黄色い水仙

11月7日。
その日は湊と親しい人が2人もいなくなった日。
時の流れは残酷で、萩原研二が殉職して7年、松田陣平が殉職して3年が経過した。
湊は現在25歳。
萩原研二が殉職した年齢より上になっていた。
そして来年には松田陣平が殉職した年齢となる。

『陣平くん、研二くんは今頃向こうで仲良くやってるのかな』

湊は自宅の枕元に置いてある写真立てを眺めて寂しそうに呟いた。

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『陣平くん』
「ん?」
『明後日、一緒にお墓参り行けそう?』
「一応、休暇取ってる」

11月5日の夜。
湊は松田の家にいた。
大学四年生の湊は既に就職活動も終わって、すでに卒業までに必要な単位も余裕を持って取り終わっていた。
時間を持て余した湊は大学とアルバイト以外の時間は殆ど幼馴染である松田の家で過ごしていた。
松田が仕事で忙しく、帰りが遅い時も合鍵で松田の家に入りご飯を作って待っていることが当たり前だった。

『陣平くん』
「なんだ」
『陣平くんが好きな人に振られて、私は無事に大学卒業できたら、結婚してよ』
「俺は振られる前提かよ」

湊がふふっと笑うと松田はたばこを持っている手とは逆の手で湊の頭をポンポンと撫でた。

『陣平くんに彼女出来たら、合鍵返さなきゃだね
もし彼女できたら研二くんの代理として私が見極めてあげるからちゃんと紹介してね
彼女出来なかったら、仕方ないから私が傍にいてあげるね』
「生意気」
『いひゃい〜』

松田は生意気なことを言う湊の頬を摘んで引っ張った。




翌日、22時に松田の家で帰りを待っていた湊の携帯の電話が鳴った。
そこには「松田陣平」と表示されていた。

「悪い、湊。明日休めそうにない」
『そっか。今日は帰れそう?』
「2時間後には帰り着く」
『わかった、待ってるね』
「おう」

この電話の2時間半後に松田は帰ってきた。
湊はうとうとしていた目を擦りながら、作っておいたご飯を温め、松田の前に並べた。

『陣平くん、明日どこで仕事なの?』
「杯戸町のショッピングモールだ」
『近くで待ってていい?終わったら一緒にお墓参りに行こうよ』
「家で待ってろ」

湊は残念そうな表情をした。
松田はそんな湊の表情をじっと見つめた。

『なに?』
「これやる」
『え、サングラス?』
「万が一、俺に何かあったら右の棚の引き出し確認しろよ」
『わかった』

その日は松田の家に泊まり、朝仕事に向かう松田を送り出すための準備をした。
松田は仕事に行く前に湊の腕を引き、ギュッと抱きしめた後、頭をぽんぽんと撫でた。

『陣平くん?』
「いってくる」
『いってらっしゃい!がんばってね』

いつもと少し様子が違う松田に湊は疑問を持ちながらも笑って送り出した。
それが幼馴染の松田陣平との最後の会話だった。

夜になっても松田からの連絡が来ず、湊は気になって仕方なかった。
松田の携帯に電話を入れても繋がる事はなかった。
湊は不安な気持ちを隠せず、松田を通して知り合った人に連絡を取り、漸く連絡が繋がらない理由がわかった。

『うそ…』

漏れた言葉は松田の部屋に馴染んで消えた。



松田の殉職から2日後、松田の部屋に訪れたのは松田の職場の方だった。
大家さんに開けてもらった部屋には泣きはらした顔でベッドの上で丸まっている湊がおり、警察の方は非常に驚いた表情をしていた。

「君、大丈夫か!?」
『陣平くん…?』
「貴方ここで何してるの?」
『陣平くん待ってる』
「松田くんは…亡くなったの」
『知ってる。これ探しに来たんでしょ?あげるからこの部屋から出て行って』

湊は俯いた状態で右棚の引き出しに入っていた封筒を差し出した。
"万が一、俺に何かあったら右の棚の引き出し確認しろよ"
あの言葉はきっとすべてを察していたからこそ、松田が湊に残した言葉だった。
湊はふくよかな体型をした刑事に封筒を渡した後、松田の家にやってきた刑事を全員追い出した。

翌日再び松田の家にやってきた刑事に封筒を渡された。
そこには松田の字で湊と書かれていた。
内容は4点。
後追いしようと考えるな、やりたいことをやって生きろということ。
松田の家、私物は使うなり捨てるなり自由にしろということ。
遺産はすべて湊にということ。
最後に一緒にいてやること出来なくてゴメンということだった。

湊は手紙を読んで再び泣いた。
どんなに泣いても、呼んでももう戻ってこない幼馴染の名前を呼びながら泣き続けた。

刑事から手紙を受け取って数日後、松田陣平の葬儀が行われた。
湊はその時も目を腫らすほど泣いた。
そして暫くし、松田から託された遺産と賞恤(じゅつ)金を基に松田の家の契約をし直した。

『陣平くん、私ちゃんと…生きるよ』

松田の私物が残る部屋に過去に松田と萩原と湊の3人で撮影した写真を入れている写真立てを飾り、呟いた。



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