からん、ころん。
軽く鳴るのはグラスの氷か、テーブルに転がされたサイコロか、あるいは用を終えた血塗れの弾丸か。
君の感情の向く方向は、果たして。
***
シャンデリアが煌めく、食堂を兼ねた応接室。この組織『白鷲會』の幹部である私達は、めいめい飲み物を片手にテーブルを囲んでいる。
ボスである鷲匠さんに代わって私達の真ん中に座するのはこの組織のナンバー2であり、私の幼馴染でもある『わっちゃん』こと牛島若利だ。ならば鷲匠さんは、というと最近自主性のある構成員が減ったことを気に病んでおり、それを改善するためだと言って普段は直属の秘書である斉藤さんと一緒に自室に籠っている。
しかし、幸いというべきか、鷲匠さんとわっちゃんの向いている方向は同じだった。と言うのも、長年烏野組のボス・烏養一繋と敵対し続けている鷲匠さんは、現在は特にオレンジ髪の小柄な少年・日向翔陽に目をつけているようで――そしてその日向くんとやらにはわっちゃんも一度会ったことがあるらしく、言葉には出さないまでも叩き潰したいという態度を露わにしていた。
「最近の若利くん、ほんっとあのおチビちゃんにご執心だよねえ……まあ、わかるんだケド」
「あいつは若利の獲物だぞ、手を出すんじゃない」
私達のことを一瞥もせず端っこのビリヤードテーブルで球を突きつつ問いかけるのは幹部の1人である天童くん、それを制するのは同じく幹部の大平くんだ。瀬見くんはわっちゃんの秘書である白布くんと争うように作戦を練っていて、それに混ざろうとする若手の五色くんを山形くんと川西くんが止めている。
そして私はというと、そんなわっちゃんの隣を陣取りつつ、彼の真剣な横顔をじっくりと眺めていた。
「神山ちゃんはどう思う?ずっと、見てきたんでしょ?」
「んー……そうだね。見たことのない顔してる……ね。わっちゃん、どうしちゃったの?最近ムキになっちゃってさ」
「俺にもうまく言葉にできない。だが……あいつは、なんか嫌だ。根拠の無い自信は、嫌いだ」
「だとしても、だよ?わっちゃん、いつもは弱い奴に興味ないくせに」
小さい頃からずっと一緒だった私達は、鷲匠さんに腕を買われここに入ったのも2人揃ってだ。
何事にも興味を示さなかった私が気味悪く見えたのだろう、わっちゃん以外にはあまり近づかれなかった。そしてそんな私に付き合ってくれるわっちゃんもまた、何をやっていても楽しそうではなかった――この裏社会で怪物だの化け物だのとあだ名されるようになってからも彼はずっと変わらず今まで通りのままで、唯一執着していることといえば幼い頃に家を出て行った父親を捜すことくらいだろうか。
だというのに、最近のわっちゃんはやけに日向くんに興味を示している。
その日向翔陽という男は、彼をここまで焚きつけるまでの相手なのか。私とわっちゃんの間に入り込み、静寂を乱すに至る相手なのか――少なくともあのわっちゃんが『叩き潰したい』とまで言い切るほどに執着を向けるような相手だとは、正直言って私には思えなかった。
「ねえ、あの男の何が、わっちゃんを変えたの?」
「さあな。ただ……」
「こんなわっちゃん、私知らない」
珍しく言い淀むわっちゃんを遮り、私は続ける。
私に似て何事にも興味がない彼だから私のことを理解してくれる、だからこそいつも側にいた。けれど、今の彼は確実に私以外の何かに心を乱されている。
水を変えられると、魚は死んでしまうという。
私じゃない他の何かによって変わっていくわっちゃんなど、見たくない。
ああ、どうか脅かさないで。
「……ね、わっちゃん」
日向くんはわっちゃんの獲物なのだし、私とて流石に人の獲物に手を出すような真似はしたくない。
けれど、彼がそこまで執着を見せる相手ならば。
彼の心をかき乱し、この組織に揺さぶりをかける存在ならば。
このまま、彼まで私を苦しめる存在に変わってしまうのならば、いっそ。
「その、日向くんって子――」
瞬間。
呟きをかき消すように、ざあ、と駿雨が窓の外の地面を叩きつけた。
*
やがて夜が更けても、食堂でいつも通りディナーを摂っても、歯磨きをして風呂に入っても。私の喉を苛む苦味は、消えてはくれなかった。
鷲匠さんのもとにいるようになってから何度となく命懸けの戦いを経験してきた私だけれど、どんなにひどい戦況で撤退を迫られてもここまで胸がざわつくことは決してなかった。だというのに、今更になって私はこんなにも焦燥感を覚えているのが不思議で仕方がない。
「わっちゃん、」
「……ん、入っていいぞ」
風呂上がりで自分の部屋に行くのも忘れて、バスローブを着たまま奥にあるわっちゃんの部屋の扉をノックする。一応愛人という立場である以上、この時間に彼の部屋に入ることはなんら不自然なことでもないのだが、それでもこちらから彼を訪ねるのは初めてだ。
こんな行動、昔の私なら絶対にしなかっただろう。けれど、今はそれを制する余裕もない――もしかしたら私まで、間接的に日向くんに焚きつけられてしまっているのかもしれない。私ですら知らない顔をわっちゃんからいとも簡単に引きずり出してしまう、あの男に。
「どうした?」
「最近のわっちゃん、私の知ってるわっちゃんじゃないみたい。変だよ」
「変、か。そうかもしれないな」
「へえ、認めちゃうんだ?……ん、ちゅ……」
彼が返事をしたのを確認し、扉を開けたのも束の間。ベッドに座っているわっちゃんの上に馬乗りになり、触れるだけの口づけをする。そのままシャツのボタンをひとつずつ外していき、露わになった筋肉質で男らしい彼の上半身のその胸筋をつう、となぞると、びくりと彼の身体が小さく跳ねた。
久々に触れた彼の身体は相変わらず筋肉質で、白鷺會の若頭としての訓練の賜物か、その身体は引き締まっている。けれどそんな『東北のウシワカ』ともあろう者が、今は私に組み敷かれながら余裕もなさそうに浅く呼吸を繰り返している――その初心な反応に愛おしさを覚えながら、私はその胸にちゅ、と唇を落とした。
「っ……ん、 ぅ」
そう問いかけながらも、私はわっちゃんの胸の片方をべろりと舐め上げ、その先端に吸い付く。そのまま反対の胸の突起を指先ですりすりと弄ぶように撫でると、また彼の口から小さな声が漏れた。
普段は自分が彼に好きなように触られてばかりで、私が自分からこうして彼に触れることはあまりない。だからだろうか、私の下で身を捩る彼の反応は今まで経た数々の物事の中でも一二を争うくらい興味深かった。
このまま彼を暴き尽くしてしまえば、この焦燥感は解消されるだろうか。あのオレンジ色の少年への妬ましさも、多少は紛れるのだろうか――なんてことを考えつつもその胸に何度も噛みつき、舌を這わせる。
「っ……おい、**、」
「なあに?」
「……やめろ、と言ってる」
「どうして?わっちゃんは私のものでしょう?」
煮え切らないその態度が気に障った私は、そのままわっちゃんの首筋に思い切り噛みついた。そして歯形のついたその場所に舌を這わせつつ彼の下腹部に手を伸ばすと、びくりとまた身体が跳ねる。
こんな反応を見せるということは、下着に隠れた彼のそれも熱で膨れ上がっているのだろう――それを確かめるように彼のズボンのファスナーを下ろし下着の中に手を滑り込ませると、予想通りそこは既に熱く硬くなっていた。
「ふふ、やっぱりわっちゃんのって大きいんだね。それに……すごく熱くなってる」
「お前、何をっ……ぁ、ふ……」
普段これが私の中に入っていたのか、と改めてその質量に驚きつつ、私はわっちゃんのものをゆっくりと上下に扱く。すると彼の口からはまた余裕のない声が漏れ、それが私に仄暗い優越感を覚えさせた。
彼の心があの男によってどんなにかき乱されたとしても、彼の身体だけは決して私以外にはどうもできまい。実質今は彼を私が支配しているのだと思うと、ずくりと身体の奥が疼きだす。
「っ……おい、やめ、ろ、」
「どうして?気持ちよくない?」
「そういう問題じゃ、ない……だろう、」
口ではそう言っても身体は正直で、手の中でどんどんその質量を増していく。熱い液体が漏れ出ている先端をぐりぐりと指先で弄りつつ擦ると彼の腰が小さく跳ねた。
愛したいという衝動が私には今までよくわからなかったけれど、もしかしたらこういうことなのかもしれない。いっそ壊してしまいたいくらい、私はわっちゃんを好いていたのだろう――そんなことを思いながらわっちゃんのそれを口に含むと、また彼はびくりと身体を跳ねさせて切なげな声を漏らした。
「んむ……ふ、」
「っ……**、もうよせ」
「ん、」
わっちゃんにどんなに制止されても、私が止めてあげることはない。これは、あの日向とかいう少年に心を乱されているわっちゃんへの罰なのだ。
そう、これは罰に他ならない。
私はこんなに苦しくてこんなにも妬いているのに、わっちゃんはそんな私の気持ちを知ってか知らずか、私以外の人間に気を引かれている。それを許さないというように、口いっぱいにそれを咥えて舌で舐め上げると、また彼の身体が小さく跳ねた。
「っ……ぁ、はな、せ……!」
いつも私の中を暴いているこれが今はこうやって私の舌や口で好き勝手されている、そう思うだけでその凶暴さとのギャップに頭がくらくらしてしまう。
こうして口でするのはあまり慣れないけれど、それは裏返せばわっちゃんがこうして快感に身を震わせている姿なんて滅多に見れるものではないということに他ならない。だからなのだろうか、今彼が晒している姿がなんだか無性に愛おしくて、彼が快楽に溺れていく様をずっと見ていたくて、私はただひたすら彼のそれを舐め続けるのだ。
そしてそのまま口で弄んでいると限界が近くなったのだろう、わっちゃんは私の頭を押さえて腰を浮かせた。
「っ……**、もうやめ、」
「んむ……ふ、ぁ……」
私の髪をくしゃりと掴んで上擦った声を漏らすわっちゃんになんだか無性に興奮した私は、そのままそれを吸い上げて舌を這わせて彼を追い立てる。すると彼は私の口の中でその熱を一気に弾けさせた。
やがて、独特の味のするどろりとした液体が口の中に広がる。私はそれをごくりと飲み込んで、それからゆっくりと彼のそれから口を離した。
「っ……**、お前……」
「わっちゃん、気持ちよかった?……もう、よそ見するなんて言わないよね?」
「……ああ、」
そう答えるわっちゃんの目にはあの男を意識しているときの鋭さとはまた違う、けれど確かな熱を湛えている。その熱をもっと引きずり出したくて、熱を持ったままの彼のそれにゴムをかぶせ、ショーツを脱いだのも早々にそのままゆっくりと腰を降ろしていった。
わっちゃんの今までの痴態に興奮していた私のナカもまた十分に潤っていて、すんなりと彼の熱を飲み込んでしまう。ずぷんと音を立てて一気に根元まで腰を降ろすと、先端が私の奥の奥まで届いてその快楽に思わず身体が震えた。
「っ……**、」
「ぁ、は……ん、全部、入ったよ……♡」
わっちゃんのものを根元まで飲み込んた私の中は、彼の形を覚えるかのようにきゅうと締め付ける。その熱に浮かされながら私はゆるゆると腰を前後に揺らして彼のものを出し入れした。
この体勢だと、普段とはまた違ったところに当たって気持ちがいい――そんなことをぼんやりと考えながら腰を揺らしていると、やがて彼は私の腰に手を添えてそのまま下から突き上げ始めた。
「ぁ、わっちゃ……ん、ぅ♡」
「焚きつけたのは、お前だろう……?」
私に責められていたときはあんなに余裕のなさそうな顔をしていたわっちゃんが、今度はいつもの目つきに戻って私を見下ろしている。この体勢ならいつものように上から押し潰されることはないけれど、その分わっちゃんのものがより深く私のナカを抉るばかりだ。
体勢こそ『いつもと違う』とはいえ、これは確実に私がもたらした変化だと知っているからだろう、あの男によってかき乱されているときのような嫌悪感は不思議と感じない。その代わりなのか私は快楽に満たされて、頭がおかしくなってしまいそうだ。
「ぁ……♡やっぱ、こっちのわっちゃんが、いい……っあ、♡」
「っ……おい、そんなに締めつけるな、」
「無理、だよ……わっちゃ、っあ……♡」
最奥を何度も突かれるたびに反射的にわっちゃんのものを締め付けてしまい、その熱と硬さにますます身体が疼いてしまう。彼にいいように犯されているのが、たまらなく気持ちいい――そんなことをぼんやりと考えながら快楽に浸っていると、そのまま彼は私の唇を塞いできた。
舌をねじ込まれて口内を蹂躙される。息が苦しくなって顔を背けようとするも許さないと言わんばかりに頭を固定されてさらに激しく口内を犯されるものだから、私はそのまま彼の首に腕を回して縋り付いた。
口内と、そして身体の最奥を絶え間なく刺激され続けて、私の限界はもう目前に迫っている。それはどうやら彼も同じようで、私の中で彼のものがどくりと脈打った。
「っ……**、」
「ん……♡きて、わっちゃん……っ♡」
やがて、私の一番奥でゴム越しに熱が放たれるのを感じる。その熱を搾り取るかのように彼のそれを締め付けると、彼もまた私の最奥に熱を吐き出した。
その快楽の余韻に浸りながら事後の熱に浮かされた頭で体温を感じていると、わっちゃんが私のナカからずるりと熱を引き抜いてゴムを処理してくれて。それにお礼を言うような余裕もなく、私はそのままゆっくりと意識を手放した。