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華蓮を病院まで送り届けた黒子達は、また拠点へと戻っていた。そこは今朝と変わらない状態のままであったことから、誰も出入りしていないことが窺える。桜井の作った夕飯を和気藹々と食べ、会議に移る。
「彼女が何かしら関係あることは間違いないだろうな」
赤司の結論はこうだった。消滅を防げとはやはり華蓮のことである。消滅とは死を意味しているのだと。タイムリミットはいつなのか分からないが、少なくとも近いことは確かであった。明日かもしれないし、明後日かもしれない。
華蓮以外に考えられなかったのだ。赤司達はまだ京介に会ってはいないが、赤司の中では京介が原因であることは消えていた。正確には違うのだが、混乱を招くかもしれないとそのことは告げなかった。
「でも、何で佐久間サン? あの人が何かしてるって感じはしなかったけど」
「ボクもそう思います」
高尾が言った言葉に黒子が肯定した。なんら動揺した様子を見せなかった華蓮が黒子達をこの空間に閉じ込めたとは思えなかったのだ。それに当たり前であるが華蓮はただの人間だ。ただの人間に、そのようなことが出来るのか。ましてや病人である。
「理由は分からないが状況が彼女を指している。だがオレも彼女がオレたちをこんな状況にしたとは思っていないさ」
赤司の目には華蓮が演技をしているようには見えなかった。赤司の帝王の目は筋肉の些細な動きを見ることが出来る。嘘を吐いているならばそれらしい動きが見えるのが当然であった。赤司に嘘など通用はしない。しかし華蓮にはそのような動きはなかった。つまり、彼女も巻き込まれただけである可能性が高いということだ。
「つっても、消滅を防げ、だぜ? どうしようもねぇだろ」
メモを手に取って福井は言った。それは最初から分かっていたことだ。赤司も、黒子も、華蓮がどんな病で、どんな苦しみを味わっているのか。これだけは誰も知らない。知っていたとしても、ずっと長年病院にいて、様々な手を尽くされたであろう華蓮を助けられるのかと問われたら答えはノーだ。例え赤司であっても、この件に関してはどうしようもない。彼もまた人間で、高校生でしかないのだ。
黒子が華蓮にバスケを見せたのは、今回を逃せば見せる機会がなくなると思ったからだ。明日には体調を崩すかもしれないというのは感じていた。現実味を帯びていないが、昨日別れる直前の様子を見れば“そういう”人がいるのだと理解もした。出来るだけ早く、体調が優れているときに。そういった思いで、黒子は動いた。
「ええ、どうしようもありません。正直これは期待されていないでしょう」
赤司ははっきりと告げた。そもそも誰がこんなメモを残したのかも分かっていないが、このメモを残した人物はバスケ部員でしかない高校生が病を治せるとは思っていないだろうと、そう考えたのだ。実際赤司ならばそんな成功率の低い賭けなどに期待はしない。
「スイマセン! あの、それって、佐久間さんは……」
「それ以上は言うな」
緑間が桜井の言葉を止める。桜井もそれ以上言葉にする勇気がなかった。この場に、いつも馬鹿だのアホだの言われる人物がいたとしても分かっただろう。傍観に徹するということは、つまり華蓮の死を意味することに。だが、この場にいた殆どの人物はその事実を考えたくはなかった。今日出会ったとはいえ、彼らにとって共に過ごした時間は悪いものではなかったのだ。
赤司はこの事実を遠回しとはいえ言うかどうか、躊躇っていた。全員華蓮の死に感付いていることも、それから目を逸らしていることも気付いていた。言ってしまえば、考えなければならない。現実を受け止めなければならない。この世界の何処までが現実なのか分からないながらも、華蓮が、知り合った人間が、死ぬということを。
そして彼らに出来ることは華蓮の死を避けることではない。華蓮に、楽しい思い出を作ることであった。黒子は、少しでも華蓮に思い出を作ってもらいたかった。それが、自分が好きなバスケであったならば、最高だ。心から笑ってもらえるならば、言うことはない。そして、何処か生きることを諦めている節がある華蓮に、この世の未練が残れば。
「征ちゃん、どうするの?」
実渕が聞いた。実渕の思いとしては、華蓮ともっと共に時間を過ごしたかった。実渕は可愛い子が好きだ。それに男女は関係ない。実渕にとって華蓮はその“可愛い子”に入るのだ。恋と言った甘いものではないが、まるで子を持つ母親のような、守りたくなる妹を持つ兄のような、穏やかであたたかい気持ちが心を染める。
「明日は、少なくとも午後からでないと怪しまれるだろうな」
赤司には当然会わないという選択肢はなかった。このままで本当に戻れるのか分からない。手がかりは華蓮だけ。ならば華蓮に会うしかなかった。赤司にはまだ会っていない人物もいた。
「オレと福井は、まあ朝からでも平気だけどな」
「あー、自由登校だからな」
3年生である宮地と福井は、この時期自由登校であった。病院に訪れても言い訳が出来るのだ。だがこの人数がいる中でたった二人で大丈夫なのかという不安があった。出来ることなら全員、傍にいたいところではあるが、それでは現状を打開することも出来ない。
「いえ、少人数で動くことは避けたい。四、五人で動きましょう」
万が一、不測の事態が起こった時に、十人もいるというのに対処出来なくなるのは避けたい。ならば半分程度で動けば、対処出来るだろう。病院内で十人がいても、逆に動きにくいだけであった。廃院でもないのだから当然と言えば当然だ。
氷室は赤司の言葉に素直に頷いて口を開く。誰も赤司の決めたことに意見を言わないのは、今は赤司の考えていることが最善だと思ったからだ。
「じゃ、午前はここだね」
「はい。昼食を済ませてから、そうだな……黒子、宮地さん、紫原、氷室さん、福井さんで行ってください。理由を聞かれたら誠凛と陽泉は午前のみだった、宮地さんは自由登校と答えて下さい」
「はい」
赤司が紫原を入れたのは、彼が華蓮を気に入っていることを見抜いたからである。そしてとても心配していることも。様子を見たがっている気付いたからこそ加えた。また紫原は末っ子であるが故に頭が回った。どうすれば自分の利になるのか、どうすれば危険を避けるのか。
紫原は赤司には逆らわない。敵わないことを知っているからだ。紫原は緑間には劣るものの頭が良く、また緑間とは違い柔軟に物事を捉えることが出来る。そういうこともあり赤司は出来るだけ紫原とは別行動を取りたかったのだ。足りない分は他の面子で補える。確信していた。
「黒子、彼女の父親はどんな人だ」
緑間が聞いた。どんな人なのかというのは、黒子から見てどんな性格なのかということである。華蓮は直接見た。しかし京介は見ていないから、判断が付きにくかった。緑間は京介を不審に思っていたのだ。最初は華蓮も警戒していたが、彼女の様子からそんなことは出来ないと分かったので警戒を解いた。
「京介さんは優しい方です。ボクも多くを話した訳ではありませんが、華蓮さんをとても愛していらっしゃいますし、彼女のことを第一に考えているようでした」
血は繋がらなくとも、京介にとって華蓮は一人娘であるし、親戚から疎まれた華蓮にとっても京介はたった一人の家族である。華蓮を引き取れば苦労するのは分かっていたと言った。実際その通りだった。今では死が近づいてきているのだ。
「それ、寧ろ怪しくない?」
「紫原君?」
「華蓮ちんのこと一番に考えてるから、オレらのこと巻き込んだんじゃねーの?」
紫原の言葉には、誰も何も言わなかった。言えなかった。