弟のことが大好きなおねーちゃん
漣家長女、二十歳。
私には愛して止まない三人の弟がいる。
正直、自他共に認める重度のブラコンであるし、私は弟がいれば他に何もいらないと思っている。
私から弟を奪おうとする者はたとえそれが恋人であろうと、大親友であろうと、肉親であろうと絶対に許す気はなかった。
だから、だからね?
「おねーちゃんはそろそろ宗也に姉離れして欲しいなぁーって」
「つまりねえちゃんは俺のことが大好きってことだな俺も大好き結婚しよう」
「話聞かない人いる」
いい加減、宗也には私との結婚を諦めて欲しいのだ。
「逆に何でねえちゃんは俺と結婚してくれないんだよ。俺はねえちゃんが大好きでねえちゃんも俺のことが大好き。俺は十八歳でねえちゃんは二十歳。何も問題ないじゃんか」
「何で宗也ってこんなに馬鹿で可愛くて果てしなく馬鹿なんだろう」
確かに……確かに、私は自他共に認める重度のブラコンではある。
しかし、この漣家にはそんな私を超える存在がいるのだ。自他共に認める激重度のシスコン及びブラコンの性癖の混沌を極めし我が愛弟……その名は、漣宗也である。
「宗也聞いて。私は姉、きみは弟。ここまでは分かるね?」
「相思相愛ってとこまで分かる」
「分かってなさすぎる」
これが宗也が私の弟的存在、みたいな立ち位置だったら絆されていたかもしれない。だって結婚って紙に名前書いて役所に届けりゃそれで済むのだから、我儘な宗也のお願いをそこまで聞いてあげられていたような気がする。私にはそこまでやっちゃう危険性がある。父さんが許すかは別として。
だが、宗也は私の正真正銘、弟であり……しかも血が繋がってる。どう考えてもアウトなのだ。
しかし、この弟は父さんより頭が切れるようなハイスペなくせに、本気で大好きなものに関してはそれをマグマに放り込み一瞬でIQをドロドロに溶かす極端すぎる弟なのだ。
「そんなことばっかり言っておねーちゃんが嫌がって家出しちゃったらどうするの?」
「出てってもねえちゃんには漣家以外で稼ぐ方法ねえだろ?」
「んー、金なんて身一つで稼げそうなもんだけど」
「は?何、娼婦になる気?」
「いやストリートダンサー」
「びっくりしたー」
「まあ、小林の作ったオムライスが食べれなくなるのがとんでもなく惜しいからしないけど」
「俺がいるからって言ってよう」
甘えた声でそんなことを言う宗也が可愛すぎる。どうしてこんなに可愛いのに「もしも娼婦だったら身請け金積むんだけどな」なんて言うようなことになってしまうんだろうか。ただの姉好きではなく確実に性的に見ている。こまった。
天理は三歳ごろまで私の猫可愛がりを満更でもなく受け入れていてくれたが、あの子の姉離れはかなり早く四歳になった頃からストップをかけてくるようになった。手のひらで待ったをかけられた時は地に手をつけ絶望したものだ。
逆にこっちが強請っても一切、首を縦に振らなかった。成熟も早けりゃ意思も強い。
伯理の場合、七歳ごろくらいに「恥ずかしいって……」って言いながら遠慮するようになったが、あの子は優しいから、こっちがめちゃくちゃおねだりしたら、頭撫で撫でとか抱っことか許してくれたりする。
それなのに、もう十八の宗也は未だに姉離れの気配が微塵も見えない。こちらが可愛く思う分にはいいし、可愛がれるのも嬉しいのだが、度を超えて犯罪一歩手前になるのは話が変わってくる。
「宗也もいい加減、ある程度の姉離れをして欲しいんだよ、私はさ。私のことなら気にしないでいいよ、可愛がれなくても宗也のこと可愛く思うからさぁ」
「くっくっく。口ではそう言っても身体は正直だぜねえちゃん」
「そうなんだよなぁ〜」
まあ、それを助長させるようなことをしている私も悪いのかもしれない。そんなことを考えながら、畳に座った私の腹部に抱きついて顔を埋める宗也の頭を撫でてしまう。このふわふわの髪を撫でる手が止まらない。くっ体が勝手に……!
簡単に言えばこれは、抱きしめられながらの膝枕状態である。宗也のこの甘え方が可愛くて可愛くて私は抗えないのだ……それを宗也は分かっているから余計にタチが悪い。
宗也も何とか伯理くらいの姉好き程度に収めて欲しいのだが。
そういえば、最近の伯理の姿はあまり見かけない。前に一度、漣家の戦士に袋叩きにされてるとこを目撃して、私がそいつら全員を全治三ヶ月にした頃からだ。威葬なんて使わず全員丁寧に拳で半殺しにした。多分、私に見られたらそうなると分かった奴らが、私が見てない場所でやっているのかもしれない。
姑息な奴らだ、それでも戦士かってーの。寂しくて寂しくてしょうがない。
そういや、伯理がいない時は宗也もあまり見かけないが、もしや代わりに宗也が守ってくれてるのだろうか。
宗也も伯理のことを私に話す時は「伯理って本当に可愛いよなぁ〜!」って言ってるし、可愛い弟を守ろうとするのは当然だろう。
私だってなんかとち狂った宗也のことを「古いテレビって叩いたら直るって聞くけど、宗也も叩けばいいのかな」と考えたことはあるものの、どうしても実行に移せなかった。何故なら可愛いから。
そんな可愛い弟のことを殴ったりなど言語道断だろう。
「宗也、宗也。そろそろ離れて」
「えーやだよぉ。ねえちゃん明日からまた出張じゃねえか」
「そうだよ、だから明日の準備済ませないといけないの。もう夕方なんだからさぁ」
私は威葬も使えるし、漣家の中でもかなり強い方だが濤ではない。理由は単純、やる気がないからだ。
正直、私は家業である毎年の楽座市に全くやる気がない。きっと原因は、私が一番母さんと長く一緒にいたからだろう。弟たちは母さんよりも父さんにばかり目がいってたが、娘というのは無条件で母さんのことが何となく好きなのだ。多分。
そんな母さんも楽座市のことなんてどうでもいい人だった。だから、私も楽座市に何となく熱意を持てない。
私も才能があって威葬も使えて、強い妖術師の素養は十分にあるが、私がやりたいのはダンサーである。ダンスは楽しいからだ。
家業より自分の趣味を優先したいと思ってる人間を父さんが濤に選ぶわけがない。
しかし、女とは言え漣家嫡流の娘がそんなことでは面子が立たない。私のことで弟達に迷惑がかかるのは忍びない。
だから、楽座市とは違うその他諸々の雑務のために出張しては馬車馬の如く働くのだ。
昔からその役目は私が請け負っていてよく家を空けている。ぶっちゃけ私は多忙なのだ、まるで一生分の仕事を若いうちに終えようとしているほど。
弟達の写真だけはいつも肌身離さずだが、そんなだから私は弟達と触れ合える時間が足りない。
つまり、宗也も私の触れ合える時間が足りない。だから、こうして存分に甘えさせてしまうのだ。私の意思は弱い。
「出張中、なんか料理とか覚えてこようかなぁ」
「ねえちゃんは昔からよく料理に挑戦しては結局、女中に任せるじゃん。無理じゃね?」
「一回オムライス作ろうとして火傷負ったことがあんだよねぇ。そんで、なんか萎えた」
「見てた見てた。はねた油程度で『ひゃうっ』って言って……火傷した指舐めてちょっと涙目になっててさぁ。あんなに強えねえちゃんのちょっと弱くて可愛いところ見たのはあれが初めてだったわ」
だから、俺ねえちゃんのこと大好き。
「絶対絶対結婚したい」
「仕方ない弟だよ、宗也は」
私が宗也の頬を撫でると、宗也は気をよくしたのかようやく私の腹から顔を上げる。
そして……。
「んー」
「ん」
そして、私の唇にキスをする。触れるだけの、軽いキス。
宗也が十八歳になったばかりの頃から、彼は私にキスまでし始めた。
別にキスなんてどうってことない。可愛い弟が私にキスをしたいと思ったから、意思の弱い私はその願いを叶えてやりたいと思ってしまった。それからずっと会う度にキスをしている。
だって、それぐらいしてあげないと可哀想だから。私は絶対絶対宗也が一番願う『結婚』だけは絶対してあげないから。
「ねえちゃん、大好き」
「私も宗也大好きだよ」
そう言いながら一度力強いハグをして、宗也は私の部屋から出ていった。
昔は私の方が大きかったのに、今では私よりうんと広い背中だ。きっと、宗也はもう私よりもずっとずっと強いのだろう。
そんな弟の背中を私は愛おしくも名残惜しく見つめてしまっていた……もう、その姿を見ることはないのだろうけど。
さて、準備を始めるか。
通帳に書類、印鑑にある程度の金、パスポートに飛行機のチケット。生活するために必要な量の着替えと、それから内定済みの職場の資料。希望の海外ダンスチームに入れて良かった。
日本にいては足がつきやすいが海外なら私を追うことは難しいだろう。海外には出張で何度も行ったことあるため、海を越えての生活でも困ることはないはずだ。
父さんにはもう話はつけてある。私は明日から漣ではなくなる……宗也を含めた濤のメンバー、漣家の人間全員には二週間後に話してもらうことにしている。
父さんも難しい顔をしていたが、すんなり了承してくれた。そのために、今まで漣家のために十分に身を粉にして働いていたことを父さんは知っている。
何より父さんも漣家の次期当主の陶酔している相手が実の姉だなんて、何か起こってからでは遅いと危惧したのだろう。このままでは子を孕まされる危険だってある。
宗也にとっては酷い裏切りだろうが、私はそれでよかった。
何故なら、結婚だのなんだの抜かして、弟という存在を辞めようとする漣宗也のことを私は許せない。
私から弟を奪おうとする者はたとえそれが恋人であろうと、大親友であろうと、肉親であろうと……つまり、弟であろうと絶対に許す気はなかった。
大丈夫だ。宝物の弟達の写真だってずっと肌身離さず持っている。今離れるだけなら弟達は弟達のままだ……可愛がれなくても、私にとっては可愛いままの弟達だ。
嗚呼、出張中に食べた小林の作ったものよりも美味しいオムライスのあるレストランが今から楽しみだ。