欲しくなったのが今だった


 宗也くん、懐かしいね、ここ。
 昔よく無理言って漣邸まで着いて行ってたなぁ。そしたらこのお庭で子供みんなで遊んだりしてね。あの頃の伯理くんは五歳で、天理くんは四歳でとっても小さくてね……子供の二人の面倒は私が見なきゃ!ってたくさん可愛がってたなぁ。私だって子供だったのにね。
 俺もって?まあ、確かに宗也くんも十歳だったけど、私は八歳だったじゃない。八歳から見た十歳って実は結構年上のお兄さんだし、実際に宗也くんも私のこと子供としか思ってなかったでしょう?
 そう、子供だったの。子供だったから、大人振りたくなってた年頃でさ……私なんかよりずっと小さな子と一緒に遊んでお姉さん気分を味わいたかったんだろうな。
 だから、二人に会いたかったのであって、宗也くんは多分……私にとってはそこまで重要じゃなかったと思うんだ。
 だって、私はお兄さんして欲しいわけじゃなくて、お姉さんをしたかっただけなんだから。それに身近にいるお兄さんよりてちてち歩きの小さな子の方が可愛いじゃん。女の子って可愛いのが大好きなんだよ。
 え?二人の姉になりたかったのかって?いや、そうじゃないかな。ただ、お姉さん振りたかったのであって弟が欲しかったわけじゃないんだよ。
 あーでも、確か子供は三人ぐらい欲しいなって思ってた気がする。いや、流石に八歳時点で欲しかったわけじゃなくてさ……いずれはママになるのが夢!みたいことを漠然とね。
 まあ、そうだね。小さな女の子の将来の夢は『お嫁さん』って言いそうなイメージが世間一般にあるし、私も女の子の定番の夢はそうだろうなって思ってるけど……でも思い返してみると小さな女の子ほど、憧れてるのは『お嫁さん』じゃなくて『お母さん』だったような気がする。
 さあ?でも、改めて考えると……存外狭い世界で生きている小さな女の子の憧れとして一番身近にいた存在がお母さんだったからじゃないかなぁ。
 なんでか分かんないけど、小さな子って無条件にお母さんのこと大好きなんだよ。それが例え慈愛だったとしても洗脳だったとしても。
 大体、人生経験の少なすぎる弱冠八歳が出来るようなお遊びな恋愛でさ、それで好きになる男の子なんてみんな同級生ばっかりだよ、みんな同い年。
 そりゃ全員がそうってわけじゃないと思うけど、そういう空気ってあるんだよね。年上好きも年下好きもなんとなく変なの。だって関わることなんて本当は殆どないんだから。
 そんなわけでさ、私は宗也くんのことはそこまで意識してたわけじゃなかったんだよね。
 二人の義姉になりたいわけでもなく、お嫁さんのこともピンとこなくて、恋愛対象が同い年の男の子な私にとって、宗也くんは……お父様と仲の良いお家の長男さんってだけだったの。
 当時の私が宗也くんのこと、何をどう思ってたかなんてもう忘れちゃったよ。忘れるくらい薄くしか認識していなかったの。
 でもさ、あの時のことだけはしっかり覚えてるよ。宗也くんは絶対覚えてないと思うけどね。
 私ね、転びそうになったんだ。天理くんも伯理くんもいるときにね、はしゃぎすぎてね。
 そしたら……私の肩をね、宗也くんが支えたんだよ。転ばないようにって。
 その時に、私はやっと「お姉さん」なんじゃなくて「大人振りたかっただけ」って気付いたんだ。
 その時の私は考えが至らなかったんだけど、二人の面倒を見てるのが私でその補佐が宗也くんなんだと思ってたよ。
 でも、違うよね。宗也くんは、私のことも任されてたんでしょ?そりゃそうだよね。よその子がこのお庭で怪我でもしたらちょっと問題になっちゃうもの。
 それに気付いた時ね、私はとっても恥ずかしかったの……私は四歳とか五歳とかと同じ括りで面倒を見られるような小さい子供だったんだってことだから。
 大人から見たら八歳なんてそれは当然だし恥ずかしくも何もないことかもだけど、当時の私は本当に恥ずかしくて恥ずかしくて、居た堪れなくなって……それから漣邸にくっついて行くのをやめちゃったんだ。
 突然ぱったりと顔を見せなくなったでしょ?数年くらい。実はそれが理由だったんだ。
 お父様も不思議そうにしてたよ。「天理くんと伯理くんに会わなくていいのか?」って言ってた。
 え?宗也くんは……そうだね、お父様は宗也くんの名前は出さなかったかな。多分、私はお父様に天理くんと伯理くんの話しかしてなかったんだと思うね。きっと、宗也くんの名前なんて出したこと殆どないんじゃないかな。
 でもね、その時の私はお父様に名前を出されるまで、あの二人のこと忘れてたんだよ。
 いや、忘れてたというよりは思い浮かばなかった……が、正しいかな。
 私の頭の中、宗也くんしかいなかったよ。恥ずかしいって気持ちでずっと埋め尽くされちゃって他の全部が弾き出されちゃったの。
 私がそういう気持ちで漣邸に行くのを四、五回拒否した頃に、お父様は私はもう行きたくなくなったんだなって思ったらしくて、それ以降誘うことはしなかった。
 でもね、私は本当は漣邸に来たくてたまらなかったんだ……心の準備が出来てないから行きたくなかったの。それすら、他の人に言うのも恥ずかしくて言えなかったから勘違いしちゃうのはしょうがないけどね。
 ……うん、そうだよ。恥ずかしい、心の準備が必要、本当は来たかった、宗也くんのことしか考えられなかった。
 ここまで言ったらもうそれしかないよね。うん、そうなの。宗也くんの言う通りだよ。
 当時の私は幼いから、恥ずかしいっていう表現しか出来てなかったけど……あれ、実際には照れちゃってたんだろうなぁ。好き避けってやつかな。
 宗也くんは気付いてなかったと思うけどね……というよりも宗也くんだけじゃなくて、だーれも知らなかったと思う。
 だってさ、私がそれを恋だと自覚した時と、失恋した時は本当に同時だったんだもん。
 十歳の時の私がね……そう、心の準備に丸々二年を要した腰抜けの私が、女の子らしくお洒落して漣邸に行くのをお父様に強請ったんだ。
 そう、まるでお庭で遊ぶ気が一切ないお洋服だったよ。
 私はちょっと年齢が上がって「お母さん」になりたいっていう夢が薄れて「お嫁さん」になりたいって思い始めてたんだろうね。
 多分、女の子って年齢が上がるにつれて「お母さん」になりたい夢よりも先に「お嫁さん」が出るようになるんだろうなぁ。おままごととかが楽しめているうちは「お母さん」が一番人気なんだけどね。
 まあ、つまり……お遊びみたいな、おままごとみたいな、当然のように恋愛対象が同級生みたいなそういうのじゃない、本気の恋だったんだよね。
 だからこそ、失恋は本当の本当にショックだった。きっと一生忘れられないよ。
 あ、宗也くんちょっと戸惑ってるね。全然覚えてない、心当たりがないって顔してる……私のことフったっけ?って感じ。
 でも、仕方ないと思うよ覚えてなくて。フラれたわけじゃないし。
 なのに失恋って?うん、そうだよ失恋。世の中、真っ向から好意を拒否されるのだけが失恋ってわけじゃないでしょ?宗也くんにも身に覚えがあると思うのになぁ。
 いいよ、教えてあげる……私さぁ、あの時はちょっとワクワクしてたんだよね。二年前よりも、可愛くなった自信あるし。私の最後の記憶って十歳の時の宗也くんのイメージだったし。
 いや、頭では宗也くんは十歳じゃないのは分かってたけど、感覚が抜けなくてね。それまで同年代の子の恋愛しか知らなかったわけだから……十歳の私のこと、ちょっとは好きになってくれるかなって期待してたんだ。
 実際に再会した宗也くんは当然十二歳で相変わらず年上だった。これまた当然のように十歳の頃よりずっとずっとかっこよくなってて「ああ、心の準備足りなかったかも」ってちょっと後悔したけど、それでも期待の方が上回ってたんだ。
 でも、その期待は地面に叩きつけられちゃったわけだけど。
 何かしたっけ?って……ううん、宗也くんはいつも通りだったよ。
 天理くんと伯理くんはね、私を見た瞬間に久しぶりだって言ってくれてた。でも、宗也くんはいつも通り……何にもリアクションしてくれなかった。
 あれ?って思ったよ。二年ぶりなのにいつも通りすぎて。私がおかしいなって思って「久しぶり、宗也くん」って言ったら、宗也くんはね……「ああ」って言ったよ。
 私すぐに分かったの……そのちょっとだけ高い声色がただの返事じゃないってこと。
 宗也くんは私のことすっかり忘れてたよね。
 あの「ああ」の本当に意味は「ああ、そういえばいたなこんな子」だったでしょう?
 私は絶望したよ。そのたった二文字で……二年間ずっと心の中を占めていた宗也くんは、そんな私のことなんて本当にどうでもいい存在なんだって思い知らされた。
 でも、そりゃそうだよね。親戚でもなんでもない女の子だよ。その上……あの時、肩を支えてもらった瞬間まで私も宗也くんのことなんとも思ってなかったのに、宗也くん側も私のことを何か思ってくれてるなんて。そんな虫のいい話あるわけないのに。
 だから、今度は私は本当に自惚れてたんだって、本当に恥ずかしくなって……私は本当にそれ以降、漣邸に行くことはなくなったよ。もうあんな惨めな気持ちになりたくなかったから。
 振り向かせようと思わなかったって?思わないよ。だってどうでもいい相手が自分に好意を向けてると分かったら面倒でしょ?
 幸い、私の気持ちは私以外にバレてなかったから……ゆっくりゆっくり宗也くんのことは諦めたよ。私は本当に人生に絶望したけど……十歳の頃の初恋なんて人生単位で見てみれば結構小さなことだったって今になって思うし。
 まあ、気持ちを消すのには五年くらいは費やしたけどね。
 それからも私は宗也くんのこと好きだった気持ちは覚えたままでも、次の恋に踏み出せたよ。私の手を引いて踏み出させてくれる相手がいたんだ。
 いつって……十五歳にもなれば見合いの話も出てくるよ。私のお家は漣家ほどではないけど名家ではあったから。
 まあ、お父様もちょっと早いかもとは言ってたけれど、私はもう宗也くんのこと引き摺りたくなかったから。
 彼はね、結構私に優しくて……満開の桜も、雲一つない青空も、空を覆い尽くすような紅葉も、静まり返った銀雪だって一緒に見てきた。
 転びそうになった私の肩も支えてくれた。宗也くんじゃなくてもドキドキしたの。
 だから私大丈夫なんだなって安心した。
 宗也くんじゃない、好きな人が出来たんだってすごく幸せな気持ちになったよ。
 結局、何が言いたいのかって……うーん。
 
 そうだね。
 私は結局、何が言いたかったんだろう。
 
 自分で言っててなんか、分かんなくなってきちゃった。でも、そうだね。

 何なんだろうね。
 
 宗也くんは私のことなんてどうでもよかったじゃんか。
 私の初恋が宗也くんだったことも、今この場で私が話して初めて知ったんでしょう?
 それに、会いにこなくなってから寂しいって思うどころか存在さえもすっかり忘れてたくせに。
 それなのに、なんでかな。
 なんでなのかなぁ……。
 
 なんで宗也くんは私の好きな人殺しちゃったのかなぁ……。