気がつくと死にたいと思うことが多かった。それなのに自ら死ぬ勇気はなかった。ビルの屋上に立ってみても、線路の上に立ってみても、必ず命の危機を感じないところで止める。誰かの迷惑を考えているわけではない。私は私を殺すのが怖かった。
 
 イルミに近づいたのは私を殺してもらうためだった。人伝に暗殺を請け負ってると聞いたから、殺してほしいと頼んだ。そうしたら法外な値段を提示され、そのときの私の財布にはお札が一枚、ぺらりと入ってるだけであとはなんにもなかったので話にならない、とイルミは去っていった。その日は一枚のお札で、いつもより少しだけ豪華な夕食を食べた。美味しかったけれどもう少し生きてみようとは思わなかったのを覚えている。
 死にたいと思ってその日暮らしばかりしていたので時間だけは有り余るほどにある。街中をぷらぷらと歩いてたまにイルミを見つけると性懲りも無く、また殺してほしいと頼んだ。今度は財布の中には小銭が数枚しかなかった。それをじゃらじゃらと手のひらに乗せて見せた。
「ボランティアでやってるわけじゃないから」
 イルミはやっぱり私の依頼を受けてくれることはなく、去っていった。追いかけてもよかったけれど追いかけなくてもそのうちまた会える気がした。そして、そのうちと思っていた日は次の日にやってきた。あんまりにもいい天気だったから、公園のベンチで日光浴をしつつ、はしゃぐ子どもたちを眺めながらうたた寝をしていたら、遠慮なく隣に誰かが座る気配がして目を覚ました。真昼間の明るい公園とは正反対の、それこそ、裏で生きていますと顔に書いてあるような男が隣で足を組んで座っている。腰まで伸びた長い髪が邪魔をして顔を見られなくて、覗いてみればやはりイルミだった。
「なにしてるの」
 イルミが訝しげな視線を投げてくる。
「こっちのセリフです」
 大きなあくびをしながら、たしかに私はなにをしているのだろうと思った。死にたいと言いながらぷらぷらと公園でいい気分で公園でうたた寝をして、とても死にたいと思うやつがする行動ではなかった。途端に恥ずかしくなって誤魔化すようにもう一度あくびをした。嘘のあくびだったのに口を開けてみると本当のあくびに変わって涙が出た
「歩いてたらアンタが見えて、動かないからやっと死んだのかと思って近づいてみたんだ。そしたら生きてた」
「そうですね、生きてます」
「死なないの?」
「中々、簡単には」
「ふうん、面倒だね」
 風が吹くとイルミの髪がさらりとなびいた。そのとき、いい香りがした。それがシャンプーなのか香水なのか分からないけれど、きちんとした生活をしている人の香りだった。人を殺していてもご飯は食べるし、お風呂にも入るし、たまに休みをとって遊びにいくのかもしれない。普通の人間がそこにはいた。でも、顔を見ると裏で生きていますと書いてある気がする。
 私はもう一度財布を出して、少ない小銭を手のひらにのせた。
「殺してもらえないですか」
「ボランティアじゃないから」
 考える間もなく断られ、仕方なく小銭を財布に戻す。イルミは去らなかった。ふたりで話すことがなかった。子どもたちを眺めること以外にすることがなかった。そうしていると、そのうちまた眠くなってきて起きていなければと手の甲をつねっても、中々睡魔から逃れることができずに瞼が閉じてしまう。
「考えたんだけどさ」
 突然、口を開いたイルミの声でハッとしてやっと目が開けられた。
「俺の家で働けば」
 その意味するところは理解するには難しく、聞き流してしまおうと遠くを眺めた。
「俺の家、給料はきちんと出すよ。多分、普通に働くよりずっといい金になる。そこで貯めた金で俺に依頼したら殺してあげるよ。ていうか、そうしてくれる? 見かける度に毎回小銭持ってこられてもウザイから」
 イルミが私の手首を掴む。握っているとはとても言えなかった。
「私が死にたがる理由は気にならないんですか」
「これから死んでいくやつの話を聞いてどうするの」
 表情を変えることもなくイルミがそう言うので、それもそうだと思った。私がその理由を話してなにかが変わるわけでもないし、そもそも気がついたら死にたかったのだから理由もなにもない。
 引っ張られるまま立ち上がると、少し先が見えた。自分のためにやらなければいけないことが決まると、少し嬉しかった。
「一生懸命働きます」
 頭を下げると、上からそうして、と声が降ってくる。この瞬間、イルミは私の雇い主になった。お金が溜まったら今度は私のために私がイルミを雇う。小銭ではないお金が、お札が財布の中にたくさん入るようになったら、私の死ぬときがくる。
「でも、サービスしないから。ずっと最初に提示した値段だから」
 そのときイルミへの依頼料が法外な値段だったことを思い出した。正確には忘れようとしていたところを無理やり思い出させられた、と言った方がいい。
 相場よりも賃金が良いと言うけれど、私がそれをかき集めたとしても依頼料を払える日が来るという保証はどこにもない。急に先が見えなくなって、嬉しかった気持ちが萎んでいく。
「死にたい」
「そのために働くんだろ、馬鹿だね」
 イルミは腕を離さない。片方の手で財布を出して、これで助けてとお願いしてみたけれど、ボランティアじゃないからと一蹴され、終わった。


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