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「久し振りだな、黒子」
「お久し振りです」

 高校生らしくない声色がそう言った。赤司征十郎だ。鮮やかな赤い髪と瞳を持つ、少々童顔な少年。その後ろには緑の髪をした眼鏡の少年、緑間真太郎がいる。他にも緑間と高尾の先輩、宮地清志。それから紫の髪を持ち巨体の少年、紫原敦。陽泉高校のエースで、彼もまた黒子の元チームメイトである。紫原の先輩に当たり、同じくエースとして活躍している氷室辰也、同じく先輩である福井健介の姿もあった。赤司の先輩で、肌にまで気を遣っているのが見て取れる人物、実渕玲央。茶髪の愛らしい顔立ちの少年、桐皇学園の桜井良。
 みな、バスケの天才キセキの世代がいる高校であった。赤司、緑間、紫原に至っては当人である。唯一キセキの世代の一人黄瀬涼太が入った海常高校の人間だけがいない。バスケ部であることは関係しているが、奇跡の世代がいる高校とも言えないのだろうかと黒子が考えた時だ。赤司が口を開く。

「10人揃ったな」
「? どういうことですか?」
「これだ」

 黒子が赤司に手渡された紙は、薄い桃色であった。中央に行くにつれ白くなっており、桜の印刷が施されている。何処かあたたかい印象を与える可愛らしい便箋だ。その中央にはまるでお手本のような綺麗な字で書かれていた。
「ひとつとここのつは巻き込まれる。消滅を防げ」
 黒子は何処かでその字を見たことがあるように思ったが、一体何処でその字を見たのか思い出せずにいた。赤司が説明を入れる。ひとつとここのつ。彼の推測では、これは人の人数なのだと言うのだ。ここには10人の人間がいるので数は合っている。誰かがひとつで、その他全員がここのつ。そのひとつが何を指すのか赤司にもわからなかったのだが、黒子は思い当たる節があった。

「このひとつ=Aボクかもしれません」
「と、言うと?」
「この中以外の人と話した人は?」
「……いいや、誰とも話すことが出来なかった」

 赤司はそう答えると、他の面々の顔を見る。反応は様々であるが、全員が赤司と同じような答えを示した。果たして、それに何の関係があるのかと緑間は黒子を見る。相も変わらず何を考えているのかわからない表情をしていた。
 一方、緑間に観察されていると気付いていない黒子はというと、やはり、と思っていた。黒子とてサラリーマンにも看護師にも医者にも気付かれていない。唯一自分を認識したのは華蓮と京介のみである。ひとつ≠フ条件が、この二人、あるいはどちらかと関わることであった場合、この中で条件を満たしているのは黒子のみである。
 勿論、何故黒子なのかは誰にもわからない。しかし他の面子と違うところがあるのは黒子だけであった。他のことが条件だとすれば話は変わってくるが、もしそうならば違うところを話し合わなければならない。しかし、この人数で一人だけ違うところを探すのは苦労するであろう。
 自然と赤司に視線が集中する。この中で唯一の主将であるからだ。3年生である宮地や福井に視線が集まるのが普通なのだが、やはりリーダーシップがあって頭のいい赤司に決定権が委ねられる。赤司に言われれば自然とやらなければならないという使命感に駆られるので、当然と言えば当然の結果でもあった。

「黒子は誰かと話したのか」
「はい」

 黒子は華蓮と京介のことを話す。病院で会ったこと、華蓮は一つ年上であること、京介と華蓮は血が繋がっていないこと、華蓮は幼い頃入退院を繰り返していたこと。全て素直に言ったが、ただ一つ、華蓮に残された時間が少ないことだけは言わなかった。いいや、言えなかった。黒子自身がその事実を言う権利がないと思ったからだ。
 説明し終えると、赤司は考え込むように視線を落とす。しかしそれも数秒のこと、すぐに顔を上げた。赤司が何を考えたのか、この場にいた全員がわからない。

「ひとまず、明日様子を見に行こう」
「それはいいけど、この人数でか?」

 赤司が出した結論に疑問をぶつけたのは宮地だ。いきなり見知らぬ人間が10人、黒子を抜いても9人である。しかも全員がスポーツをやっているので体つきは良く、その上身長も男子高校生の平均超えをしているのがほとんどだ。紫原に至っては2mを超えている。華蓮からすれば迷惑なことだろう。

「いいえ。オレ、黒子、高尾、氷室さんの4人で行こうと思います」

 知り合いである黒子は当然として、事実かどうかの確認のために赤司、気さくな性格でコミュニケーション能力の高い高尾、甘いマスクで警戒心を薄めることが出来るであろう氷室の人選だ。その人選に文句を言う人間はいない。薄々予想されていた人選でもあった。
 むしろ問題なのは残された方の、ちぐはぐな面子である。キャラが濃すぎて、ギスギスしていそうな雰囲気だ。喧嘩する状況でないことは分かっているのでしないだろうが、軽い言い争いは起こりそうである。当然、赤司はそれも見越している。

「病院の場所はオレも見たから知っている。その近くにストバスコートがあったのも確認済みだ。出来るだけ近くにいたいから、みんなはそこにいてくれ」
「待機組バスケ出来んじゃん!」
「体が鈍らなくて良さそうなのだよ」

 喜びを表したのは緑間と高尾だけではない。他の面子も言葉にはしないものの喜びを隠せていない辺り、全員バスケが好きなのだ。こんな時にバスケとも思うが、他にすることもない場合、選択肢がバスケしかないのだ。状況を打開する手がかりは華蓮であるが、赤司が4人で行くならそれ以上は何も言えない。他にすることもない。

「幸い明日は日曜らしい。昼に行っても問題はないだろう」

 赤司が指したのはカレンダー。気付いた者もいたが、気付かなかった者もいた。そのカレンダーは丁寧に金曜までバツ印が付けられていた。今日が土曜であると判断出来たのはそれだけでなく、部屋のテレビでニュースを確認したからだ。
 話は纏まり、全員が緊張感を解いた。話し合いが始まっていた時点で大人しくしていた紫原は自前のお菓子を貪ることを再開した。3年同士の宮地と福井は話に花を咲かせ、高尾は桜井に絡み出す。

「明日には、元気になってくれているといいですが……」

 黒子はみんなの様子を見て穏やかな気持ちになるが、ふと最後の華蓮の様子を思い出す。疲れている顔は、すぐにでも眠ってしまいそうであったし、それどころか倒れそうだと思ったくらいだ。無理をしていたのかもしれないと、黒子が思うのは当然であった。誰も黒子がそう言ったことには気付かない。

「そう言えば」

 実渕が思い出したように口を開く。実際思い出したのだ。今までは緊張感からか感じなかったが、安堵すれば感じ始めたものを。しかし、まだみんなは気付いていない。ただ一人、赤司を除いては。赤司は何処か面白そうに笑う。

「ご飯、どうするのかしら」
「「「あ」」」

 揃って間抜けな声を出す面子に、赤司が堪らず噴き出した。WCが終わり、見せるようになった赤司の高校生らしい面である。赤司と深く関わりのない面子は、そんな赤司を何処か意外に思いながらも自分の欲求に従う。自覚をすれば、とても腹が減っている。
 さて、どうしたものかと思うのが普通である。そこで声を上げたのは高尾だ。

「青峰から聞いたんだけどさ」

 一体いつ青峰と知り合ったのか、緑間は聞きたかった。高尾が持ち前のコミュ力で既にキセキとメルアドを交換していることを緑間知らない。むしろ、この場でそれを知っているのは、最後にメルアドを交換して、その時興味本位で聞いた赤司のみである。高尾のアドレス帳には、数え切れない人数が登録されているが、果たしてその中で連絡を取り合っていないのは何人なのか。それはWCで忙しく整理していない高尾ですら知らない。

「桜井、料理上手いんだって?」

 高尾の発言で視線が桜井に集まる。一拍遅れて状況がわかった桜井は、元々大きめの瞳を見開いて驚愕の表情を見せた。高尾は「お菓子もキャラ弁も作るって聞いたけど」と続けた。お菓子で反応したのは紫原である。

「なに、アンタお菓子作れんの〜?」
「すすすすすみません! すみません!」
「いやいや、何で謝ってんだ」
「落ち着いて落ち着いて」

 謝り出した桜井を福井と氷室が宥める。結局肯定はされていないが、黒子が「ボクも桃井さんに聞きました」と実力を裏付ける。誰が作るか、決まった瞬間だ。
 桜井の作った料理は、赤司にすら褒められた。
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