01
「…っ、ぅ、ぁ」
抱き寄せられた直後、突然体から力が抜ける。
心なしか意識もぶれ、少し視界が揺らいだ。
「……あぁやっぱり」
耳元で低く囁かれ、ゆっくり其方に視線をやる。
シラヌイの灰色の髪が視界に入った。
「……なに」
「マスター、体が冷えています。湯に浸かっているのに、です」
背後から回された腕が、俺の腹部に回される。
押さえつけるでもなく、確かめるような動きで胸元へ掌を当てられた。
「…マスター、貴方今のご自身の状況をどこまで理解していますか」
「どこまでって……」
シラヌイに問い返そうとして、言葉が詰まる。
確かに可笑しいと。
眠気とも違う、意識が溶けるような感覚が先程から波のように来ては引いていく。
「貴方の魂は本来、この世界に定着するはずだったものです。ですが長い間、異なる世界に留まりすぎたせいで……こちらの世界との結びつきが、少し弱い」
「弱いって……」
「簡単に言えば、放っておくと体調を崩します」
冗談めかした調子ではなく、何処か淡々と事実のみを述べるような固い声音で告げられる。
「普通の魂であれば必要ではないのですが、貴方のような特異な魂は何もしなければそのまま消滅してしまう可能性が極めて高い」
「そしてそんな魂は、他者から……、マスターの場合は俺達“手持ち”から定期的に補給を受けなければ生きられない」
言われた言葉に目を見開く。
倦怠感を感じる体を少し起こしシラヌイの方へ顔を向けると、真面目な顔で此方を見ていて、呼吸が詰まる。
「……補給って……、水とか飯みたいなのじゃない、よな?」
「違います」
シラヌイの指先が、口元へと運ばれる。
嫌な予感が背を駆けめぐり、体が硬くなった。
湯気で湿気った唇を濡れた指がなぞり、そこに甘さが孕んでいることを察してしまう。
「……俺達の体液です」
「んな……」
思わぬ一言に否定の言葉を紡ごうとするも壁に背中が当たり止まってしまう。
加えて、シラヌイが言いにくそうに申し訳なさげに眉を下げているので事実なのだと理解した、……理解は、したが。
「体液って……、冗談……だよな」
「冗談ならどれだけいいか……。ですが、今の貴方は金継ぎされていない壊れた花瓶のようなものなのです。そのままでいれば器から魂が霧散し、そこらの野生のゴーストタイプに魂が喰われるでしょう」
「うぇえ……」
思ったよりも重い状況に怖さが募る。
シラヌイもゴーストタイプじゃないっけか、と一瞬思ったがそんな低俗な事俺がするとでも?と顔に出されたので安心した。
「俺達ポケモンは、トレーナーと魂の層で繋がっています、それ故に大きく力を発するポケモンも一部いる」
「……さっき言ってた、繋がりってやつ?」
「えぇ、触れ合い、近くにいる事で、貴方の魂は安定する」
手を取られ、触れるか触れまいかの距離で手の甲に唇を当てられる。
まるで王子のような所作に、言葉を失ってしまう。
懇願するように、シラヌイの声が低く籠る。
「……今すぐ、とは言いません」
「ですが、このまま放っておけば、貴方は……意識を失ってしまう可能性は高いでしょう」
濡れた赤色の目が俺を射貫く。
「貴方を傷つけたいわけではありません、……どうするかは、マスターに委ねます」
ぴちょん、と水音が一つ響いた。