夢日記
夢日記
>>完全に椿山荘でした。いやでも奈良ホテルぽさもあったかな……了さん椿山荘で商談を……?
いつものようにパソコンと睨めっこしていると、背後に影が刺した。了さんだった。了さんはいつもいきなり用件から入る。
「名前、来週の水曜日会食あるから空けておいて。昼だけど」
「来週ですか?すみません、了さんのスケジュール把握まではちょっと……宇津木さんに確認しましょうか」
「え?そんなのいいよ。どうせ僕の付添いだし、服も普段着でいいから」
「あ、これ私が同行するって話ですか!?」
「そうだよ」
了さんの会食に同行!?私が!?なんで!?とにかく忘れないよう慌ててカレンダーにチェックする。ところで昼って具体的に何時から?了さんは用は済んだとばかりにひらひらと手を振ってフロアを出て行った。本当になんで?
上司に了さんの会食に同行することを報告した。上司もなんでお前が?って顔をしたが、誰よりも私自身が「なんで私が?」って思っている。気が重い。あの了さんの会食に付添い。今更だがどこの誰と何の目的で開催するのかもしらない。本当に困った。
いざ会食の水曜日。いつもは自由な格好で仕事しているが今日ばかりは綺麗めのブラウスにスカート、それから会社のロッカーに吊るしっぱなしのお上品なグレーのジャケットも引っ張り出してきた。夏はエアマックス・ココで労働している私が気を遣ってわざわざ踵の細いハイヒールを履いた。いやあこんな真面目な格好で仕事に来たのは初めて!
しかし連れられてきた会場は普通に高級ホテルだったのでもっとお上品なワンピースとか着るべきだったかな!?って感じで泣きたい。上座下座も曖昧な社会人のために「真の会食の作法」ってやつを予め教えておいてほしい。
了さんもお行儀の良さそうなダークスーツを着ているが、木漏れ日のさす昼下がりに全く相応しくない仏頂面で食事をしている。了さん、仕事のはずが全然話を主導する気配がない。黙々と食事をしてクライアントの話に気まぐれに口を挟み、綺麗に盛り付けられた皿をあけていく。気まずくて仕方ない。
なので私がペラペラ喋り続けるクライアントとお話しするしかないのだが、今回クライアントが話しているのはギリシャ語だという。なんでェ!?
本ッ当に困る……ここにくるまでの道中でクライアントが話すのは専らギリシャ語だと言うことを思い出した了さんは「名前大学で二外はギリシャ語やってたでしょ?」と平然と宣ったが、んなわけねーーーし!やったことねーーし!!
「私ひとつも喋れませんけど、了さんは喋れるんですか!?」
「は?喋れるよ。何言ってんの」
当然だろって顔で了さんは話を打ち切る。あの〜これ絶対、絶対他の女と間違えてるやつ。なんでだよ。やってるわけないだろ。ちゃんと確認して多国語喋れるエリート美女を呼んでよ。恥晒しだよ。私はあんなに受験英語もtoeicもやったのに、大学卒業する頃にはすっかり忘れて入国審査でオロオロしてるレベルだぞ。第二外国語(誓ってギリシャ語ではない)に至ってはもう挨拶とトイレはどこですか?しか言えない。
了さんが何の勘違いで私がギリシャ語できると思ったのか、あるいはそういうことにしたのかわからないが、ともかく私はお行儀よく座り曖昧に微笑むことしかできない。了さんは話がちゃんとわかってるらしく、たまに日本語で返事をしたり悪態をついて一応コミュニケーションをとっている。飯を食うだけの私は完全に役立たず……
となると私の仕事はお行儀よく座って、少なめに相槌を打つ。余計なことは言わない。しかし話がわかってないのに相槌を打つのは本当に憂鬱になる。勘弁してほしい。しかも料理が進むに連れてクライアントの身振り手振りは大きく、話す調子は強くなり、なんだか不穏な気配がする。知らない言語でも指をさされて醜く歪む表情を見れば、悪口言われてるのは流石にわかる。陰キャは悪口には敏感なんだ。
「やめだ。この件は打ち切りだね」
そろそろ作り笑いもやめようかなという頃、了さんが音を立ててナイフとフォークを下ろした。銀食器の重たい音に皆が視線を向ける。肉料理の途中だし、その料理だってまだ食べかけだ。私たちが座るテーブルを中心に緊張が広がる。
クライアントが強い調子で何か言い募るが、了さんはちっとも動じない。
「何を言っても変わらないよ。これ以上生産的な会話は見込めなそうだし」
つまらなそうな顔で了さんがクライアントを追い払うような仕草をして、それを見た給仕の人も静かに踵を返して立ち去った。唖然としているのは私とクライアントだけのようで、しかし一足先にクライアントは怒りを取り戻す。握り拳でテーブルを叩き、食器が跳ねて音を立てた。
「うるさいなあ……」
苛つく了さんの声を聞いてようやく私も現実にかえってくる。了さんは金色の瞳をぎらぎらさせて、徹底的に叩きのめす気になったらしかった。ああ、了さんが「おしまい」って言った時点で引き下がればよかったのに。私はまだ半分以上残っている肉の塊を諦めて、膝の上のナプキンを片付ける。
「名前、邪魔だから先出てて」
……言われなくても。できるだけ現場を見たくなくて、邪魔者は退散することにした。このタイミングでの私の退場を知っていたかのように、扉に手を伸ばす前に重たい扉が開く。扉を開けてくれたウエイターにお礼を言おうとして顔を見て、ようやく了さんの息のかかった人間だと気がついた。どうやら慣れない会食で私も緊張していたらしい。
私が個室を出て扉が閉まった途端に「月雲了悪口ワンマンライブ・東京特別公演・完膚なきまでに叩きのめしておしまい・リターンズ」は開演したらしい。一方私は、綺麗なソファに案内されてお茶を出してもらいようやくひと息つく。扉越しに聞こえる、了さんが澱みなく相手が口を挟む間もなくすらすらと罵倒して人格否定するのをBGMに冷たい紅茶を口に含む。いつ聞いても聞くに耐えない酷いものだ。でも、了さんがぶち切れるくらい酷いことを言われていたのかと思うと、今日はちょっとざまあみろと思った。かもしれない。
罵倒もクロージングに差し掛かって、さすがの私も悪口のオンパレードにうんざりしてきた頃、いちばんはじめに退出した給仕の人が立派なケーキの箱を持ってきた。コースが途中終了したため、登場しなかったデザートだという。やった!気分が悪くなるからとか言って絶対了さんは食べないから2個食べられる!いちごのミルフィーユ、お品書きの時点で楽しみにしていたから本当にうれしい。
しばらくして了さんがケロッとした顔でひとりで出てきた。思う存分言いたいこと言って再起不能まで追い込んで、はー満足した。という顔だ。
「帰るよ」
ホテルの人間に見送られて、速攻帰りの車に乗せられた。ホテルの人が誰も何も言わないのが怖すぎるが、仮に私が従業員だったとしても、了さんみたいな客には関わりたくない。
「仕事の邪魔してごめんなさい」
了さんはちらっと横目で私を見てから視線を戻し、「別に」とだけ言った。今後に控える何かしらの仕事を訳も分からないながらひとつ潰したわけなので、なるべく殊勝な態度で謝ってみた。次は巳波とか、虎於とか連れて行ったほうがいいと思う。巳波は腹芸がうまいしごはんを美味しそうに食べるし、虎於は頭が良くて社交的だしビジネスの場でも上手に振る舞えると思う。今日みたいな状況に陥っても巳波は笑顔で撃退して、虎於は完璧な立ち居振る舞いで相手に不満を抱かせない。あのふたりなら、了さんが出る幕もなかった。残るふたりは……少なくとも私よりは上手くやれたかも。いや、トウマはノースメイアで散々やらかしたと聞くし、どうかな……悠は自分で言い返せるけど、できればそんな目にはあって欲しくない。
ぐるぐる思い悩んでいると了さんはこっちを見ないまま口を開いた。
「……お前の価値のわからない人間なんてこっちから願い下げだよ」
「えっ」
「名前のこと、知りもしないくせに馬鹿だのなんだの、話をするに値しないね。まあ知ってたらそれはそれで腹が立つけどさあ」
了さんはあくまで当然のことのように淡々と口にする。あの、了さんが?私は困惑するしかなく、ただただ了さんの横顔を見上げる。
「えっとその、了さん……」
「なに?まだ気づいてなかったの」
気づくって、気づくって、一体何にですか。機嫌よく鼻歌なんか歌っちゃって、とてもじゃないけど聞ける雰囲気ではない。聞いたら絶対不機嫌になる。
これは楽しみにしていたいちごのミルフィーユを差し出して、ŹOOĻのみんなに相談するしかないやつですか。でも絶対「勝手にしなよ……」って言われるやつじゃないですか。ねえ……
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