屋上は大きなベッドだ。ゆっくり流れていく雲を目で追っていると、だんだんウトウトしてきていつの間にか眠ってしまうから。
 ああ気持ちいい。よし、寝よう。勝手に瞼が降りてきて、脳が睡眠の指令を出したとき、屋上の重い扉の、鈍い開閉音がした。誰だろ、まあいっか。そんなことより寝ないと。わたしは、また瞼を閉じた。

「なァ! 火ィ持ってない?」

 しかし、わたしの寝床に侵入してきた誰かは遠慮なく入眠を邪魔する。顔に掛けてたブレザーをずらして目だけ出して見てみると、右側に脚が見えた。下から上へと薄目で辿っていく。イカツイ顔には絆創膏がいっぱい貼られていて、こんなのも学校来たりするのかとしみじみ考えてしまった。

「あるけど」
「貸して」

 めんどくさいなあ……。重たい頭と体を起こし、バッグの中から取り出したライターを手渡す。

「どーも」

 すぐに煙が漂ってきて、お礼と共にライターが返ってきた。バッグに戻すのが面倒臭くて、手に握ったまま、またブレザーを被る。眠い。邪魔しないで。

「あんた何年? 名前は?」

 ねえ、わたし寝ようとしてるんだけど。ヤンキーはお構いなしに話し掛けてきてわたしの隣に座る。

「シカトかよ!」
「……3年。みょうじなまえ」
「あ!? まじで? じゃ、センパイだわ」

 まじかよ、こんな老け顔が中2?こっちの方がビビったわ。ていうか寝させて?……なんて、顔面傷だらけの血気盛んなヤンキーにそんなこと言えるわけもなく、ただ黙って目を瞑る。早くどっか行かないかなあ……。
 それからしばらく静寂が続いたあと、コンビニ袋をガサガサする音が聞こえた。弁当のビニールを剥がし、フタを開け、割り箸がパキッと折れる音がし、ご飯にがっつく音も聞こえてきた。どんだけお腹が空いたらそんな音を出して食べられるんだろう、ってくらい凄い音だったのでチラリと覗いてみると、ヤンキーはめちゃくちゃ汚い食べ方で弁当を食べていた。わたしは思わず吹き出す。

「アレ、寝たンじゃねーの?」
「雑音で寝れない」
「はっ、集中力が足りねーンだよ」
「なにそれ」

 ヤンキーはあっという間に弁当を平らげると、再びライターを要求してきた。手渡すと満足そうにタバコを燻らせる。

「タバコあんのに何でライター持ってないの?」
「喧嘩で使ったから」
「そ、そっか……」

 それを聞いて、ヤンキーの手に乗せられて返ってきたライターを今度は受け取らなかった。

「くれんの? 悪ィね!」
「いいよ」

 ライターなんか、タバコにオマケで付いてたりするし、家にいくらでもあるし。あげたライターが喧嘩に使われないことを祈りながら、わたしはライターを手渡す。ヤンキーはズボンのポケットに一旦つっこんだが、虚空を見つめながら何か考えるような顔をした。

「やっぱやめた!」
「は?」
「気が向いたら返しに来るわ、なまえセンパイ」

 人のこと先輩だなんて思ってないくせに。ヤンキーはそう言うと、わたしの横で寝っ転がった。めんどくさいのに気に入られちゃったなあと思いながら、わたしも横になって目を瞑った。





2016-10-28



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