お風呂。それは一日の疲れを癒やすため、衣服を脱ぎ捨て、家の中で唯一裸になれる開放的な場所。
体を洗ってさっぱりし、湯船に浸かっていると、脱衣場のほうのドアが開く音がした。曇りガラス越しに人影が見え、やばい、リラックスタイムを邪魔される、と思ったが時既に遅し。
「おうなまえ、たまには一緒に入ろうぜ」
目の前にはもう、裸の彼が立っていた。久々の裸体に、つい目を逸らしてしまう。そんなわたしをお構いなしに、彼はガシガシと頭を洗い始める。
「なあ、なまえ」
「なに」
「背中洗ってくンねえ?」
そして坊主頭なので、あっという間に頭を洗い終えた彼は、今度は湯船でゆっくりしていたわたしにそんな要求をしてくる。せっかく体の芯まで温まってきたのに、出たら冷えてしまう。でも、"断る"なんて選択肢は通用しないことが分かりきっているため、大人しく従う。
「もっと力入れろ」
「はいはい」
「お、気持ち良いじゃん」
まったく、わたしは召し使いじゃないっつーの。ちょっと苛々して、彼の背中が赤くなる位力を込めて擦る。でも、厳つい龍の刺青のせいでどの位赤くなったのか見えづらい。
そろそろ流そうと、ちょっと熱めのシャワーをかけるけど、彼は動じない。泡が溶けて消えると、艶々な肌が現れた。何これ、おっさんの肌じゃないじゃん。
「じゃ、わたし先に出るよ」
「あ? 俺が温まるまで入ってろよ」
「は? やだよ」
「ああ!? 聞こえねーなあ!」
拒否を拒否する男、滑皮秀信。もう慣れたものだ。これでもかと言うほどのムカつきを込めた溜め息を吐き出したが、彼は知らん顔で湯船に浸かっている。
しばらくして、温まった彼が出るのに合わせてわたしもバスルームを出る。頭拭いて体拭いて服着て。さて、化粧水つけなきゃ。乙女はやることがいっぱいだなあ。
「……いつまでここにいンの?」
「あ? うるせーな、早くしろよ!」
梶尾さんと鳶田さん大変だろうなあ、としみじみ思いながら、化粧水を浸透させたコットンを肌に当てていると、点けっぱなしのテレビの音が聞こえてきた。よくテレビで使われるホラー映画のBGMと一緒に、悲鳴をあげるタレントの声。ああ、そっか、ふーん。
彼にもそういう一面があるのだと思うと、優しくしてやろうかなと思えるのでした。
「化粧水つける?」
2017-06-19
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