追憶.入学
09
4月になり、奏と真緒は夢ノ咲学院に入学した。
アイドル科のクラスに1人、サポート科がいる。
奏は1年B組となり、真緒と凛月と同じクラスになった。
真緒は「やっぱり同じクラスになったな!りっちゃ…凛月が同じクラスにいるのはまだ慣れないけど」なんて言っていた。
『りっちゃんって呼ばないの?』と聞くとどうやら子供っぽくて恥ずかしいらしい。
そういうものかなぁなんて思いつつも、奏は2人の呼び方は変えるつもりはなかった。

夢ノ咲学院に通い始めて奏はいつレオと泉に伝えようかと考えながら廊下を歩いていると曲がり角で思い切り人にぶつかってしまった。
ぶつかった人の靴の色からして上級生だ。
ごめんなさいと謝ろうと顔を上げるとバチッと目が合い、お互い「『あっ』」と声を漏らした。
そして奏は腕を掴まれるとそのまま引っ張ってスタジオに連れていかれた。

「ちょっとぉ!どういうこと?!」
『えっと…あははは』
「笑って誤魔化さない」
『話すから怒らないでよ、お兄ちゃん』
「はぁ…それで?なんでここに居るわけぇ?」
『入学したの、ここのサポート科に』
「サポート科…」
『泉くんと前話しした時にここのサポート科受けること決めて…その、ごめんなさい。年下だって黙ってました』
「ふぅん。それはまあ、いいけど。…今更畏まられても違和感あるし。この事れおくん知ってるわけぇ?」
『ううん、いつ言おうかなって考えてたら泉くんにぶつかったから』

奏があははーと笑いながら言うと、泉はため息をついた後にポンっと奏の頭の上に手を乗せた。

『泉くん?』
「よしよし。サポート科なんて人数少ないのによく頑張ったね。お兄ちゃんが特別に褒めてあげる」
『い、泉くんが優しい…』
「俺はいつでも優しいでしょ」
『痛っ』

ペシッとデコピンをしながらも、楽しそうに笑う泉に奏も釣られて笑った。

「あ、そうだ。放課後時間ある?」
『うん、あるよ』
「ここのスタジオ予約してるから授業終わったらおいで」
『うん、わかった!』

奏と泉は放課後の約束をして、それぞれの教室に戻った。
授業中、明らかにご機嫌な奏に真緒は首を傾げた。

放課後、ユニットを見て回るという真緒とまだ眠そうな凛月と別れ、奏は指定されたスタジオに向かった。
失礼しまーす。と声をかけ開けたがもぬけの殻だった。
とりあえず中で待たせてもらおうかなと思い、スタジオに足を踏み入れ、壁を背もたれにイヤホンで音楽を聴き始めた。
数曲聞いた頃にスタジオの扉が開いた。

「待った?」
『音楽聞いてたから大丈夫〜』

練習着を着ている泉をまだ見慣れていない奏はまじまじと見ていると「見すぎ」と言われ、デコピンをされた。

『ところで、練習って1人でやるの?』
「あー、うん。…その事なんだけど…。あんたにはここの現状を伝えておこうと思って」

珍しく歯切れの悪い泉に奏は首を傾げたが、話を聞くとむっとした表情になっていた。

『なにそれ!結局その人達はれおくんを良いように使ってるだけじゃん!』

ぷりぷりと怒る奏に少し落ち着けと言わんばかりに泉は奏の頭を撫でた。
そんな泉に奏はハッとして『泉くんに怒ってるわけじゃないよ?』とシュンとした様子で告げると「わかってるよ」と言われた。

『…サポート科ってね、いろんなユニットのお手伝いをやるんだって。それこそ衣装調達だったり、グッズ制作だったり、チケット販売だったり。いろんなことやるんだって』
「うん」
『バックギャモン…だっけ?私、そこのサポートをする気になれないよ』

シュンとした様子で言う奏に、泉は親が子供の話を聞くように黙って聞いていた。

『でもね、泉くんやれおくんのサポートはしたいの。
わがままだってわかってる。
こんなんじゃこの先やっていけないことも、嫌だから仕事しないなんて出来ないことも頭ではわかってる。
まだ右も左も分からない、居ても役に立たないやつなのにね。生意気だよね』

奏は無意識に握りしめてた拳を見つめ、一度深く息を吸い込んでから、泉と向き合った。

『泉くん』
「なぁに」
『泉くんとれおくんのサポート、やってもいい?』

奏の真剣な眼差しに泉は頷きそうになるのを堪え、口を開いた。

「それは俺が決めることじゃない」

冷たい言い方をしたと泉自身も思った。
もしかしたら泣かせるかもしれない。とも思った。
泉としては、自分達のしがらみに巻き込ませたいわけじゃない。
ただ、この夢ノ咲の現状を、事実を先に伝えたかったから呼び出したのだ。

『そう、だよね…』

俯く奏に、罪悪感を抱く泉が声をかけようとした時、再び奏が顔を上げ目が合った。

『私やっぱり泉くんとれおくんのサポートがしたい!役には立たないかもしれないけど、でもやりたい!』
「奏…」
『お願い泉くん!練習する時は教えて?ライブする時も教えて?私、なんでもやる!がんばるから!』
「はぁ…。先に言っとくけど、甘やかさないからねぇ」
『うん!がんばる!あ、でも上手くできた時はちゃんと褒めてね!』
「まったく…とりあえず今から練習するから、柔軟手伝ってよ」
『任せて!!』

奏はジャケットを脱ぐと、袖を捲りながら何をすればいい?と聞いてきた。
ゆっくり背中押してと泉が言うと奏ははーいなんて間延びした声で返事をし、柔軟のお手伝いを始めた。
その時知った泉の体の柔らかさに奏は驚きを隠せなかった。


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