不器用な彼ら

天音はこの前の出来事をしっかりと覚えていた。
あの日の翌日、目が覚めたら隣に松田が寝ていた。
驚いて体を勢いよく起こすとベッドが揺れた。
普段、低血圧な天音は勢いよく体を動かしたことにより、視界が揺れた。
ぐるりと回る世界。
ぐらぐらと揺れる世界は気持ち悪くて思わず頭を抱えていたら、隣に寝ていた体が動く気配がした。

松「頭痛いのか?」
奏「…うん」
松「だからあの時素直に水飲めばよかったのに」
奏「あの時…?」
松「…覚えてないのか」

松田がボソリと言った一言は天音は正確に聞き取れていなかった。
それよりも今はただ視界がぐらぐらと揺れて気持ち悪かった。
松田は軽くため息をついて、立ち上がると台所へと向かった。
そしてコップに水を注いで戻ってきた。

松「ほら、飲んどけ」
奏「ありがとう」

コップに注がれた水を飲み干すと、視界の揺れは少し治った
先程より少し落ち着いた様子の天音を見ると、松田は安心したように軽く笑った。
そして天音の手からコップを抜き取ると台所へと再び戻った。
天音は安心したように軽く笑った松田を見て、前日のことを思い出した。

奏「ご、ごめん。松田」
松「ん?」
奏「私、家戻るね」
松「ああ、わかった」

床に置かれていた自分の鞄を持ち、天音は松田の家を出て、隣の自分の家に戻った。
その日から松田を見る度に思い出す。
ファーストキスを奪われたわけでもないのに、唇に触れた感覚、温もり、熱帯びた視線を繰り返し思い出しては血がたぎるような感覚に陥る。
コントロールが効かない自分自身に驚き、天音は松田を避けた。

萩「それで?なんで最近松田を避けてんの?」

そして今、天音は校内でばったり会った萩原に連れていかれ、机越しにニッコリと笑顔を浮かべられたまま、問い詰められていた。

奏「べ、つに。避けてるわけじゃ」
萩「じゃあなんで目を逸らすの?」
奏「萩原が怖い…」

呟いた奏の一言はしっかりと萩原に届いていた。
そして苦笑された。

萩「松田ってさ、前からモテるんだよね」
奏「それは萩原もじゃん」
萩「まあ、否定はしないけど。ってそうじゃなくて」
奏「じゃあ何?」
萩「そうだなー。たとえば渡辺ちゃんって覚えてる?前、席変わってって奏ちゃんに言ってきた子」
奏「あー、うん。覚えてるよ」
萩「あの子、高校の時からずっと松田の事好きだったんだよね」
奏「へー、そうなんだ」
萩「あれ?思ってたより、あんまり興味ない感じ?」
奏「興味っていうか…、松田みたいなイケメン周りが放っておくはずないじゃん」
葵「確かに、塾でも2人はモテてたもんなあ」
奏「あ、葵ちゃん」
葵「見かけたから来ちゃった!さっきの続きだけど、塾では萩原くん派と松田くん派の派閥があったんだよ」
奏「なにそれ、おもしろそう。それで葵ちゃんはどっち派だったの?」
葵「え、私?どちらでもなかったけど」
萩「そこは、萩原くん派{emj_ip_0834}って言うところじゃない?」
奏「それ景光が聞いてたら消されるよ」
萩「なにそれ怖い」
葵「萩原くんはいろんな人にモテてたよね。松田くんはガチ恋勢が多かったイメージ」
奏「あー想像つくかも」
萩「俺にもガチ恋勢いたからね!?」
奏「はいはい」
葵「ところで奏ちゃん、なんで松田くんのこと避けてるの?」
奏「うっ、またその質問…」
葵「このままだと誰かに松田くん取られちゃうよ?」
奏「…松田が誰と付き合おうが関係ないもん」
萩「そんなこと言ってるくせに何泣きそうな表情してるんだよ」

萩原は天音の肩に腕を回し、わしゃわしゃと天音の頭を撫でた。
天音は黙って撫でられていると遠くからこちらに向かって歩いてきている松田に気付いた。
萩原に捕まっている天音は逃げ場がないため思わず下を向いた。
そんな天音の動きから、萩原と星野も松田が向かってきていることに気付いた。

松「奏」

松田が天音の目の前に立ち、名前を呼ぶと下を向いたままビクリと肩を揺らして反応した。
萩原と星野は松田が来たので天音から1歩離れて黙って2人の様子を見ることにした。
松田は名前を呼んでも上を向かない天音にムッとした表情をし、天音の頬に手を添え、上を向かせた。
泣きそうな表情のまま目が合った天音に松田は余計に眉間に皺を寄せた。

松「何で泣きそうなんだよ」
奏「別に泣きそうじゃないもん」
松「強がり」
奏「うるさい、松田のばか」
渡「松田くん!!!」
奏「っ…!」

松田の背後から松田を呼ぶ声が聞こえた。
聞き覚えのある声に奏はまたもやビクリと肩を揺らして反応した。
そして先程まで合わせていた視線を逸らし再び俯いた。

渡「松田くん、次も授業だよね?早く行かないと席なくなっちゃうよ。行こう?」
松「ああ」
奏「…いや」
松「奏?」

天音の頬に添えていた手をスルリと抜き取ろうとした松田。
天音はそんな松田の手を無意識に掴んでいた。
不思議そうに天音を見た松田の視線に天音は我に返った。
そして掴んだ松田の手を離して「なんでもない」と言い残し、走ってどこかへ行ってしまった。
松田は天音を追いかけようとした時に渡辺に服の裾を引っ張られた。

渡「…松田くん」

視線で行かないでと訴えてくる渡辺に、松田は天音を追いかけようとしたことをやめた。
そんな一連の流れを傍で見ていた萩原と星野はお互いに目を合わせて苦笑した。


続く