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2020/08/02〜
「煌々」
蒙恬と軍師学校にいる娘
「どう?」
特別誂えの豪奢な服に負けない美貌、それを男に揃えられた惨めな私はどう反応すればいいのだろう。一応私の方が、年頃の娘というやつのはずなんだけど。
軍師学校の宿舎のはずれに建つ我が家の木戸口に背中を預け、こてんと首を傾げている蒙恬は上目遣いにも見えていつもより幼く思えた。
(かわいい…)
眼福だけど何だか容赦無い打撃受けた気分だ。無視したいけど、このまま放っておくと仕事の時間になってもどいてくれない気がして声を絞り出した。
「昇進するといいね」
「ええー…感想は? 何かないの?」
唇を突き出し眉根を寄せる、歪んでも損なわれない美しさに大層おモテになるんでしょうねと頭の中だけで愚痴った。
父親の軍師学校の先輩として知り合った蒙恬はあの蒙家のおぼっちゃまだ、蒙驁将軍の孫で勇猛果敢な蒙武様の息子。お父上と顔が全然似ていなくて、最初はからかわれたんだと思い信じてなかったけど。
地方役人から地道に出世し咸陽で目をかけられた昌平君先生の勧めで親子共々軍師学校にお世話になった私達と違い、できたばかりの学校から最年少入門最年少認可で出ていき意気揚々と初陣を果たした天才様は生きている世界が違うと思う。
この前あった韓攻め後の平定のため祖父に帯同した彼は破竹の勢いで武功を上げ、今回昇進確実だと噂されている。でも本人は文官志望なんだとか。
(ずいぶん差がついちゃった)
軍師学校に入った際、先輩として世話してくれたのは歳の近い彼とその弟の蒙毅だった。仲のいい同志で、毎日勉強し語り合うだけで楽しかった。
(蒙毅は手加減なんてしてくれないし)
蒙恬は人使いがうまい、おだてるのがうまいともいう。顔の美醜だけでなく、才能から何から内側から光り輝くものを持っていて私には眩しすぎる存在だ。
ひとり娘で跡を継いでもらうような立派な家でもないからと、父は私を自由にさせてくれているけれど……出来る限り頑張りたい、ここなら女でも立身出世が可能だし、結婚するにしても良縁が結びやすいし。でもそんな劇的な運命もなくこのままここで小さな仕事しながら人生を終えそう。
そんな私に今の蒙恬は眩しすぎる。
「格好いいんじゃない? しゃんとしてればね」
だから茶化さずに真面目にする! と付け加えて家に寄りかかったままの腕を押し出すように叩いてやった。
「うまくいったら、髪飾りをお土産にまた来るよ」
輝く笑顔が好ましいのに、少し遠くにあるような距離を感じた。
その日の夕方、蒙恬はお菓子の箱を抱えて戻ってきた、昇進はしたけど蒙驁将軍の考えで千人将は保留になったとのことだ。
咸陽の夕日を眺めながら、祝の席の時間まで一緒にお菓子を食べた。まだ蒙恬は私の世界の中にいる、少しの猶予期間のなかで。
かわいい包みの布や箱は捨てずに大事にしまい、たまに取り出して見て楽しんだ。
次に正装の蒙恬に会ったのは本当の千人将になれた時、大きく見えた背が成長の差を感じて鼻の奥がツンとした。可愛らしさが少し削がれたぶん精悍さが増してますます格好いい。
かなりの武功を上げたようで、今回は前に宣言したとおり髪飾りをお土産に持ってきた。小さいけれど真珠や珊瑚、翡翠が散りばめられた花の飾りは綺麗でため息ばかり出る。仕事中つけるには派手すぎると愚痴をこぼすと、蒙恬は自分に合う時に付ければいいなんて言いながら笑う。咸陽に帰ったらお祝いに一緒に遊ぼうって。
「次のお土産も、その次も期待しててよ」
(次、あるのかな)
蒙恬が武功を上げないって意味じゃない、その時も私達の関係は変わらずにいられるのかなってこと。私も蒙恬も、次は気さくに二人で出歩くなんてできない状況かもしれない。
「こんなのずっと貰ってたら、そのうち奥さんに恨まれそう」
「……まだ結婚してないけど」
「そのうちするでしょ、家継がないといけないんだから」
頑張ってねと激を送ると、深いため息を返された。
秦が、この国が危ないとは聞いていたけれど、蒙恬は大丈夫だろうと私はなぜか安心しきっていた。だから彼が函谷関で死んだかもしれないと噂を聞いた時、秦は勝ちそうだと聞いたのにちっとも嬉しさなんてなくて家に引きこもった。
仕事も休んで毎日泣いて、泣いて、目が腐り落ちるんじゃないかって頃に家の戸が叩かれた。病気で伏せっているということにしているから出る気なんてない、寝台で横になったまま疲れに身を任せて眠ってしまいたいのに音はやまない。来客が諦めてくれるのをじっと待っていたい、今は酷い顔をしているし。
「……どなたですか? 父は仕事で出ていますが」
戦後処理のため先生の手伝いに忙しく家にはずっと帰っていない、この家に訪れる人なんて父の知り合いか私の少ない友人くらいだ。みんなこの忙しさに出払っていて、軍師学校も休みになっている。
「俺だよ」
閉じきった扉の向こうからありえない声がして、ああこれは夢の中なんだなと思った。眠っているはずなのに頬をつたう涙で肌が湿る感覚が嫌だ、戸を開けたらそこには何も無くて夢が終わってしまうかもしれない。
痛くなるほど鐘を打つ胸をおさえながらそっと開ければ、今まで以上に豪奢な服を着込んだ蒙恬がいた。
「論功行賞に行く前に、やっぱり会っておきたくて……って、あれ? なんで泣いてるの?」
「だって、死んだって聞いて」
枯れたと思った涙がまた出始めて止まらない。
「よかった、よかったあ」
嘘でよかった、蒙恬が生きててよかった。
わんわん泣いてその場に座り込んだ、たぶん酷い顔をしているだろうけど気にする余裕なんてない。ほっと安堵した途端疲れがどっと押し寄せてくる。
「そんなに嬉しいなら俺に抱きついて喜んでよ」
「せっかくかっこいいのに汚れちゃうから駄目ぇ」
「へえ」
形の良い顎に指をかけて、得意気な表情のまま蒙恬が笑った。
「俺ってやっぱりかっこいい?」
「知らない!」
さっさと宮に行けばいい、心配して損した。家の奥にまた引きこもろうと立ち上がった私の手を掴んだ蒙恬が、やけに真面目な顔をして夕にまた来ると言い出て行った。
その晩、私と蒙恬の婚約の話が決まり目まぐるしく忙しくなった。貰った髪飾りは前以上に豪華で、婚儀まで出番は無さそうだ。
畳語をお題にしてたまに拍手変えます