追憶.出会い
05
学内テストも終わり、中学生最後の夏が来ようとしていた。
この時期になるとさすがに受験勉強で塾に通う子が据えてきた。
奏は家に帰ったあと、なんだか気分が乗らなくて着替えて散歩に出かけた。
いつもだったら素通りしている公園に足を踏み入れ誰もいないブランコに腰を下ろした。

『♪〜♪〜♪』
「おまえ、良い声で歌うな」
『うひゃっ』

軽くブランコを漕ぎながら歌っていると急に横から声をかけられて変な声を出してしまった。
声をかけてきたのは奏よりも身長は高いが、男の子にしては小柄な子だった。

『あ、ありがとう…?』
「歌好きなのか?」
『うん、大好き』
「お、霊感が湧いてきたぞ!」
『急に何書いて…楽譜?…もしかして曲作ってるの?』
「そうだぞ!!これは名曲が生まれる気がする!」
『ええー、地面に書いても消えちゃうじゃん。…あ、家近いから紙取ってくる!待ってて!!』

奏は走って家に帰り、自分の部屋からありったけの紙とペンとクリアファイルを無造作にカバンに突っ込むと公園へと走って戻った。
そんなに時間はかからなかったはずだ。
しかし公園の土にはあちこちに楽譜が刻まれていた。

『すごい…』
「わはは!本当に戻ってきた!」
『紙取ってくるって言ったじゃん。たしか、ここから書き始めてたよね。…続きはどれ?』
「あっち!その次があれで、その次がこれ!」
『なんだかワクワクしてきた…!紙に書き写すね』

奏は小柄な男の子が書いた譜面を口ずさみながらと書き写した。
男の子が満足するまで一通り書き終わる頃には日も暮れて、あたりは暗くなっていた。

『うーん、さすがに暗くて見えづらい…』
「お!本当に書き写してる!わはは!お前おもしろいな!」
『なんだか楽しそうな譜面だね。好きだな』
「ん?お前楽譜読めるのか?」
『うん。あ、そういえば名乗ってなかったね、私は鈴谷奏。貴方は?』
「奏、奏、奏。よし覚えた!オレは月永レオだ!」
『れおくんね。私この辺に住んでるから、また会うかもね』
「わはは!次会うときはまた歌聞かせてくれ!」
『うん!そろそろ帰らなきゃだから、また、ね。』
「気をつけて帰れよ〜」
『れおくんもね!』

これが月永レオとの出会いだった。
それ以降、この公園の前を通るたびに奏はレオのことを思い出していた。
次はいつ会えるんだろう。あの曲完成したかな。
なんて思っていたら終業式も終え、夏休みに突入した。
奏はいつもの鞄に勉強道具一式と白紙の楽譜をいれ、図書館へ向かっていた。
初めて会って以来ずっと会えていなくてもう会えないのかなーなんて思っていた矢先、あの公園で土に譜面を書いている人を見かけた。

『…もしかしてれおくん?』
「ん?…あ、奏だ!」
『また地面に書いて…紙は?』
「わはは!ない!」
『仕方ないなあ、今日はちゃーんと持ち歩いてるんだよねぇ♪』

奏は鞄から白紙の楽譜を取り出すと、以前のように地面の譜面を書き写した。
しかし今は夏。
暫く黙々と書き写していたが、直射日光にやられて奏は影のあるベンチに座り込んだ。

「体調悪いのか?」
『ちょっと、日差しにやられたかも…。れおくんは元気だねぇ』
「わはは!オレは元気だぞ!」
『飲み物飲んで休憩しよーよ』
「いいないいな!そうしよう!」

奏は自動販売機でスポーツ飲料を買うと、ごくごくと飲み始めた。
レオはそんな奏を見て、おおー、良い飲みっぷり!なんて笑いながら言っていた。
奏はちょっと気恥ずかしくなって視線を背けた先に携帯が落ちていて光っていることに気付いた。
奏は転がっている携帯を拾い上げるとレオに差し出した。

『ねえ、れおくん。これれおくんの?』
「あ、俺のだ!」
『落としちゃダメだよー、それより電話だよ。瀬名泉って書いてある』
「ありがとな!…あ、セナ!…今?xx公園?だっけ、にいるぞ!」
『〇〇公園ね』
「〇〇公園らしい!」

レオが通話を切って10分後に歩き姿が様になる男の子が公園へと訪れた。
レオはその子に気付くと大きく手を振ってセナ!と呼んだ。

「ちょっと!れおくん!約束の時間過ぎてるんですけどぉ?しかもなかなか電話に出ないし。まあ、出たから驚いたんだけど」
「奏が教えてくれたからな!」
「奏?」
『あ、私です、それ』
「はぁ…もしかしてれおくんまた迷惑かけたんじゃ」
『ふふっ、れおくんのお兄ちゃん?いや、名字違ったし…』
「セナは友達だぞ!」
『あ、友達だったんだ。面倒見よさそうだったからお兄ちゃんか親戚の方かと思った』
「俺、そもそもれおくんと似てないでしょ」
『うん、似てない、…ですね。えっと、鈴谷奏です。れおくんの…友達?です』
「友達で詰まるとか薄情なやつだな!」
『いや、私は友達だと思ってるけど、違ったら嫌だなあって思って』
「ふぅん。れおくんの友達、ねぇ。まあいいや、俺は瀬名泉」
『泉くんって呼んでいいですか?』
「好きにすればぁ、あと別に敬語いらないから」
『ふふっ、ありがとう』
「ところで俺との約束すっぽかしてここで何してたわけ?」
「霊感がとめどなく湧いてきて書いてたぞ!」
『あ、れおくん全部書き写したからこれ、はい』
「お、奏ありがとな!」
『どーいたしまして。さてと、2人は約束してたんだよね?お邪魔になるだろうし、私は撤収しようかな』
「だめだめだめ!」
『へ?』
「次会うときは歌聞かせてくれるって言ってた!」
「ちょっと、れおくん何言って」
『うーん、さすがに初対面の人いるのに歌うの恥ずかしいんだけど…』
「俺と初めて会った時歌ってたじゃんか!」
『あれは誰もいないと思ってたから!』
「はあ…。まあ、俺たち練習するだけだから、暇なら奏もくれば?」
『練習?』
「そう、歌の練習。と、今日は楽曲選ぶ日だったからそれの打ち合わせ」
『え、それ完全部外者な私いていいの…』
「まあ、れおくんがこのままだとついてこなさそうだし。特別に許可してあげる」
『あ、それはどうも』
「ほられおくん行くよ。奏も来るって」
「本当か?なら早く行こう!!」
『え、ちょ、引っ張らないでっ、もぉ〜』

レオに引っ張られてやってきた場所はあの夢ノ咲学院だった。
その時、奏はこの2人が年上なことに気付いたが、今更それを言わなくてもいいかと黙っていた。

『うわぁ、これ全部れおくんが作ったの?』
「わはは!そうだぞー!オレは天才だからな!」
『あ、この曲調いい!あ、こっちも!うーん、いやこれも捨てがたい』
「何あの子、急にテンション上がっちゃって」
「初めて会った時もあんなんだったぞ」
「よっぽど音楽好きなんだろうねぇ」
『♪〜♪〜♪』
「あ、歌い出した」
「ふぅん、結構上手いじゃん」

奏は無意識にメロディラインを口ずさみながら、散らばっている楽譜を拾っては目を通し、口ずさむことを繰り返していた。
一通り床に散らばっていた分を拾い集めると、2つの視線がこちらをむいていることに気付いた。

『あ、はしゃいじゃってごめん…』
「べつにぃ?あんたの歌でどういう曲調かわかったし」
『それにしてもれおくん本当天才だねぇ、つい歌っちゃった』
「わはは!褒められた!!いい気分だぞ」
『せっかくいい曲書くんだから紙持ち歩きなよねぇ』

奏はそう言いながらまた気に入ったメロディを口ずさみ始めた。
レオと泉はその声をBGMに本来やる予定だった曲決めをやり始めた。

夕暮れ時、奏はレオと連絡先を交換し、一応泉とも連絡先を交換した。
「あんまり教えたくないんだけどぉ」と言いつつも交換してくれたあたり、泉くんはツンデレなんだなあと思ってしまった。

『今日すごく楽しかった!2人とも頑張ってね!』
「気をつけて帰りなよねぇ」
「またな〜!」
『ばいばーい!』

奏はルンルン気分で帰宅するとその日何も勉強していないことに気付いて急いで机に向かったのであった。

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