気がつくと友人のほとんどは結婚をして家庭を築いていた。ひとりどころか、ふたりも子どもがいるところもあって、それなのに私は未だに独身だった。
家庭を持ちたいと強く願ったことはないけれど、それにしても私の恋は終わりの見えないものだった。たとえば、結婚がゴールなのだとしたら私の恋にはゴールテープは用意されていなかった。
恋人――イルミは、世界でも有名な、暗殺を生業にしている一家の長男だった。勿論、イルミも暗殺を仕事にしていたし、そのせいで連絡が取れないことも多々ある。それでも、イルミなりに私を大切にしていてくれたと思う。嫌なことはしないとか、記念日にはそばにいてくれるとか。きっと、当たり前のことだけどその当たり前をずっと続けるのは難しい。そうして、その当たり前なことがいつか途切れてしまうのではないかと、多くを望まなくなって、気がついたらなにも言えなくなっていた。恋の恐ろしいところは、ひとりで立つ勇気がなくなってしまうことだ。その人がいないとダメだと思ってしまう。ひとりで生きていた頃のことをすっかりと忘れ、孤独に怯えるようになる。
イルミと私では育った環境も家柄も大きく違う。部屋の数が覚えきれないほどあるとか、執事がいるとか。平凡な私の家と比べると、目眩がするような富豪で、だからこそ私はイルミとゴールテープを切ることができない。それを私は知っていたし、口にしないだけでイルミも分かっていただろう。私は勿論、イルミも遊びのつもりで私と関係をもったわけではない。でも、世の中にはどうにもならないことがたくさん転がっている。そのひとつが私たちの関係だったというだけの、小さくも大きな話なだけだ。
ふたりで歩いているときに、お腹の大きな女性を目にした。自然と私はその人を目で追っていて、イルミがそれに気がついた。
「欲しいの?」
最初はなにを問われたのか分からなかった。しかし、私が目で追っていたものだと分かると答えに詰まった。欲しいか、欲しくないかまでは考えなかった。ただ、あの人のお腹には子どもがいる。好きな人の子どもが。そう思っただけだった。沈黙を肯定と受け止めたらしいイルミは街中にも関わらず、私を抱きしめた。背の高いイルミは私を腕の中にすっぽりと隠してしまうし、そうされると幸せを感じるよりも、いつからか泣きたくなることが多くなっていた。
「ごめん、それは叶えてあげられない」
イルミがぽつりと呟いたそれに頷いてあげることができなかった。そのかわりに、イルミの腕を掴む。私の小さな抵抗。イルミがそれに気がついたかは分からない。でも、私たちの間には見えない壁がちゃんとあって、崩せなくて、それなのに想いあってると口にするのはひどく滑稽だと思った。
「俺はね、お前がいればそれでいいんだ。他のことなら多分、してあげられる」
頭の上から声が振ってくる。
「だから、困らせないでくれよ」
私の頬を撫でる指は優しくて、そうされるといつもなんでも許してしまう。だいじょうぶ。そう言おうとして顔を上げるとイルミの黒い目と視線がぶつかる。私に向けられる優しい声も、指も、その目も、とても暗殺を仕事にしている人には見えないけれど、でも、彼、私をゆっくりと真綿で殺しているようなものなんだ。それに気がつくと、怖くて、悲しいのに、ひとりで立つ勇気は未だにない。どうしても好きだった。ゴールテープは私のためには用意されない。
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家庭を持ちたいと強く願ったことはないけれど、それにしても私の恋は終わりの見えないものだった。たとえば、結婚がゴールなのだとしたら私の恋にはゴールテープは用意されていなかった。
恋人――イルミは、世界でも有名な、暗殺を生業にしている一家の長男だった。勿論、イルミも暗殺を仕事にしていたし、そのせいで連絡が取れないことも多々ある。それでも、イルミなりに私を大切にしていてくれたと思う。嫌なことはしないとか、記念日にはそばにいてくれるとか。きっと、当たり前のことだけどその当たり前をずっと続けるのは難しい。そうして、その当たり前なことがいつか途切れてしまうのではないかと、多くを望まなくなって、気がついたらなにも言えなくなっていた。恋の恐ろしいところは、ひとりで立つ勇気がなくなってしまうことだ。その人がいないとダメだと思ってしまう。ひとりで生きていた頃のことをすっかりと忘れ、孤独に怯えるようになる。
イルミと私では育った環境も家柄も大きく違う。部屋の数が覚えきれないほどあるとか、執事がいるとか。平凡な私の家と比べると、目眩がするような富豪で、だからこそ私はイルミとゴールテープを切ることができない。それを私は知っていたし、口にしないだけでイルミも分かっていただろう。私は勿論、イルミも遊びのつもりで私と関係をもったわけではない。でも、世の中にはどうにもならないことがたくさん転がっている。そのひとつが私たちの関係だったというだけの、小さくも大きな話なだけだ。
ふたりで歩いているときに、お腹の大きな女性を目にした。自然と私はその人を目で追っていて、イルミがそれに気がついた。
「欲しいの?」
最初はなにを問われたのか分からなかった。しかし、私が目で追っていたものだと分かると答えに詰まった。欲しいか、欲しくないかまでは考えなかった。ただ、あの人のお腹には子どもがいる。好きな人の子どもが。そう思っただけだった。沈黙を肯定と受け止めたらしいイルミは街中にも関わらず、私を抱きしめた。背の高いイルミは私を腕の中にすっぽりと隠してしまうし、そうされると幸せを感じるよりも、いつからか泣きたくなることが多くなっていた。
「ごめん、それは叶えてあげられない」
イルミがぽつりと呟いたそれに頷いてあげることができなかった。そのかわりに、イルミの腕を掴む。私の小さな抵抗。イルミがそれに気がついたかは分からない。でも、私たちの間には見えない壁がちゃんとあって、崩せなくて、それなのに想いあってると口にするのはひどく滑稽だと思った。
「俺はね、お前がいればそれでいいんだ。他のことなら多分、してあげられる」
頭の上から声が振ってくる。
「だから、困らせないでくれよ」
私の頬を撫でる指は優しくて、そうされるといつもなんでも許してしまう。だいじょうぶ。そう言おうとして顔を上げるとイルミの黒い目と視線がぶつかる。私に向けられる優しい声も、指も、その目も、とても暗殺を仕事にしている人には見えないけれど、でも、彼、私をゆっくりと真綿で殺しているようなものなんだ。それに気がつくと、怖くて、悲しいのに、ひとりで立つ勇気は未だにない。どうしても好きだった。ゴールテープは私のためには用意されない。