シークレットシークレット

俺――白鳥沢学園高校3年3組・山形隼人は、最近携帯をあちこちに置き忘れることに悩んでいた。
今日もロッカーに携帯を置き忘れてしまったことに寮に着く寸前で気づき、急いで取りに戻った。けれど、教室の後ろのドアを開けようとしたところで――ドアのガラス越しに、見覚えのある男女の姿を見つけてしまって。

「わっちゃん……するの?」
「ん、」
「引退してから、だいぶ積極的だね?」

間違いない。あの2人は俺のクラスの中でも、特に目立っているクラスメイトのツートップだった。
男の方は、うちが烏野に負けて引退した春高予選決勝のあの日までは俺の部活仲間でもあった牛島若利。女の方はそんな若利と並ぶくらいに感情の起伏が少なく、女子達からはマネキンのようだと評されている少女――神山**だった。
1年の頃に学校案内パンフレットのモデルを務めた彼女はだいたいの1年生から一方的に顔を知られていて、くだんのパンフレットを見て一目惚れした生徒が告白したところにべもなく振られて帰ってきたらしいけれど普段もあんな冷静沈着な人なのかと、その生徒のクラスメイトだという五色が若利に確認していたこともあったか。曰く、振られるというよりはまるで仕事を引き受ける前に一線を引くような、私に君を愛してあげられる保証はないと忠告される形だったと――仮にも愛の告白に対してそんな振り方をする彼女が、女子達すら苗字にさん付けで呼び合っていてあまり誰かと仲良くしている印象はないあの神山が、若利だけにはこのような態度を見せるとは誰も思わないだろう。確かに付き合っているとはこの間聞いたけれど、ここまで甘ったるい声で名を呼び合うような光景は、普段の2人からは想像つかなかった。

「山形か……何しに来た?」
「俺、ケータイをロッカーに置き忘れちゃってさ。若利達は、なんで……こんなこと、」
「?誰もいないと思ったからだが……寮の部屋では、一緒にはいられないだろう?」

仮にもクラスメイトにキスを見られているというのに、若利はその相手が教師じゃないとわかるといつも通りの平然とした態度で返してきた。神山も神山であり、普段と変わらず飄々とした態度でこちらを振り返る。
見られてしまったから仕方ないかと開き直っているのとも、最初からわざとらしく見せつけているのとも違う――まるで、最初からキスそのものをなんでもない行為と捉えているような態度だ。

「なーんだ、山形くんかあ。先生かと思って、ひやひやしちゃったよ」
「お、おう……」
「そんなにじっと見て、どうしたの?……山形くんも、したい?」

言葉だけは蠱惑的な、けれどその意図は全く含ませていない声。それに魅了されてしまわないようにと気を張りつつもとりあえずロッカーから携帯を取り出し、いそいそとドアを閉めた。
このまま、何も見なかったことにしようと。全て忘れて寮に戻り、課題の続きをするのだと――そう心に決めつつ、教室を後にする。

「っ……俺はいい!ケータイ取りに来ただけだし、その、」
「そう?じゃあね、また教室で」
「ああ、」

――後にしようとは、した。
けれど、若利のいつもよりも優しく聞こえる声が、それに応える神山の甘い声が、俺を教室から離さないほどに惹きつけてやまなかったのだ。
自分でもない誰かの恋愛事情に興味を持つ心情がわからない、とかつて神山がクラスの女子の前で言い切ってみせたのを聞いたことがあるけれど、俺はどうしてもそうは思えなくて。その熱を、甘さを大事に持って帰りたくて――先程取りに行った携帯の録音機能を起動し、教室と廊下を隔てるドアにぴたりと押し付ける。

『……やはり、鍵は両方かけるべきだったな。山形までお前に魅せられたら、どうするんだ』
『そう?もし鍵締めちゃってたら、山形くんはケータイ取りに来れなくて困ったんじゃない?』

がちゃり、と教室の鍵を内側からかける音がしてからというもの、あの2人は何事もなかったようにクラスメイト同士から恋人同士になった。教室からは見えない部分にいるわけだから、俺が認識されていないのはある意味当たり前なのだが――俺という不純物の取り除かれた2人だけの世界を額縁の外側から覗くようなこの感覚は、あまりにも背徳的で。
興奮を煽られるのはやまやまだけれど、今はただこの甘美な秘密を録り逃さないよう、耳を研ぎ澄まして録音に徹することにした。

***

それから、1時間ほどして――満足したらしい2人が、いそいそと事後処理を済ませる音がする。そんな彼らに見つからないよう足早に寮の自分の部屋へと戻った俺は、部屋についてからというもの課題そっちのけでイヤホンをスマホに接続し、例の音声に聞き入っていた。
確かに先程生で聞いた音声と同じものではあるけれど、先程は録音することに意識を向けていたのと、何より破裂しそうな心臓の音に全てかき消されていたせいで聞き入るとまではいかなかった。だから、ちゃんと聞くのは実質今からとなるのだ。

『……**、』

若利が神山の名前を呼ぶ、余裕のなさと切実さが混じった声。
あの牛島若利が、東北最強と称され冷静沈着で通っているあいつが、この音声の中ではまるで恋に溺れた1人の男でしかない。部活中や試合中に見せる真剣な表情とも、食堂でハヤシライスを前にしたときの喜びに満ち溢れた表情とも違う、切なさと熱に浮かされたような表情で神山の名前を呼んでいるのだろう。まるで大切なものを扱うようにあいつの手を優しく握り、あいつの身体を抱き締めているのだろう。
そして神山も、若利に求められているのだと、表情を緩ませてそれに応えているのだろう。

『わっちゃ……っん、ぅ……♡』
『ん……っ、ふ……』

舌を絡ませ合う音、そして2人分の息遣いが、鮮明にイヤホンから聞こえてくる。
あの若利が、神山からの求めにはこんなにも甘いキスで応えているのか。ここまで本能に忠実に、ひとりの女を求めているのか――どれだけ、この男はあいつに焦がれているのだろう。
俺は神山に片想いしているわけでも、誰かとそういうことができる若利を羨んでいるわけでもない。ないのに、どうしてかイヤホンを外すことはできなかった。
それどころか、俺の手は下半身へと伸びていた。

「っあ……ぅ、」

そこは確かに既に熱を持ち始めていて、それを意識すると同時にずくん、と身体が重くなる。普段ならばAVを見ながら処理をすることも多いものの、若利と神山の音声を聞きながら抜くというのはそれと比べてあまりに刺激的だった。
イヤホンから聞こえる、制服のリボンを外す音、ブレザーをはだけさせる音、ネクタイを解く音。そしてそこに微かに混ざる、2人の呼吸音と水音――そのひとつひとつを意識する度に、俺の呼吸はどんどん乱れていく。

『……っん、んむ……ぅ♡』

ベッドのない教室だから床に押し倒しているのか、それともキスをしていたときの座っている体勢のままなのか――あまり大きい物音が入っていないところからするに、おそらく後者であろう。若利はかなり身長が高い方だから、押し倒すか座るかしなければ、身長差のある彼女と向き合うのは難しいはずだ。
ぷちり、とブラのホックを外しているのであろう音。そして直後に聞こえるのは若利が神山の、おそらくは胸をまさぐる音だ。

『硬いな、』
『そう?私はわからないんだけど……わっちゃんが、気持ちいいなら……っん、ぁ♡』
『ああ、……こう、か』
『っん……ぁ♡ひゃあっ!♡』

若利の指に胸の頂きを摘まれたのだろうか、途端に神山の声が一気に甘さを増す。普段は感情が欠落しているようにさえ見える彼女が、ここまで乱れるというのは正直驚きだった。
一方の若利も、普段教室で見る姿からは想像できないくらいに興奮しているのが伝わってきて――俺は若利が怪物に見えたことはないけれど、普段怪物と呼ばれている若利とマネキンのようだと称されている神山は確かにお似合いのカップルに見えた。

『ね……わっちゃ、そこ、好きなの……?♡』
『**の反応がよくなるからな。……こっちも、触ろう』
『やっ、ぁう……!♡』

若利の手がスカートの中へと入り、そのまま下着越しに神山の大事なところを撫でる音がする。俺が触ることなんて叶わないであろうところに易々と触れていくあたり、恋愛に疎いと思っていた若利もやはり男なのだろう。
かつて部活終わりに軽く聞いたけれど、若利は1年生の頃には神山とこうなっていたらしい。なんでもそのときは『そういうこと』に興味がある彼女がたまたまなんとなくのノリで幼馴染である若利に声をかけただけだった、けれどずっと彼女に想いを寄せていた若利はこれだけで終わらせるつもりはないようで、彼女が他の人と『そういうこと』に及ぼうとすると必ず先回りして阻止しているらしい。もちろん神山自身は無自覚なようではあるのだが、俺から見れば若利の独占欲は相当強いように感じる。

『ん……っ、ふ、ぅあ……♡』
『っ……ん、』
「っは……若利……?」

くちり、と微かに粘ついた水音が聞こえる。イヤホンから聞こえてくるキスの水音と若利の息遣いしか聞こえてこないから断定はできないけれど、若利の言葉から察するに神山のその場所へ指を入れた音だろうか。
風呂場で見ていた限り若利のモノは相当大きいように思えたし、あれを彼女のナカに挿れるとすればかなり解す必要があるだろう。だからこそ、かなり念入りにやっているに違いない。

『**、』
『うん……わっちゃ、んッ♡』

くちゅり、ぐちゅりという粘っこい水音とリップ音がイヤホン越しに響く。もちろん俺には今行われている行為を間近で見ることもその感覚を味わうこともできないけれど、イヤホン越しに聞こえるその音はあまりにも生々しすぎた。
時々聞こえる『人間に近づく』というワードの意味はわからないけれど、今の若利と神山から感じられるのは間違いなく人間らしい欲望で。若利も、神山もやはり思春期の男女なのだと思い知らされる――そして、その音声を聞いて昂っている俺もまたそうであったようで、下半身へと伸びていた手を俺はいつの間にか下着の中へ入り込ませていた。

「ッは、若利……っ、」

あの牛島若利が、恋愛沙汰になんて興味ありませんという顔で生活している牛島若利がこんな風に女を求めるのか。そしてそんな男に求められる神山**という女は、どんな心境でそれに応えているのだろうか――そんなことを考えてしまうくらいには、俺はもうあの2人に囚われていた。
イヤホンから聞こえる水音とリップ音、そして時折混じる神山の鼻にかかった声だけが耳に入る。今あいつがされていることを俺もしたいのに俺はイヤホン越しでしか行為を聞けない、そんな虚しさすらも快楽へと変換され、俺のモノは更に張り詰めていく。

『あっ、ん、♡』
『ん……っ、』
『わっちゃ、あっ♡』
「……ッ、ぐ……」

ぐちゅぐちゅという水音とリップ音。それと時折混じる神山と若利の荒い息が鼓膜を揺らすたびに俺の脳内は更に麻痺していき、下半身に走る快楽を増幅させていった。イヤホンから聞こえる声を意識すればするほど、身体が熱くなっていくのがわかる。
寮の部屋で1人でこんなことをしているという背徳感、そして今まで体験したことのない快楽がどんどん俺を昂らせていき、興奮は収まるどころか増していく一方で。同室の奴に見つかってはいけないとわかりつつも、手はもう動きを止めることはできなかった。

『そろそろ、大丈夫そうだな。俺の上、乗れるか?』
『いーよ。ゴムつけるまで、待ってるね……♡』
『ああ、』

やはりそこはしっかりしているのか、ぴりっとゴムの袋を破る音。続いて聞こえてくる装着音に合わせて、俺も自分の熱を手で強く握った。ここにオナホールでもあればよかったのだけれど、生憎今の俺の部屋にはそういったものは一切置いていない。
神山のナカがどうなっているかは若利の言葉でしか窺い知れないけれど、あのサイズのモノがしっかり入るのだからそれなりに準備はしているだろう。そして、その仕草も聞いている限りは手慣れたもののように感じた。

「っ……ぐ、ぅ……」
『いいよ、きて……♡』

ゴムをつけるという行為を終えれば、あとは挿入するだけだろう。
神山の言葉と共に若利がそれをナカへと押し込み始めたのか、イヤホンから聞こえてくる水音とくぐもった彼女の声がした。それと同時に若利の息も少しずつ荒くなっていくのがわかり、本当に繋がっているのだという実感が湧いてくる。
俺のモノを包み込んでいるものがもし俺の手ではなく神山のナカだったら、俺はどんな感覚を味わうのだろう。あいつはどんなふうに俺を締め付けて、どんな反応をするのだろう――けれどその感覚はイヤホン越しの2人だけのもので、俺が直接味わうことはどうしたってできないのだ。

『きつくないか……?』
『ん、だいじょーぶだよ、わっちゃ……っ、んん♡』
「ぅあ……ッぐ、ぅ……!」

イヤホンから聞こえる水音とリップ音、そして2人の息づかい。それに加えて自分のモノを扱く俺の手の音と俺の耳に入る衣擦れの音。身体中を巡る血液が沸騰するような感覚に脳内はもうぐちゃぐちゃで、目の前は涙で滲んでいるのがわかる。
若利のモノを奥深くまで受け入れたのか、神山の声は少し苦しげになり始めていた。その声につられるかのようにイヤホンから聞こえる水音も激しさを増していって、俺もそれに呼応するかのように扱く手の動きを更に速くしていく。

「ッぐ……ぁ……」
『**……っ、』
『わっちゃ、や……っ!♡』

水音と肌のぶつかる音、そのふたつがイヤホン越しに聞こえる度に身体がびくりと震え、脳内は快楽で真っ白になっていく。もうイヤホン越しの2人の声なんてろくに聞こえないし、脳内にちらつく神山の姿もぼんやりとしてきた程だ。
びくんと身体が跳ねて、手の中に生暖かい何かが広がる。肩で息をしながら枕元にあったティッシュを数枚とってそれをふき取り、俺はそのまま力なくベッドに倒れ込んだ。

「はぁ……っ、」

やがて行為が終わったのか、音声は事後処理をする音に切り替わる。ここで録音を切ったのだから当然なのだけれど、音声もここで終わっていた。
まだ若干自慰後特有の疲れが残っているけれど、いつまでも倒れ込んでいるわけにもいかない。散らばったティッシュをゴミ箱に放り込むため、俺はゆっくりと身体を起こして下着とズボンを履き直した。

「やべ……ティッシュ、多いな」

自慰をすることは少なくはないし溜まっているわけでもないのに、今日はいつもよりも量が多い気がする。そのあまりの多さは、俺がどれだけ若利と神山の行為に興奮してしまっていたかをまじまじと思い知らされるほどだ。
明日教室に着いたら、どんな顔で2人に接すればいいのだろうか――なんて俺がぐるぐると思案していることは2人にはずっと知られないままであってほしいと、そう願うばかりだった。

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