最近、猛烈にアタックしてくる女の子がいる。
アタック、と言っても物理的にではなく。いや、物理的にも少し。
いわゆる恋のアプローチってやつ。
彼女の名前は篠原美月という。
ツインテールとブレザーの学生服がトレードマークで、恋愛体質。「運命の相手」を捜し続ける女の子。
こんなおじさんを捕まえて一体何が楽しいんだかわからないんだけれど、彼女は「恋に恋している」状態なのだと思う。
御侍に就任したばかりの新しい環境の中で、ぽっと彼女の前に現れた「年上の男性」に少しの憧れを抱いてしまった。事故のようなものだ。
そんな彼女に俺ができることといえば、傷付けないように断ることくらい。
「運命」を探す彼女は今、俺にその運命とやらを感じているようだけれどそんなことはない。道に転がる石ころ程度なのだ俺は。
「斎さん!今日も素敵ですね好きです!」
だから何度となくこうしてアプローチしてくる彼女の健気さに絆されてはいけないのだ。けっして。俺は努めて石ころであろうと心がける。
「美月ちゃん、気持ちは嬉しいけどこんなおじさんをからかっちゃ駄目だよ」
「からかうなんて!私、本気ですよ!」
柘榴のような赤いツインテールをなびかせながら彼女が笑う。
やんわり断っていてはこの通り効果がないのだが、傷つけるのは本意ではないし女の子に対して強く出ることもできずに困り果てる。
(こんな石ころに躓いてる場合じゃないと思うんだけど)
これから買い出しに行くと言う彼女の背中を見送って、ひとりごちる。すると隣からくすくすと含み笑う声が聞こえてきた。
俺の右腕である彼女の蠱惑的なルージュの唇が楽しそうに弧を描く。
「まったく、御侍のどこがいいんだか全然理解できないねえ」
随分な言い草だが辣条はいつもこの調子だったし、俺自身その通りだと思うのでこの失礼は発言は聞き流すことにする。
本当に、どこがいいんだか。こんな顔もわからない怪しい人間のどこが。
「まあでもいいんじゃないかい?好きだって言ってくれる相手なんてなかなか巡り会えるもんじゃないんだし」
「あのねえ、こんなおじさん本当だったら眼中にもないんだよ。ただ彼女が言う運命の人に辿り着くまでの繋ぎでしかないんだから、本気になんてなったら置いていかれるのは俺の方だよ」
「・・・・・・ふぅん、てっきり「恋愛対象」から外れてるのが理由かと思ってたけど」
ーーーーその感じじゃあ、彼女は脈ありだねえ。
しまった、と口を閉じるにはもう遅い。
辣条はこれ見よがしに笑みを深めて鞭をしならせた。彼女の愛用の武器でもあるそれは、容赦なく俺の背中を打つ。
彼女の嗜虐的な趣向に付き合いつつ瑞雲に戻る道を歩いた。
「斎さん!好きです!」
今日も今日とて彼女はめげることなくアタックする。これで告白されたのは何回目だったか。
瑞雲の庭園に設置された東屋であんみつを頬張る彼女の瞳がどうにも、きらきらと輝く宝石のようでいたたまれなくなる。研磨され、この世の光を一身に受け赤色へと屈折させる瞳が、真っ直ぐ俺を捉えて離さない。
「あのねえ美月ちゃん、俺は君の運命にはなれないんだよ」
「そんなことないですよ!斎さんは運命です!」
満面の笑みで握り拳を作って力説する彼女。純真無垢な想いを放つ彼女の明るい表情に、不意に影がさした。不穏な影にその表情は曇り、その移り変わる様に俺の心がくすりと擽られる。
ああ、いけない。辣条の嗜虐心が移ってしまったのかも。
赤色になるために彼女に降り注がれた光が、俺の体で遮られて彼女の瞳に暗雲を作るのは少し心地が良かった。
面が彼女の鼻先に触れそうで触れない、ぎりぎりのところまでぐっと距離を近づける。すると困惑の中であんみつのチェリーがてらりと光を泳がせて俺の姿を映していた。
彼女には俺がどういう風に見えているのだろう。
「俺が狼のように美月ちゃんを食べてしまってもいいのかい?その覚悟がある?」
「・・・っ!」
一拍置いて、美月ちゃんがバネのように飛び跳ねて立ち上がった。
残り少ないあんみつをひっくり返す勢いで走り去っていく後ろを見つめて、目が届かないところまでその姿が行ってしまうのを見届ける。
彼女が座っていた場所に今度は俺が腰を落として、これで良かったのだと己を納得させた。
これをきっかけに俺に対して警戒心を持ってくれたら。少しでも距離が取れれば、冷静さを取り戻し俺への熱も冷めるだろう。
俺は道端の石になり得たのだ。ちくりと痛むような心は、彼女が躓かないように端に身を寄せる。
「斎さん!好きです付き合ってください!」
俺は痛くもない頭を抱えて蹲った。
困ったことに彼女は諦めるということを知らないようだった。あの日顔を真っ赤にさせて走り出したはずの彼女は、今日も変わらず俺にありったけの愛をぶつけてくる。
俺と同じようにしゃがみ込んで「大丈夫ですか?」と小首を傾げる美月ちゃんの瞳を見つめ返すと、いちご味の飴玉みたいで今にも転がり落ちできそうだった。泣いたらきっと涙と一緒にこぼれ出てくるんだと思う。
彼女の愛は大きく、その身を染める赤色のように情熱的で激しく燃える。
そろそろ降参の白旗を振るべきじゃないだろうか。俺は彼女の全てを飲み込む炎ような愛を前に全面降伏するしかないのだ。
「俺を君の運命にしてくれるの・・・?」
「斎さんが最初から私の運命ですよ」
こうして彼女はついに運命を手にしたのである。そして俺は石ころにはなれなかった。
彼女の赤い目に映る俺は、灰色の石ころではなくどうやら運命の赤いルビーだったようだ。少なくとも彼女の瞳の中でだけは。