八月のカレンダーも終わりに近づいていた。毎日うんざりするほど暑いのに、予定通り夏休みも残り少なくなっていく。学校から与えられた宿題は半分以上も残っていた。遊ぶことに時間を使いすぎたせいだった。形だけは、と机に広げたプリントはいつ出したのか覚えていない。
リビングへ行くとテーブルにおにぎりがふたつと、こんがり焼けたウインナー、それから五つに切られたふっくらとした卵焼きがのった皿があった。パートに出る母が朝ごはんと昼ごはんを兼ねたものを用意してくれていたのだった。私はおにぎりをひとつ手にとり、リモコンでテレビの電源を入れながらひと口かじった。中身は鮭だった。テレビには海でインタビューを受けている女の子たちが映っている。
「夏休み満喫できましたかー?」
そう質問されると、女の子たちは「まだまだでーす。宿題もやってませーん」と言って、なにがおかしいのか笑いあっていた。でも、安心した。宿題に手をつけていないのは私だけではないのだと。
皿の上を空にすると、やることがなくなってしまった。いや、やることはある。形だけは、と広げたプリントの一枚一枚を手にとり、向き合わなければならない。漢字だの計算だの読書感想文だの。どれから手をつけるべきか悩んで、結局まずは読書感想文を片付けることにした。本棚のほとんどは漫画で埋まっている。唯一、コマ割りのされていない本として持っているのは小学生の頃、やっぱり夏休みの宿題である読書感想文のために買ってもらった児童書だった。
高校生にもなって児童書をテーマに作文を書くのは格好がつかないと思ったけれど、月の始めに貰ったお小遣いはもうほとんどなかった。新しい本を買う余裕はない。仕方なくそれを手に取ると、部屋の真ん中に座り込んで表紙を開いた。指先にじゃり、と砂粒を潰したような感触がある。あんまりにも放っておいたせいで埃を被っていた。拭けばよかったのだと思う。雑巾を湿らせて、表紙を撫でるだけ。なにも難しいことはない。それだけで少しはマシになるはずだったのに、考えただけで実行はしなかった。本は再び棚に戻される。宿題をやれない理由が欲しかった。
他にもなにか宿題をやれない理由はないかと家の中を歩き回った。すると、ご飯を食べたあとの皿を洗っていないことに気がついた。すぐにキッチンへ運んで、たった一枚の皿には多すぎるくらいの洗剤を使って丁寧に洗った。シンクの周りと足元が水でびしょびしょに濡れたので母が手を拭くために冷蔵庫の扉に引っ掛けていたタオルで優しく、撫でるように拭いた。終わるとそれは洗濯機に入れた。洗濯機の中は洗濯物でいっぱいだった。電源の付け方は知っている。でも、そのあとが分からない。思えば、手伝いらしい手伝いをしてこなかった。母が、教える方が手間がかかると言って私にはやらせなかったせいだ。洗濯をすることは諦めて、他になにかないか、と再び歩きだそうとしたときキンコーンと部屋中に甲高い音が響いた。びっくりして飛び上がり、たっぷり走ったあとのように心臓が激しく脈打った。家のチャイムの音だと気がついたのは、二回目のキンコーンのあとだ。
母から宅配便が届くとは聞いていない。唐突な訪問はいつだって新聞の勧誘か布団の押し売りだと相場が決まっている。玄関に向かい、恐る恐る覗き穴の向こうを見ようとしたとき三度目のキンコーンが部屋に響いた。覗き穴の向こうに見えたのは不機嫌な顔をしてドアが開くのを待っている南だった。
「お前が映画行くて言うたんやろ」
招き入れた玄関先で南は鬼のようにつり上がった目を私に向けた。
少し前、流行りのトレンディドラマがあった。もちろん私も欠かさず見ていた。その時間までに食事を終え、風呂にも入り、牛乳を飲んで、放送を待つ。きっと、どの家庭もそうだった。それくらい人気があった。そのドラマは惜しまれながらも放送終了してしまったけれど、放送後も人気は衰えずとうとう映画化された。それを見に行こうと誘ったのは、たしかに数日前の私だった。お風呂に入ったあと、ぼんやりと見ていたテレビで映画のCMが流れた。ドラマの影響ですっかりファンになってしまった俳優が「見に来いよ」と言う。私は「絶対行く」と返事をして、CMが終わるとすぐに南に電話をかけた。同じクラスの友達はやっぱり同じ俳優のファンが多く、そして自分が一番のファンであると信じて疑わないために喧嘩になりやすい。実際、隣のクラスで殴り合いの喧嘩があった。女の子同士の殴り合いは興味深いものであったけれど、そこに私も参戦したいかというと答えは否だ。そうなるとドラマに大した興味はなく、殴り合いに発展する心配のない南は、映画に誘うのに丁度いい相手だった。
電話での南は面倒くさそうにしていた。金が勿体ない、行きたくない、岸本にしてくれと言って、今にも電話を切ってしまいそうだった。岸本は南の親友だ(南は物凄い勢いで否定するけれど)。ラーメンのように縮れた髪の毛を肩まで伸ばしてひとつに束ね、たらこのように腫れた唇が特徴の、実に個性的な男である。岸本は悪い奴ではない。でも、短気なところがある。よく、岸本にはぼさっとするなと言われる。そんなつもりはないけれど、岸本から見ればぼさっとしている私はきっと岸本と馬が合わない。
「ほんまに無理や。なあ、頼むわ。南がええねん。南以外おらんねん」
「大袈裟やなあ」
電話の向こうで大きな息をひとつ吐いた南は本当に渋々といった様子で了承した。日時を決めたのは南だった。映画に行けないことを考えれば、予定を合わせるくらいはなんでもないことだった。そのときまでは。
楽しみにしていた映画のことも、南との約束もすっかり忘れてしまったのは夏休みが終わってしまうことへの不満と、終わりの見えない宿題のせいかもしれない。言い訳だと言われてもそう言い張るしかなかった。南は頭のてっぺんからつま先、また頭のてっぺんまでじっくりと私を見て、ハッキリと聞こえる音量の舌打ちをした。当然だった。そのときの私はどこからどう見ても誤魔化しようのない寝巻き姿だった。
「大変申し訳ありませんでした」
指を揃え、頭を床につけ、土下座をした。そうする以外に方法がないと思った。南はなにも言わなかった。視線だけは感じていた。アホか。そう言って怒って帰ってくれればいいと思った。そうしたら後日埋め合わせします、とさらに言うことができた。でも、南は帰らなかった。アホか。そう言ってズカズカと部屋に上がり、きちんと手洗いをした上で私の部屋に入り込んだ。慌ててあとを追うと、決して広くはない部屋の真ん中に背の高い南があぐらをかいて座った。なんとなく私もその前に座る。
「あれ、なんやねん」
南が机の上を指さした。
「夏休みの宿題」
「忘れた原因はあれか」
今日の映画のことを言われているのだと分かって、そういうことにしようと無言で頷く。
「夏休み言うたってあと数日しかないのにどないすんねん」
「わからん」
「わからんやないやろ。片付けな終わらへんやないか」
「ほな手伝ってよ」
「お前どんだけ図々しいねん。まあ、興味なかったし金をドブに捨てるような真似せんでよかったけど」
「そこまで言わんでも」
「そこまで言わせるほど興味なかったんやなって思わんのかい。もう、ええわ。とにかく椅子座れ。しゃあないから教えたるわ」
「ほんま? ありがとうね」
私が椅子に座ると南が後ろに立った。机に広げたプリントの一枚一枚を手に取り、しばらく考えたあとで南の提案で数学の宿題から片付けることになった。私が考えるよりも前に南が問題の解き方を教えてくれる。私が分からないところに当たるまで待つよりもその方がずっと早いと思ったのかもしれない。事実、そのお陰で数学の宿題はあっという間に終わった。
「なあ、休憩にせん?」
「アホ抜かせ。まだ数学しか終わっとらんわ」
「でもなあ」
私は自分の体を見下ろした。
「寝巻きのまんまやで。みっともないわ」
「今更なに言うてんねん。着替えたところでなんも変わらんわ」
「あのな、今日のために新しい服買うてん。まあ、そのせいで一文無しになったんやけど」
「待て待て。聞き捨てならんわ。ほんならお前映画代どうするつもりやったんや」
「わからん」
「わからんやないやろ。まさか俺に出させるつもりやったんか。図々しいにも程があるやろ」
「ええやん。行かなくて済むようになってんから」 席を立ってタンスを開ける。買ったばかりの服はいつ着てもいいように一番上に置いていた。
「これ、可愛いと思わん? 思うやろ? ほな、着てみるわ」
「ここで着替えるとか正気か。俺、おんねんで」
「下着なんて水着と似たようなもんやろ。なにが恥ずかしいねん。あ、でも上と下バラバラや。それはちょっと恥ずかしいなあ」
「アホ、恥ずかしがるところが違うわ」
寝巻きのボタンに手をかけて、ひとつ外したところで南がその手を止めた。
「あかんて。あのなあ、お前にはそう見えなくとも俺も男やねんで。お前がいくら寸胴で短足で三日と見れないブスやったとしても目の前で着替えるのはあかんわ」
「言い過ぎやろ」
「言い過ぎかどうか教えたろか」
南に腕を掴まれ、勢いよくベッドに放り投げられる。スプリングのおかげで僅かに弾み、その上に南が乗った。鼻と鼻がくっついてしまいそうなほど近い距離に南の顔がある。ベッドに放り投げられた腕は南によって押さえられ、足の間に南が入り込んだ。
「お前動けるか」
「見ればわかるやろ。動けんわ」
「せやろ。俺が今お前のこと犯そうと思ったら簡単にできんねんで」
「怖いわ」
「怖いか」
「怖いわ」
南がゆっくりと上から退いてベッドの橋に腰をかける。私も起き上がって隣に座った。掴まれていた腕がじんじんと熱を持っている。
「俺、帰るわ」
今度、腕を掴んだのは私の方だった。考えるよりも先に手が動いてしまっていた。立ち上がりかけていた南が驚いて振り返る。
「なんや」
「困るわ」
「なにが」
「宿題、まだあるし」
心底呆れた。そういうように南が大きく息を吐いた。
「お前の神経が分からんわ」
「そんなん言われたってひとりじゃ終わらんし」
「もうええわ。椅子座れ。はよ終わらせたるわ」
南が腕を掴む。今度は力もなく、優しい握り方だった。
「はよ終わらせて、映画行くで」
「えっ、行ってくれるん?あ、でもなあ小遣いないし」
「そんなん俺が出したるわ。今日という一日がアホの宿題に付き合って無駄になるなんて俺が許せへん。でも、観るのは俺が選んだやつやからな」
「いけずぅ〜」
「うるさい。はよ、やれ 」
南に背中を押され、プリントの山と向き合う。南が教えてくれるとはいえ、日が暮れてしまう気がする。私は振り向いてタンスを指さした。
「なあ、やっぱり可愛い服見たない? 着たろか?」
今度こそ南は本気で私をどついた。
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リビングへ行くとテーブルにおにぎりがふたつと、こんがり焼けたウインナー、それから五つに切られたふっくらとした卵焼きがのった皿があった。パートに出る母が朝ごはんと昼ごはんを兼ねたものを用意してくれていたのだった。私はおにぎりをひとつ手にとり、リモコンでテレビの電源を入れながらひと口かじった。中身は鮭だった。テレビには海でインタビューを受けている女の子たちが映っている。
「夏休み満喫できましたかー?」
そう質問されると、女の子たちは「まだまだでーす。宿題もやってませーん」と言って、なにがおかしいのか笑いあっていた。でも、安心した。宿題に手をつけていないのは私だけではないのだと。
皿の上を空にすると、やることがなくなってしまった。いや、やることはある。形だけは、と広げたプリントの一枚一枚を手にとり、向き合わなければならない。漢字だの計算だの読書感想文だの。どれから手をつけるべきか悩んで、結局まずは読書感想文を片付けることにした。本棚のほとんどは漫画で埋まっている。唯一、コマ割りのされていない本として持っているのは小学生の頃、やっぱり夏休みの宿題である読書感想文のために買ってもらった児童書だった。
高校生にもなって児童書をテーマに作文を書くのは格好がつかないと思ったけれど、月の始めに貰ったお小遣いはもうほとんどなかった。新しい本を買う余裕はない。仕方なくそれを手に取ると、部屋の真ん中に座り込んで表紙を開いた。指先にじゃり、と砂粒を潰したような感触がある。あんまりにも放っておいたせいで埃を被っていた。拭けばよかったのだと思う。雑巾を湿らせて、表紙を撫でるだけ。なにも難しいことはない。それだけで少しはマシになるはずだったのに、考えただけで実行はしなかった。本は再び棚に戻される。宿題をやれない理由が欲しかった。
他にもなにか宿題をやれない理由はないかと家の中を歩き回った。すると、ご飯を食べたあとの皿を洗っていないことに気がついた。すぐにキッチンへ運んで、たった一枚の皿には多すぎるくらいの洗剤を使って丁寧に洗った。シンクの周りと足元が水でびしょびしょに濡れたので母が手を拭くために冷蔵庫の扉に引っ掛けていたタオルで優しく、撫でるように拭いた。終わるとそれは洗濯機に入れた。洗濯機の中は洗濯物でいっぱいだった。電源の付け方は知っている。でも、そのあとが分からない。思えば、手伝いらしい手伝いをしてこなかった。母が、教える方が手間がかかると言って私にはやらせなかったせいだ。洗濯をすることは諦めて、他になにかないか、と再び歩きだそうとしたときキンコーンと部屋中に甲高い音が響いた。びっくりして飛び上がり、たっぷり走ったあとのように心臓が激しく脈打った。家のチャイムの音だと気がついたのは、二回目のキンコーンのあとだ。
母から宅配便が届くとは聞いていない。唐突な訪問はいつだって新聞の勧誘か布団の押し売りだと相場が決まっている。玄関に向かい、恐る恐る覗き穴の向こうを見ようとしたとき三度目のキンコーンが部屋に響いた。覗き穴の向こうに見えたのは不機嫌な顔をしてドアが開くのを待っている南だった。
「お前が映画行くて言うたんやろ」
招き入れた玄関先で南は鬼のようにつり上がった目を私に向けた。
少し前、流行りのトレンディドラマがあった。もちろん私も欠かさず見ていた。その時間までに食事を終え、風呂にも入り、牛乳を飲んで、放送を待つ。きっと、どの家庭もそうだった。それくらい人気があった。そのドラマは惜しまれながらも放送終了してしまったけれど、放送後も人気は衰えずとうとう映画化された。それを見に行こうと誘ったのは、たしかに数日前の私だった。お風呂に入ったあと、ぼんやりと見ていたテレビで映画のCMが流れた。ドラマの影響ですっかりファンになってしまった俳優が「見に来いよ」と言う。私は「絶対行く」と返事をして、CMが終わるとすぐに南に電話をかけた。同じクラスの友達はやっぱり同じ俳優のファンが多く、そして自分が一番のファンであると信じて疑わないために喧嘩になりやすい。実際、隣のクラスで殴り合いの喧嘩があった。女の子同士の殴り合いは興味深いものであったけれど、そこに私も参戦したいかというと答えは否だ。そうなるとドラマに大した興味はなく、殴り合いに発展する心配のない南は、映画に誘うのに丁度いい相手だった。
電話での南は面倒くさそうにしていた。金が勿体ない、行きたくない、岸本にしてくれと言って、今にも電話を切ってしまいそうだった。岸本は南の親友だ(南は物凄い勢いで否定するけれど)。ラーメンのように縮れた髪の毛を肩まで伸ばしてひとつに束ね、たらこのように腫れた唇が特徴の、実に個性的な男である。岸本は悪い奴ではない。でも、短気なところがある。よく、岸本にはぼさっとするなと言われる。そんなつもりはないけれど、岸本から見ればぼさっとしている私はきっと岸本と馬が合わない。
「ほんまに無理や。なあ、頼むわ。南がええねん。南以外おらんねん」
「大袈裟やなあ」
電話の向こうで大きな息をひとつ吐いた南は本当に渋々といった様子で了承した。日時を決めたのは南だった。映画に行けないことを考えれば、予定を合わせるくらいはなんでもないことだった。そのときまでは。
楽しみにしていた映画のことも、南との約束もすっかり忘れてしまったのは夏休みが終わってしまうことへの不満と、終わりの見えない宿題のせいかもしれない。言い訳だと言われてもそう言い張るしかなかった。南は頭のてっぺんからつま先、また頭のてっぺんまでじっくりと私を見て、ハッキリと聞こえる音量の舌打ちをした。当然だった。そのときの私はどこからどう見ても誤魔化しようのない寝巻き姿だった。
「大変申し訳ありませんでした」
指を揃え、頭を床につけ、土下座をした。そうする以外に方法がないと思った。南はなにも言わなかった。視線だけは感じていた。アホか。そう言って怒って帰ってくれればいいと思った。そうしたら後日埋め合わせします、とさらに言うことができた。でも、南は帰らなかった。アホか。そう言ってズカズカと部屋に上がり、きちんと手洗いをした上で私の部屋に入り込んだ。慌ててあとを追うと、決して広くはない部屋の真ん中に背の高い南があぐらをかいて座った。なんとなく私もその前に座る。
「あれ、なんやねん」
南が机の上を指さした。
「夏休みの宿題」
「忘れた原因はあれか」
今日の映画のことを言われているのだと分かって、そういうことにしようと無言で頷く。
「夏休み言うたってあと数日しかないのにどないすんねん」
「わからん」
「わからんやないやろ。片付けな終わらへんやないか」
「ほな手伝ってよ」
「お前どんだけ図々しいねん。まあ、興味なかったし金をドブに捨てるような真似せんでよかったけど」
「そこまで言わんでも」
「そこまで言わせるほど興味なかったんやなって思わんのかい。もう、ええわ。とにかく椅子座れ。しゃあないから教えたるわ」
「ほんま? ありがとうね」
私が椅子に座ると南が後ろに立った。机に広げたプリントの一枚一枚を手に取り、しばらく考えたあとで南の提案で数学の宿題から片付けることになった。私が考えるよりも前に南が問題の解き方を教えてくれる。私が分からないところに当たるまで待つよりもその方がずっと早いと思ったのかもしれない。事実、そのお陰で数学の宿題はあっという間に終わった。
「なあ、休憩にせん?」
「アホ抜かせ。まだ数学しか終わっとらんわ」
「でもなあ」
私は自分の体を見下ろした。
「寝巻きのまんまやで。みっともないわ」
「今更なに言うてんねん。着替えたところでなんも変わらんわ」
「あのな、今日のために新しい服買うてん。まあ、そのせいで一文無しになったんやけど」
「待て待て。聞き捨てならんわ。ほんならお前映画代どうするつもりやったんや」
「わからん」
「わからんやないやろ。まさか俺に出させるつもりやったんか。図々しいにも程があるやろ」
「ええやん。行かなくて済むようになってんから」 席を立ってタンスを開ける。買ったばかりの服はいつ着てもいいように一番上に置いていた。
「これ、可愛いと思わん? 思うやろ? ほな、着てみるわ」
「ここで着替えるとか正気か。俺、おんねんで」
「下着なんて水着と似たようなもんやろ。なにが恥ずかしいねん。あ、でも上と下バラバラや。それはちょっと恥ずかしいなあ」
「アホ、恥ずかしがるところが違うわ」
寝巻きのボタンに手をかけて、ひとつ外したところで南がその手を止めた。
「あかんて。あのなあ、お前にはそう見えなくとも俺も男やねんで。お前がいくら寸胴で短足で三日と見れないブスやったとしても目の前で着替えるのはあかんわ」
「言い過ぎやろ」
「言い過ぎかどうか教えたろか」
南に腕を掴まれ、勢いよくベッドに放り投げられる。スプリングのおかげで僅かに弾み、その上に南が乗った。鼻と鼻がくっついてしまいそうなほど近い距離に南の顔がある。ベッドに放り投げられた腕は南によって押さえられ、足の間に南が入り込んだ。
「お前動けるか」
「見ればわかるやろ。動けんわ」
「せやろ。俺が今お前のこと犯そうと思ったら簡単にできんねんで」
「怖いわ」
「怖いか」
「怖いわ」
南がゆっくりと上から退いてベッドの橋に腰をかける。私も起き上がって隣に座った。掴まれていた腕がじんじんと熱を持っている。
「俺、帰るわ」
今度、腕を掴んだのは私の方だった。考えるよりも先に手が動いてしまっていた。立ち上がりかけていた南が驚いて振り返る。
「なんや」
「困るわ」
「なにが」
「宿題、まだあるし」
心底呆れた。そういうように南が大きく息を吐いた。
「お前の神経が分からんわ」
「そんなん言われたってひとりじゃ終わらんし」
「もうええわ。椅子座れ。はよ終わらせたるわ」
南が腕を掴む。今度は力もなく、優しい握り方だった。
「はよ終わらせて、映画行くで」
「えっ、行ってくれるん?あ、でもなあ小遣いないし」
「そんなん俺が出したるわ。今日という一日がアホの宿題に付き合って無駄になるなんて俺が許せへん。でも、観るのは俺が選んだやつやからな」
「いけずぅ〜」
「うるさい。はよ、やれ 」
南に背中を押され、プリントの山と向き合う。南が教えてくれるとはいえ、日が暮れてしまう気がする。私は振り向いてタンスを指さした。
「なあ、やっぱり可愛い服見たない? 着たろか?」
今度こそ南は本気で私をどついた。