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 黒子が京介に連れてこられたのは、華蓮の部屋の近くにあるベンチだった。京介は仕事があるので、あまり長話をするつもりはないのだ。この病院内では誰に聞かれても問題ないものでもあり、しかしながら華蓮の前で話すには少しばかり憚られる内容であった。

「華蓮の話し相手になってくれて、本当にありがとう」
「いいえ、大丈夫です」

 華蓮の部屋でも聞いた言葉を改めて京介は口にした。京介にとって華蓮の話し相手になってもらえているのは、感謝しても仕切れないことなのだ。

「あの子はね、幼い頃は入退院を繰り返していたんだ。あの子がここに初めて来た時、わたしはここに異動したばかりだから、良く覚えている」

 突如始めた昔話を、黒子は黙って聞いていた。聞く必要はないものである。しかし、この時黒子は聞かなければならないのだと思ったのだ。その理由は黒子自身もわからないものの、彼はその直感を信じた。
 京介は言葉を続ける。華蓮が最初に入院したのは6歳の冬、小学生になる前だった。家族旅行から帰ってきて、交通事故に遭ったのだ。トラックの運転手が飲酒した上に、逆走して正面衝突になってしまった。華蓮は大怪我をしたものの奇跡的に生存したが、華蓮の両親や兄は亡くなってしまったのだ。トラックの運転手も死亡し、その事故の当事者で唯一生きていたのは華蓮のみであった。
 華蓮は親戚に引き取られたが、怪我をしている華蓮は厄介者でしかなかった。怪我が治ってもリハビリがあり、そしてその頃から体調を良く崩していた華蓮が余命宣告を受けたのは、一昨年の冬、中学を卒業する前だ。その事実に、黒子は表情が強張った。京介はその余命が後どれほどなのかは告げなかった。

「わたしが華蓮を養子として迎え入れたのは、あの子が10歳の時なんだ」

 その言葉を聞いた時、黒子は何処かやはりと思った。京介は先ほど華蓮の家族が亡くなったと言った。血は繋がっていないのだと悟るのに十分すぎる言葉である。それに黒子にとって華蓮の余命宣告の方が衝撃的すぎたのだ。

「あの子を引き取れば苦労をするのはわかっていた。だが、この病院に来てあの子が一番最初に懐いてくれた子なんだ」
「そうなんですか?」

 京介はとても優しげな男性だ。子どもにとって女性より親しみを持てなくとも話しやすいように思える。黒子の疑問はわかっている様子で京介は言葉を続けた。「ここは患者との繋がりが強いからね」つまり、その絆に入る隙がなかったのだ。嫌われていた訳ではないのだが、どうしても親しい医者と話をすることが多いのだ。華蓮のみは、初めての患者であったから京介に話しかけやすかった。

「担当医ではなかったけれど、あの子はわたしに色々話してくれたから、相談役を任されてね」

 ずっと話を聞いていた京介だからわかる。華蓮が今一番欲しているもの。

「あの子が求めているのは、歳の近い友人なんだ」

 入退院を繰り返し、友人などいなかった。周りからは哀れみの視線を向けられ、華蓮に近付くのは何もわからない子どもたちのみ。だから華蓮は何も知らない黒子に警戒心も持たずに話しかけたのだ。同情されない、それと同時に話し相手になってくれたのだ。

「よければ、たまにでいいからこれからも華蓮に会いに来てくれないかい」
「はい、勿論です」

 黒子が薦めた本の感想だって聞きたいし、出来ればバスケを見てほしい。やってほしいまではいかなくとも、ボールを投げるくらいなら出来るかもしれない。一つ歳が違うので友人という感覚はないものの、いい友情は築けそうだ。決して頼まれたからではない、黒子がまだ話したいことがあったのだ。
 京介は安堵の吐くとベンチを立った。続けて黒子も立ち上がる。「それじゃあ宜しくね」京介は黒子に告げると歩き出した。その背中が小さくなった頃に、黒子は一つの疑問を抱く。彼は何故すぐに黒子を見付けられたのだろうかと。
 華蓮はまだわかる。人が全くいない場所だったからだ。動かないものの中に動くものがあれば、それは影が薄くとも目立つ。場合によるが、人気のない廊下の病院で学生服を着た男子がいれば目の留まるだろう。しかし京介は華蓮もいる部屋で、黒子をすぐに認識した。
 その疑問の答えを黒子が知ることは、まだない。



 黒子は病院を出て、途方に暮れていた。結局ここが何処だかわかっても帰り道まではわからなかったのだ。

 黒子が戻ってくると、華蓮は何処か疲れているようだった。へらりと笑って大丈夫だよと言ったが、とてもそうは見えない。しかし、その言葉をそのまま受け入れ、ひとまず今日は帰ろうと思った。
 ごめんね、と泣きそうに笑う華蓮に黒子がまた来ると告げれば、泣きそうなことは変わらずとも、とても嬉しそうだった。
 黒子は、京介に道を聞くことにした。京介は少し探せば見つかった。しかし、黒子が聞いた場所を京介は知らず、他の医者や看護師も知らなかったのだ。パソコンを使い誠凛を調べもしてくれたが、その検索にヒットすることはなかったのだ。

 どうするべきか。黒子は足を止めずに思案する。いい考えは思い付かなかった。携帯を取り出して、家族に電話をかけても繋がることはない。
 もう一度、どうするか考える。どんな方法を使えばいいのか。家族に繋がらなかった電話が、他者に繋がるのか。

 その時だった。聞き覚えのある声が聞こえたのは。

「黒子!」

 その声の持ち主は秀徳高校男子バスケットボール部レギュラー、高尾和成であった。黒子の元チームメイトの相棒を務めており、黒子の先輩から秀徳の影と言われた男だ。そして特殊な目は黒子の視線誘導が効かない。その能力を鷹の目と言う。
 黒子は高尾を見ると驚いた。何故高尾がここにいるのか、と。高尾の家がここにあるのかとも思ったが、高尾の服装が学ランであるのにバッグがないことに疑問を抱かずにはいられない。一度家に帰ったのなら着替えるだろうが、帰っていないのなら何故バッグがないのか。

「お前もここにいたんだな。ここら辺に家がある、とかじゃないんだろ?」
「はい。気付いたらここにいました」
「オレもなんだよ、他にも真ちゃんとか赤司とかいるぜ」

 聞き慣れた名前に黒子は瞬きを数回繰り返す。高尾が言った真ちゃんとは、緑間真太郎と言って秀徳高校のエース。そして高尾の相棒である。赤司とは京都の洛山高校男子バスケットボール部で主将を務める人物で、黒子とは決勝戦で当たった相手であった。つまり、東京にいる緑間なら兎も角京都にいるはずの赤司がここにいることは可笑しいのだ。学校があるので帰省ということはない。因みにどちらも帝光中学校を卒業しており、黒子の元チームメイトである。
 誠凛は見なかったけどなと続けた高尾の言葉に何処か落胆はあるものの、やはり知り合いがいるのといないのとは全然違うのだ。高尾との仲は悪くはない。お互いライバルだと思っているが連絡先を交換しており、時折メールのやり取りをしている。

「取り敢えず拠点があるからそこに行こうぜ」
「わかりました」

 高尾の言葉に黒子は頷く。赤司がこちらにいて、みんなが同じ場所に集まっているということは、何かしらの理由で帰ることが出来ないか、そもそも帰り方がわからないか。

「黒子は何処にいたんだ?」
「気付いたら住宅地にいて、それから病院にいました」
「へ、病院?」

 黒子の答えが意外だったらしい高尾は、目を少し見開いて聞き返す。病院という単語ではあるが、何故病院にいたのかという疑問がその単語に込められている。黒子はその質問にどのように返すか疑問を持ったが、ひとまず最初の目的だったものを口にする。

「病院なら、交番の場所が分かるかと思って」
「成る程なぁ」
「それから、女性の話し相手になってました」
「話し相手? ばーちゃんか?」

 話し相手、と言うからお年寄りなのだと高尾は思った。若者なら見ず知らずの人と話したがらないだろうと思ったのだ。黒子は高尾の疑問に首を横に振ることで答える。その様子に高尾はきょとんと意外そうな顔をした。

「僕達の、一つ上です」

 黒子の顔が少しだけ強張っていたことに、高尾は気付くことはなかった。
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