きっかけと気付き

松田を呼ぶ声が聞こえた。
その声は少し震えていた。

「ひ、久しぶり!松田くんもこの授業取ってたんだね」
松「渡辺か」
景「ん?誰だ?」
萩「あー、高校の時一緒のクラスだった渡辺ちゃんだよ」
「隣、座ってもいいかな?」
松「あー…悪い、座るやつもうすぐ来るから」

松田は渡辺の誘いを断わり、講義室の入口の方に視線をそらした。

葵「そのジュース売ってて良かったね」
奏「本当ラスイチゲット出来てよかったー!…ん?誰だろ」
葵「さあ?」

ジュースを持って講義室に入ってきた星野と天音は松田の隣に女の子が立っていることに気付いた。

「天音さん、…だよね?」
奏「う、うん?」
「もしかして松田くんの隣の席?」
奏「えっと…そうだけど」
「私、松田くんとは高校同じで…、久しぶりに話したいから席変わってもらえないかな?」
奏「えっ、あー…うん」

天音は渡辺の真剣な表情に戸惑いながら、買ってきたジュースと、先に席に置いてた荷物を持った。

奏「れーくんの隣に行くかー」

天音がボソリと呟いた時、松田は思わず天音の腕を掴んだ。
天音は荷物を持っている方の手を捕まれ松田の方に引っ張られたため、突然の衝撃に驚き、うわっという可愛げのない声の後に荷物を落とした。
その時、天音の唇が松田の頬に当たった。
一瞬にして動きが止まった天音と松田。
近くの席に座っていた萩原はヒューッと小さく口笛を吹くと、天音はバッと勢いよく松田から離れた。

奏「ご、ごめっ…松田っ」
松「…いや、俺も急に引っ張って悪かった」
奏「じ、事故…そう!これは事故だから!!あっ、えっと、そのっ!席退くからどうぞっ!」

天音は急いで荷物を持って、松田の2つ後ろに座っている降谷の隣へ行った。
「おいっ…!」と離れていく天音を引き留めようと手を伸ばしたタイミングで講義室に教授が入ってきたため、松田は伸ばした手を下ろした。
そして、そんな松田の隣に渡辺は席に着いた。
降谷は隣に座ってきた天音をチラリと横目で見たあとに「顔真っ赤」とボソリと呟いた。
松田と降谷の間の列に座っていた萩原と諸伏は少し面白そうに前の席の松田と後ろの席の天音を見た。
戻ってきて諸伏の隣に座った星野も振り返って天音を見た。

萩「奏ちゃん、顔真っ赤」
奏「違うもん」
零「不意打ちに弱いの相変わらずだな」
奏「れーくんうっさい」
景「零の時も真っ赤になってたしな」
葵「え!?」
萩「え!?その話詳しく!」
景「高校の時、零と天音が話してて、零の後ろにいた人が勢いよく零にぶつかった時に天音のおでこにキスしちゃったことあって。零も天音も真っ赤になってたんだよな」
零「ヒロ〜!!」
奏「思い出させないで…」
葵「そんな事があったんだ」

授業は既に開始していて、小声で会話をしていた。
諸伏の発言に天音は余計に赤くなり、ノートで顔を隠した。
降谷は真っ赤になってノートで顔を隠す天音を落ち着かせるために、天音の頭をポンポンと軽く叩いた。
萩原はそんな降谷と前の席で少し機嫌が悪そうな雰囲気を醸し出してる松田を見て苦笑した。
授業が終わる頃には落ち着いた天音はボーッと松田を後ろの席から見ていた。

「松田くん、次授業取ってる?」
松「いや、取ってねーけど」
「そのっ…、松田くんに言いたいことあるから時間貰えないかな?」
松「…わかった」

松田は荷物を持って席を立った時に天音をチラリと見た。
バッチリと交わった視線を松田も天音も勢いよく逸らした。
松田が「ちょっと行ってくる」と言い残し、講義室を渡辺と一緒に出ていくと萩原たちは天音の方を振り返った。

萩「あれ絶対告白だろうなー」
葵「多分そうだろうね。奏ちゃん大丈夫?」
奏「え、何が?」
葵「松田くん、告白されるよ?」
奏「え、なんで私?」
萩「さっき意識してそうだったから」
奏「あれは突然の事に頭がついていかなかっただけだよ」
萩「正直、松田のことどう思ってる?」
奏「れーくんレベルのイケメン?」
景「天音は基準が零だからなー」
葵「それってレベル高すぎなんじゃ」
萩「それ以外にないの?」
奏「んー、優しいよ?荷物持ってくれるし、調味料貸してくれるし、ご飯残さず食べてくれるし」
萩「待って待って待って!情報量多くてついていけない!」
景「調味料貸してくれるって?」
奏「ああ、この間味醂なくなっちゃって貸してって言ったらすぐ持ってきてくれたの」
零「手料理食べささたのか?」
奏「うん、れーくんから教えて貰ったレシピ大好評だよ」
葵「それって…」
萩「葵ちゃん、もしかしてこの前の…」
葵「だね」

萩原と星野は天音の発言で疑問だった点と点が繋がり線になった。
この時、萩原と星野は松田の芽吹き始めた気持ちに確信を持ったのであった。


続く