これは、わたくし――本丸番号384921担当であるこんのすけの記録でございます!




[chapter:おまけ:こんのすけの本丸日記@]


一年目
○月△日

春から夏へ移り変わる、暖かな日。

その日、わたくしは乱さまが屋根の上で何かを見張っているところに遭遇したのです。望遠鏡をのぞき込み、屋根の上から何かの様子をうかがっている乱さま。もしや敵襲が!?とお思い声をかけましたが、どうやらその類ではなかったようでした。


「乱さま、何をしておいでで?」
「んー? 今ね、あるじさんを見てるの」
「審神者殿をですか?」


言われてみれば確かに!望遠鏡越しに乱さまが観察している相手は審神者殿ではないですか。確かにこの場所からならば、審神者殿のいる離れの庭がよく見えるでしょう。距離はありますが、直線的で、離れのそばの池もよく見通せます。


「あるじさんはね、この時間帯に庭を散歩するって、最近気づいたんだ。すごいでしょ? 大発見だよ!」
「審神者殿は本丸の外へ出ない分、行動が規則的ですからね。いやはや、見事な観察眼です乱さま!」
「でしょ〜?」


誇らしげにそう言う乱さま。けれどすぐに、寂しそうに眉を下げてしまいました。


「本当は、もっと近くに行きたいし、ぎゅってしたいよ。他の審神者さんのところみたいに、いっぱい撫でてほしいし。……でも、あるじさんが困っちゃうから、我慢するの」


なんと健気なのでしょう!こんのすけめは非常に心を打たれてしまいました!

よほど審神者殿が恋しいのでしょう!審神者殿はあまり刀剣男士と関わらないが故、このようなことをするなど、なんという涙ぐましい努力ではないですか!


「あるじさんに撫でられるって、どんな感じなのかなあ」


ふむふむ。ならば、こんのすけめが一肌脱いであげましょう!


「お任せください! 乱さまの願い、このこんのすけめがかなえて差し上げます!」
「えっ!? ほ、ほんとう!?」
「もちろんです!」


そしてすぐさま、こんのすけは審神者殿の元へ移動したのです!
乱さまに喜んで頂ければよいのですが!






「審神者殿ッ!!」


ぽんと煙の中から姿を現し、審神者殿の上から登場したわたくしを、審神者殿は驚きつつも手を伸ばして受け止めて下さいました。こういうところで、審神者殿はきちんと動けるお方なのですよ!


「……どうした? 何かあったか?」


そう質問した審神者殿に、こんのすけは力強く申し上げるのです!


「何も言わずに撫で回して下さいませ!」
「…………痒いところでもあるのか?」
「そのようなものでございます!」
「そうか…」


きょとんとしていましたが、審神者殿はすぐにこんのすけめの体を撫でてくれました!ふむむ、これは拙い手つきではありますが、程良い力加減!中々のテクニシャン!!


「ふみゅーこれはよいです! もっと撫で回して下さいませ!」
「こうかい?」
「はい! もっと! もっとです!」


そうして審神者殿に全身余すとこなく撫でてもらったこんのすけめはほくほくと乱さまの元へと戻ったのでした。これで、乱さまも喜んでくれるはずです!






「さあ乱さま! 乱さまの代わりに、このこんのすけめがいっぱい撫でてもらってまいりました! 審神者殿に撫でられる感触を余すとこなく教えて差し上げましょう!」


ほくほくで戻ったわたくしですが、乱さまはむうっと顔をしかめているではありませんか!一体どういうことでしょう?審神者殿に撫でられる感覚というものを教えて差し上げるというのに、あまり嬉しそうな顔ではありません……?どうしたことでしょう?


乱さまは手をわきわきさせながらこんのすけに近づいていました。そうしてぷくぅーと頬を膨らませて言いました。


「だからぁーボクがあるじさんに撫でられたいの! こんのすけが撫でられてどうすんのぉー!!」
「ああっ、乱さま! 乱暴です! もっと優しく撫でて下さいませ! 審神者殿のように!」
「あるじさんの撫で方なんて知らないもん!!」


わしゃわしゃと撫でられながら、こんのすけめは審神者殿のテクニックが恋しくなって参りました!また後で撫でられに行くこととしましょう!


「はぁー……いいなあ、こんのすけは。いつか、ボクも撫でてほしいなあ……」


また望遠鏡をのぞき込んでそうため息をついた乱さまに、こんのすけは首を傾げます。どうやら、満足しては頂けなかったようです。

あきらめずに審神者殿のテクニックの詳細を教えようとしましたが、今度は顔を両側からぎゅうぎゅうされてしまいました。ふむふむ、刀剣男士の心は複雑なようです!











○月□日 増えました。


「あっ、くしゃみした!」

「夏風邪ってやつかあ? 最近、朝冷えてるもんなあ」
「心配です……夕食には精のつくものを作ってくれるように厨当番に伝えておきましょう」
「むっ。あるじさま、すこしおやせになったのでは? ぼくのきのせいでしょうか?」
「え!? んー……確かにちょっと痩せてるかも……加州さん、最近書類溜まって追いつかないとか言ってたから……その影響かなあ。ちゃんと寝れてるのかなあ」


今日も今日とて乱さまは審神者殿を観察しているようです。以前と違うところがあるとすれば、望遠鏡を覗いている短刀の数が増えているという事でしょうか。

聞けば、各々に渡された給金で審神者殿を観察するための望遠鏡を買ったのだそうです!こんのすけめには分かります!皆さま、中々に上等な望遠鏡をお持ちですね!


「あっ!! こっち向いた!」
「! 今目が合ったか!」
「いえ! 気づかれていないかと!」
「でもこっち見てくれるのすっごい珍しいよね! わぁ、嬉しいなあ!」


とにもかくにも。
審神者殿が愛されていて、こんのすけはとってもうれしいです!むふー!


わたくし、こんのすけのお役目は多岐に渡ります。もちろん、主なお役目は審神者殿のサポートでございます。政府からの伝令を本丸に、本丸からの連絡など政府へ――などなど、間に入って架け橋役を果たすことはもちろん!よその本丸とのやりとりに関するあれこれも、実はこんのすけの管轄なのですよ!

そして、サポートの対象はもちろん審神者殿だけではありません!審神者殿がより良い本丸を運営できるように、時には刀剣男士の方へお話をすることもあるのです!

――むむ、早速声が聞こえます!すぐにかけつけなければ!


[newpage]


[chapter:おまけ:こんのすけの本丸日記A]



「――こんのすけ殿。お応えいただけますか?」


審神者殿の呼び声はもちろんの事、刀剣男士の方の呼び声にも、わたくしめはきちんと応えるのですよ!煙の中から現れる見事な登場シーンを得て部屋に飛び込み、わたくしめは元気いっぱいに返事をしたのです!


「はい! こちらにございます!」


こうして呼ばれることは何も初めてではございません。今までも度々刀剣男士の方に呼ばれ、そのたびに審神者殿のお話をしたりと、陰ながらお役に立っていましたので。なんといっても審神者殿は極端に刀剣男士の皆々様と関わらない方でしたからね、こんのすけはまさに縁の下としてこの本丸を支えていたのです!

最近は審神者殿もみなさんと関わるようになりましたが、未だ呼ばれることはございます。審神者殿が愛されているようで何よりです!


「御用でしょうか、一期一振殿」


今回わたくしめを呼び出したのは、一期一振殿でした。ふむふむ、ここは一期一振殿の自室のようです。部屋の中にはこんのすけと一期一振殿だけでした。


(むむっ! この香りは!?)


やはり礼儀をわきまえているようで、その手には油揚げがあるではありませんか。わたくしめが要求しているわけでは決して! 決してありませんが! 審神者殿のお話をするとお礼に油揚げをもらえることも多いのです! やった!!!


「はい。いくつか、こんのすけ殿に聞き「はいなんなりとお! わたくしめに答えられることならば何でもお答えいたします!」……助かります」


まあ聞かなくとも予想がはできますが。まず間違いなく審神者殿の話でしょう。今までの経験上、こんのすけを呼び出した刀剣男士の方に聞かれる内容はどれも例外なく審神者殿のことでありましたから。賭けてもよいですよ!


「ありがとうございます。では此方先に――礼の油揚げです」
「やや! これはありがとうございます!」


ふむふむ!中々良い油揚げのようです!さすがは一期一振殿、センスが良いですね。どことなくロイヤルな香りが致します!ふんふんとにおいをチェックしながら、こんのすけは「それで、何をお聞きになられたいのですか?」と問いかけます。すると少し言葉を選んだ様子を見せてから、一期一振殿は控えめに質問をしてきたのです。


「‘しま’という人物をご存じですか?」


聞かれ、こんのすけはデータベースから該当する名前を探します。


「しま……ああ、四摩殿ですね。存じております。審神者殿の弟御ですよ! 血の繋がりはございませんが」


審神者殿は政府の管理下で育てられておりましたので、一般の審神者さまよりも詳細な情報と記録がこんのすけの中にあるのです!審神者殿に関する質問は、九割ほどまず正確にお答えできる自信があります!


「はい、そうです。良ければ、その方について二、三お聞きしたいことがあるのですが……」
「かまいませんよ! わたくしは審神者殿のサポートをするべく、詳細な情報を与えられておりますので、なんなりと!」


審神者殿に直接聞けぬ内容なのかもしれませんが、こんのすけはきちんと審神者殿のそっけなさを補えるように、特に審神者殿の師匠から多めにデータを渡されているのです。何でも答えられる自信があります。

大事なことなので二回いいました!


「八殿については知っていますね?」
「はい! 八殿も審神者殿の弟弟子ですね!」
「そうです。以前、主殿が四摩という名の方について話しているのを耳に挟みました。八殿が言うには、主殿に会いたがっていると……しかし、主殿は嫌われているから連絡をとらないの一点張りで……ずっと、気になっていたのです」


言って、一期一振殿は怪訝な表情で言葉を選ぶ素振りを見せました。


「主殿は確かに、感情豊かとはいえません。ですが長く時を共にしてきたのならば、あの方が心優しい方であることはわかるはず――納得がいかんのです。何故、主殿はあのようなことを言っていたのか……」
「ふむふむ。その心はよくわかります。実際、四摩殿は、よく審神者殿になついておりましたから!」
「では何故――…」


そう難しくない質問です。これならば、すぐにお答えできます。


「簡単です! 四摩殿は審神者殿によくなついていましたから――反抗期が全て審神者殿に向かったのですよ」
「……はんこうき?」


ぱたぱたと尻尾を揺らしながら言えば、一期一振殿は目を丸くしてそう繰り返しました。


「はい! 反抗期とは、人間の子どもに訪れる時期のことです。精神発達の過程で、周囲のものに対して反抗的な態度を示します」
「なんと……」


あまり聞き慣れない言葉だったのでしょう、一期一振殿は驚きを隠せないようでした。でしたら、反抗期について詳しい説明が必要ですね!


「反抗期には、幼児期に現れる第一次反抗期と、十三、十四歳の青年期前期に現れる第二次反抗期があるのです。普通は親に向かうものなのですが――四摩殿は、その対象が審神者殿だったのです。まあ、皆さま親元から離されておりますからねえ。面倒を見ていた審神者殿に反抗期、というのも当然の摂理かと」


加えて、師匠にあたる方はとても強面で、実際とても怖い方だったのでした。体育会系とでもいいますか、怒るととてつもない剣幕になるそうで。そちらにはとても向かえなかったのだろう、と師匠にあたる方は仰ってました。


「難儀なお話ですよねえ。子どもの審神者殿が、年上の弟御の反抗期を受けるとは」


一期一振殿は審神者殿の事情に苦い表情を浮かべています。そのお気持ち、よくわかります。しかしその経験が、審神者殿を忍耐強くしたそうなので!悪いことばかりでもなかったとこんのすけは思います!


「……では、主殿はそのせいで弟御に嫌われていると…? 実際に、主殿は嫌われていたのでしょうか?」


不安そうに問いかけてきた一期一振ですが、その心配は必要ないと、こんのすけはぷふうと吹き出してしまいました!


「いえまさか! よくなついていたと記録には残っております。なんだかんだいいつつも、審神者殿をよく頼りにしていたそうです」
「……困ったときだけ主殿を頼っていると? 主殿は、困ったときしか近寄ってこないと、そう言っておりましたが」
「ぷふふぅ、そんなことはございません! 審神者殿は、きちんと慕われておりますよ!」


わたくしはとてとてと一期一振殿のそばに近寄りました。そして耳打ちするように、小声で言うのです。


「これは内緒ですが、四摩殿は審神者殿には知らせないようにと念を押しつつ、こっそりとわたくしに審神者殿の近況を聞いてきているのですよ。それも、定期的にでございます」
「! ――それを、主殿の耳に入れたことは?」
「もちろんありません! 念を押されていますし、審神者殿から聞かれたこともありませんから」


そう言うと、一期一振殿は唖然とした後――深い深い大きなため息をついて、口元を手のひらで隠すように覆ってしまわれました。


「――……では主殿は、ずっと慕われているにも関わらず、好かれていないと思いながら今の今まで生きてきたと…? 長く面倒を見てきた弟に……?」
「まあ、好かれることなど考えず、やるべきことをやるように、という教育方針でしたから。審神者殿はそんなに気にしてはいないと思いますが…?」


審神者殿は一度も弟御の名前など出したことなどありません。それは興味がないからだとこんのすけは思うのですが、一期一振殿はそうではない様子。なにやら考え込んでいるようです。

刀剣男士と人の身。異なる存在とはいえ同じ兄同士――思うとこがあるのでしょうか?


「……主殿が好意に鈍いのはそのせいかもしれませんね……」


そう呟く一期一振殿。少々深刻にとらえすぎではと思わなくもありません。こんのすけは小首を傾げます。


「それで、他に聞きたいことはありますでしょうか?」


すると少し考え込んだ後に、一期一振殿は首を横に振りました。


「いいえ。聞きたいことは聞けました。感謝いたします、こんのすけ殿。またお力をお借りすることもあると思うのですが、その時はまたよろしくお願いいたします」
「はい! 御用がありましたら、いつでもお呼びくださいませ!」


元気よく返事をしたこんのすけに、一期一振殿はにこやかに微笑みました。お力になれたようで何よりでございます!


見ました!?皆さん見ました!?
今日もこんのすけめは人知れず皆さまのお役に立っているのですよ!

それでは――今宵はこの油揚げで宴としゃれこむといたしょう!

- 33 -

mae top tugi
index