追憶.音響トラブル
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金星祭という、名目上まだユニットを組んでいない1年生が行うライブ、正しくは眠れる森の美女とfine対Valkyrieのドリフェスの前座にB組代表として、真緒と凛月が選ばれた。
しかし凛月は当日にその出演を断って、同じクラスの真が出場する事になった。
その日はあまり校内で見かけなかった零が、わざわざ奏の元へやってきて、今日ホールで行われるイベントには気をつけろと忠告を受けた。
奏は、疑問を抱きながらも、気を付けはすると答えたが関わらないとは言っていない。
というのも、サポート科の仕事で衣装やら、舞台設置やらの準備があったからだ。
奏は手芸部に顔を出しているという情報から衣装担当になっていた。
開演の準備で楽屋にいるアイドル科の人達に奏は衣装を渡して回っていた。
そして、一番最初に演目としてある金星祭に出演するメンバー4人に衣装を渡した。

『着替え終わったら呼んで、最終調整するから』

そう言って1度楽屋から出たが、すぐに呼ばれて楽屋の中に入っていった。

『えっと、明星くん、後ろ触るよ』
「はーい!」

少し着崩れしているスバルの衣装を直し、ついでに髪型も整えてあげた。

「あ〜緊張してきた」
『さすがゆうくん、衣装も着こなすねぇ』
「ちょっと奏ちゃん!からかわないでよ!」
『ふふっ、メガネなゆうくんもピカピカにしてあげるね』
「ちょっ、メガネが本体じゃないからね?!」
『冗談だよ、緊張ほぐれた?』
「あ…ほぐれた。ありがとう」
「奏、いつの間に真と仲良くなったんだ?」
『まーくんがりっちゃんばっかりに構って相手してくれなかったとき〜』
「ええ〜、ちゃんと相手してただろ?」
『もっと構ってくれなきゃ浮気するからねぇ、ゆうくんに♪』
「えええっ!?」
「おいおい、そうやって真をからかうなよ」
「ふははっ、君たち仲良いんだね」

キラキラの笑顔で笑うA組のスバルは眩しかった。
そしてもう1人のA組の代表、氷鷹北斗はおとぎ話の王子様みたいでかっこよかった。
そして舞台袖で行く時間になり、奏は笑って4人を見送った。

『初舞台、楽しんできてね』

奏はそう言うと、次の仕事のために楽屋をあとにした。
眠れる森の美女ほ衣装は先に日々樹渉先輩にお渡ししていたので、問題なかった。
そしてfine対Valkyrieの準備が必要だった。
正直、Valkyrieは奏の手は必要なかった。
なので、今日も頑張ってとだけ伝え、fineの楽屋へと向かった。

『えっと、青葉先輩、準備大丈夫そうですか?』
「ああ、鈴谷さん。うん、ありがとう、大丈夫だよ」
『えっと、巴先輩、少し後ろ髪が乱れてますので、整えてもよろしいでしょうか?』
「うんうん、いい心掛けだね」

触ってどうぞと椅子に座りニコニコしている巴日和に奏は背後にまわり、髪型を整えた。

「サポート科の子だね」
『あ、はい。そうです』
「君の噂は聞いているね」
『噂、ですか?』
「サポート科の一学期の成績上位者だって噂になってたね」
『あ、ありがとうございます。巴先輩のお噂もお伺いしてます。とても美しい声と魅力的なパフォーマンスをされる方だと』
「褒められるのは気分がいいね♪」
「鈴谷さん、だったかな。僕も見てもらえるかな」
『あ、はい。天祥院先輩。巴先輩、整え終わりましたので、失礼しますね』

英智に呼ばれ、奏が英智の支度を見ると何処も整え直すところがなかった。
チェックして欲しかっただけなのか、それとも別の理由があるのかわからず、英智を見上げるとバッチリと視線が交わった。

「君は、手芸部部長の斎宮宗と仲が良いんだよね」
『えっと、良くしていただいております』
「その斎宮宗率いるValkyrieの対戦相手である僕達とこんなに親しげでも大丈夫なのかな?」
『ドリフェスですし、喧嘩するわけではないので、特に問題ないかと…?』
「そう…、ところで月永くんは元気にしてるかな?」
『…それは、天祥院先輩の方がお詳しいのでは?同じ学年ですし』
「うーん、彼とはクラスが違うからね、わからないかな」
『そうだったんですね。レオく…月永先輩は最近は調子が悪そうです』
「そうか。鈴谷さん、よければ彼を支えてあげてね」
『?はい』
「そろそろ出番だ、つむぎ、行こうか」
「そうですね、英智くん。お2人もよろしくお願いします」
「ああ」
「観客を僕に夢中にさせるね♪」
『応援してます』

奏はfineが出ていくとお辞儀をしていた頭を上げた。
fineが楽屋を出たということは、Valkyrieの出番がそろそろ終わるということだ。
奏はValkyrieの楽屋へと向かった。
予定の時刻になっても誰もやってこないValkyrieのメンバー。
奏は心配になり、楽屋のドアを開け、舞台袖に行こうとした時、タイミング良くドアが開いた。
そこには真っ青の顔した宗と宗を両脇で支えているなずなとみかの姿があった。

『ど、どうしたのっ!?』
「奏ちゃん…」
「みかちん、俺から説明する」

被り物をとったなずなが奏の傍に行き、先程起こった音響トラブルの話をした。
リハではちゃんと音は出てたし、問題もなかったはず。
fineも今は舞台に立ってるはずだ。
Valkyrieの時だけ起こるなんて…おかしい。
奏は暗い顔をしているなずなにのど飴を渡した。

『気休めにしかなりませんが、飴よかったら食べてください』
「…ありがとう、奏ちん」
『ミカちゃんも、はい、飴』
「うん、ありがとうなぁ」
『宗さん、着替え手伝います』

奏は宗の着替えを黙って手伝った。
着替えている途中の宗は真っ青の顔のまま絶望に満ちた表情をしていた。
それが気にならないわけがないが、奏はなんて声をかけていいかわからず、ただ今自分がやれることを黙ってやったのだ。

『宗さん、今日はもう帰りますよね、ミカちゃんも』
「お師さんと一緒に帰るわぁ」
『私着いていかなくて大丈夫?』
「大丈夫やでぇ。奏ちゃんまだ仕事あるやろ?手伝えんくてごめんなぁ」
『ううん、ミカちゃん、宗さんのことよろしくね』
「…世話になったね」
『いえ、お気をつけて』

宗とみかが帰宅すると奏はぺたりと地面に座り込んだ。

「奏ちん」
『…私、上手く笑えてたでしょうか』
「無理して笑わなくてもいいと思う」
『すみません、なずなさんも…辛い、はずなのに…っ』

声が震えた。泣くな泣くな泣くな。
ただのサポート科が泣いていいわけがない。
絶対に、何かがある。今この学院では何かが起こっている。
奏は涙がこぼれぬように上を向いて目を瞑った。
心の傷がまたひとつ増えた気がした。

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