日付けが変わる頃、いつも通り仕事が終わる。身支度を整えて店の外へ出ると、今日もベンツが停まっていた。別に頼んでないけどそのまま素通りするわけにもいかず、運転席を覗き込む。すると、雑誌を読んでいた梶尾さんが、わたしの顔を見て慌ててドアを開けて飛び出してきた。

「すんませんっ、どうぞお乗り下さい」
「ありがと」

 まるでお姫様に対するように、自然に後部座席のドアを開けてくれる。開いた先には、その姫を護る騎士のように滑皮さんが乗っている。

「お疲れ様です。何処か寄る所あります?」
「んー、ないかな」
「分かりました」

 事務的会話を済ませると、車は、熊倉さんがくれた部屋があるマンションに向けて走り出す。途中コンビニが目に留まり、やっぱり寄ってもらい、缶ビールとつまみを買おうとしたら、滑皮さんが買ってくれた。
 車に戻る途中、何も無いところで躓きそうになったけど、すぐに隣を歩いていた滑皮さんが体を支えてくれる。思ったより酒が回ってるらしい。

「大丈夫ですか」
「うん、ごめんね」

 肩をしっかり掴んでくれた手があたたかい。体勢を整えるとすぐに離れていってしまって名残惜しい。ふと、しみじみと隣にいる滑皮さんを眺めてみる。遠目で見ると、ただ無駄がなく引き締まった体だなという印象だけど、間近で見ると結構がっしりしていて、服が筋肉で盛り上がっていることに気付く。日頃からジムとかで鍛えているんだろう。それにしても背が高く、180はあると思う。
 
「どうかしました?」
「ううん、何でもない」
 
 再び車に乗って数分、マンションに着く。わたしの足取りが千鳥足で危なっかしいからか、滑皮さんも一緒に降りて部屋まで付き添ってくれることになった。

「ごめんね、ありがとう」
「いえ、怪我でもしたら大変ですから」
 
 ヒールの音は小気味好く響くけど、気持ちは何だかモヤっとする。その言葉も事務的なものなのかな、って。
 エレベーターに乗って、押される最上階のボタン。到着までの間無言なのも虚しいから、わたしは滑皮さんにちょっかいを出してみようと、いたずら心が芽生えた。
 
「滑皮さんってさ、何か色っぽいよね」
「何ですか、急に」
「モテるでしょ」
「なまえさん、今日だいぶ酔ってますよね」
「酔ってないよーだ」
 
 でも、表情一つ変えずに躱される。余裕だなあ、つまんない。でも余計、こういう人の困った顔が見たくなる。
 降りる階数に段々近付いてきた。少し背伸びすれば届くかな。その瞬間、大人にいたずらする小さい女の子みたいな気持ちだった。わたしは、軽く触れるように滑皮さんの頬にキスをした。
 
「……なまえさん、酒臭いです」
「うるさい」
「ベッドまで付き添いましょうか?」
「優しくしてね」
「どういう意味ですか」
 
 エレベーターの扉が開く。隣には、困ったように、呆れたように薄く笑う顔。気のせいかな、滑皮さんの耳がほんのり赤い気がした。





2017-01-03


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