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華蓮の様子を見に行った5人のうち、宮地と福井、紫原が直ぐに戻ってきた。紫原は今にも泣き出しそうな顔で赤司に近付いて何かを言おうとするが何も言えなくなる。赤司は宮地と福井に視線を向けて、紫原が言おうとすることを促した。
「佐久間が今朝から体調が良くないらしい。今、治療中なんだ。佐久間の親父さんが、出来るなら来てくれって」
「氷室と黒子が向こうに残ってる」
「分かりました、すぐに行きましょう」
全員、荷物を持って駆け出す。汗など拭いても全速力で病院まで行くのだから意味はなかった。8人の男子高校生が全速力で駆け抜けようがすれ違う人々が彼らを認識することはない。病院に入って紫原が行く後を追いかける。そのことに注意する人物もいなかった。
黒子は廊下のベンチで座って俯いていた。封筒が手に握られている。氷室は出来るだけ表情を変えないように、しかし明らかに苦痛に耐えている顔をしていた。8人もの足音で氷室は音の発信源を見る。紫原たちの姿を見ると、決して上手くない苦笑を溢した。そして、言葉を発することなく首を横に振る。そんな。絶望に染められた声を出したのは誰か。
たった一つの動作で結果が見え、緑間は強く拳を握った。実渕は両手で口元を押さえ、桜井の目から滴が零れる。高尾は目の辺りを手で押さえ、そんな高尾の頭を乱雑に撫でる宮地の顔も悲痛であった。紫原が壁を殴る。痛みが現実なのだと突きつけた。
「それは?」
「ボクたちに、宛てた手紙らしいです……」
黒子は顔を上げることなく言った。らしいということは中はまだ見ていないのだと赤司は察する。黒子の傍まで行くと手を差し出す。黒子は華蓮からの手紙を赤司に渡した。赤司は開封し、紙を取り出すと読み上げる。ところどころ涙で滲んで、それを上から書き直したような跡があって、その上、丁寧に書いている場所があれば、不安定な場所もあった。その時の心情が滲み出ているかのような手紙に赤司が、少しばかり目を伏せる。思い出すのは自身の母だった。
私、こんなの書いたことないから不安なんだけど、きっとこれを呼んでいるとき、私は生きてないかな。それとも、苦しんでるかな。
はじめて、だったんだ。同年代の子と話すの。小さいころは同じ年の子も多かったんだけど、みんな退院しちゃうから、けっきょく私一人で、友達っていなかった。だから、くろこ君と会って、あかし君とか、ひむろ君とか、たかお君とか、みんなに会って、みんなのバスケを見れて、楽しかった。むらさきばら君が私を肩車したとき、本当はすごく怖かったんだけど、とっても嬉しかったんだ。
どうして私なのかなって思ったことも多かった。だってね、せっかく京介さんが私を引き受けてくれたのに、こんなことになっちゃってさ。
くろこ君には話したって京介さんが言ってたから、みんなも知ってるのかな? 知らないなら、私じゃ説明はできないから京介さんかくろこ君に聞いてください。私は知られても平気だから。もちろん知りたくなかったら聞かなくてもいいよ。
できることなら、生きてね、みんなともっとお話ししたかった。
死にたくないよ。
赤司はそっと紙を折り畳むと封筒の中へ戻す。誰もがお互いを見ようとせずに俯いたり壁に視線を向けたりと。
そんな時間を過ごしていれば、扉が開かれる。中から出てきたのは京介であったが、それを正確に知っているのは黒子のみである。紫原や氷室なども、今日ちらりとは見たが、華蓮の状態の方が気になって、顔を覚えてはいなかった。
「娘をそれほど想ってくれて、ありがとう」
黒子が優しげだと評した京介の顔は悲しみに染まっていた。一番辛いのは京介なのだと黒子は、みんなは分かっていた。
「黒子君、それにみんなも。気にするな、なんて言っても、それが出来ないのは分かっている。だから、これだけは言っておくよ。いつの日かあの子のことを忘れても構わない。今、それだけ悲しんでくれるなら、あの子は幸せだろう。そして、君たちに、心から笑ってほしいと思うだろう。忘れても構わないから、時々、思い出してほしい。あの子がいたことを、長くないわたしの代わりに君たちが証明してほしい」
赤司は、ゆっくり、誰にも見付からぬように、抜け出した。
黒子達から離れた赤司は病院内を歩き回り、目的の人物を見付けた。周囲には誰もいない。赤司は業とらしく足音を鳴らして、その人物と距離を保った場所まで行く。帝王の目という、わずかな筋肉の動きで次の動きを予測出来る赤司ならば傍まで寄ったところで不測の事態があろうとも対処は出来るが、万が一を考えての距離だった。
「あなた、ですね」
赤司は告げる。冷静さを欠かさないように、極めて落ち着きに務めた。そうでなければ自分がどう動くのか、彼自身が分からなかった。相手は振り返らない。尚も赤司は続ける。
「この手紙を見た時、余りに纏まりのない文章だと思った」
書かれていることは本心だろうが、纏まりがない。動揺して筋の通った言葉を紡ぐことが出来なかったのだろうと思う人間が多数だろう。だが赤司は違った。何かあると思った。纏まりはないが、考え抜かれた文であったように思う。
「お前は気付かなかっただろうが、一番最後の行にたった一文字消された跡がある。彼女はどうしてもここだけ文が思い浮かばなかったんだろう」
「その文字は」
「“ぬ”だ」
それがどういう意味になるのか、相手は分からなかった。直接書くのでなく、何故遠回りなのか。
「下手に書くとばれてしまえば消されると思ったんだろうな。だが、誰かに伝えたかったんだろう。中途半端になってしまってはいるが、あなたが気付かなかくて、オレが気付いたから問題はない」
赤司は目を細める。相手には赤司の左目が、ちらりと色を変えたことに気付かなかった。すぐに戻ったものの、赤司はそのことを自覚していた。これ以上感情を爆発させれば、確実に自身に眠るもう一つの人格が出てくることを分かっているが故に、赤司は無理矢理抑えつける。まだ、出番ではない。お前の出番は、必要ないと。
「私はどくで死ぬ。きっと色々考えて、纏まったのがこれだったんだろう。彼女は病死ではなく、殺されることを分かっていたんだ。これでは、あなたかどうか分かっていたかは分からないが」
「まさか、そこまで考えていたなんて……」
「彼女はあまり頭は良くないらしいね。だが、それは単純な学力だろう。死ぬのだから意味がないと思って、励まなかったんだろうな。だが、彼女は学力は足りなくとも頭は悪くなかったようだ」
人の気持ちには敏感だった。無垢な子どものままに育ったから。そして、相手を不快にさせないように過ごすことは簡単だった。彼女は頭の回転が良かったから。……彼女はどうすればいいか分からなかった。この小さな世界しかしらなかったから。
まるでサスペンスのようだと、赤司は内心笑う。正義感だとか、そんなものでこうしている訳ではない。人としてこの行動は当然であるし、何より華蓮が殺されたということが許せなかった。
「だが理由……サスペンスのように言うならば、動機が分からない。何故彼女を殺したのか。あなたには彼女に恨みはないように思う」
「……恨みじゃない」
語る。語る。恨んでなんていない。欲しかった。彼女が欲しかった。あの状態のまま欲しかったのだ。自分が思う最高の状態で手に入れたかった。だが邪魔をする。いつもいつもあいつが邪魔をする。親だと言う。邪魔だ。邪魔だ。邪魔だ邪魔だ邪魔だ。血の繋がりもないくせに。お前たちも邪魔だ。何故だ。関係ないくせに。邪魔だ。邪魔だ邪魔だ。ジャマダジャマダジャマダ。
何処か狂った言葉を聞き、赤司は顔を顰める。血の繋がりなどなくとも京介は華蓮を愛していた。血の繋がりはなくとも彼らは紛れもなく親子なのだ。父との仲は余り良好ではない赤司は、そう思った。
「ああ、ほら、また、邪魔をする」
「何を――!?」
暗転。赤司の足元が崩れる。