなりかけて。
「…トビーさんだと思っていいよ」

「お兄ちゃん」と呼んでいたけれど、本当はずっとその関係が好きではなかった。妹以上にはなれないという現実を突きつけられているようで――
…でも、今はいいんだよね?

「…独り占め、させてくれる?」
それは、本当はレオがミシェーラさんに掛けたかった言葉で、ミシェーラさんにしたかったことなのだろう。
「いいよ、お兄ちゃん…トビーさんなら…っ!」
掴まろうと手を伸ばしたら、ぐっと向こう側に引かれた。
身体が少し浮きかける。
「…そう、」
背中をもう一本の腕で支えられて、また敷布団の上に戻される。
「ずっとこうされたかったんだよね、」
彼は義眼で見抜いているというだけなのだが、自分の兄と思い込んでいると、本当に見透かされたように思えてしまうのが不思議でならなかった。
「どうする?…やめる?」
「嫌だ…続けてっ、」
「…いいよ、やめるなんて言わせない」
やっぱり、ふたりとも執着してるんだ。
「それで、どこまでがいい?」
「そう、だね」
少し考えた後、私はこう頼むことにした。中途半端な優しさは望まない。
「…ひどくしてよ、」

***

ふわ、と体を抱え上げられて、壁に沿わせた椅子に降ろされた。
目隠しをされたから、見上げることもできない。一つの感覚を奪われたら他の感覚が鋭くなるとは誰が言ったか。

最初はただの代わりで済んでいたが、次第にそれ以上を求めるようになっていった。もうお互いの本命を重ねてその名で呼び合わなければ足りなくなってきていた。
既に私は兄を兄として見られなくなっていたが、そういう目で見ようとすると兄は不思議そうな顔をするので、できるだけそういう目で見ないようにした。
けれど、彼ならきっと許してくれるだろう。兄が私にしてくれなかったことまで、してくれるのだろう。
そう、期待したから。

「…っう、!」
「あー、こら…っ、逃げないの…っ、」
本当の妹に向けるような言い方だ。そりゃそうだ、私はあくまで妹さんの代わりなのだから。もしもミシェーラさんに許されたなら、もう行動に移しているのだろう。決して許されてはならないから、私を代わりにしている――それは私も同じ。許しは乞わない、求めるのは温もりだけでいい。
揺さぶられている上半身も抱えられて地につかない両脚ももうしばらくこのままでいいや、って思えるくらいには私の頭は麻痺している。

「…待って、トビーさ…っ!」

ひとりに、しないで。
この声が届くはずがないことはもう知っている、だからせめて今だけはあなたの影を掴ませて。

「決してひとりになんて、しないから、」

『――大丈夫だよ』

その影を引き止めようとして、手を伸ばす。記憶の中の想い人が、いつものように微笑んだ。