何の罪も犯していないのに監獄にぶち込まれた。
そんなことを伝えれば先客である囚人は、ギャハハと下品な笑い声を上げて、床を何度も叩いていた。嘘じゃないんだけどね。
監獄内で外の情報なんて把握しようがないのだから、新たにやってきた囚人や看守の話から話を聞く以外に情報を集める方法などない。
そして断片的な情報を集めて出た結論は私は島を滅ぼした主犯格などという、とんでもない凶悪事件を起こしたことになっているらしい。冤罪である。未成年ということもあり名前や顔写真などは出されていないらしいが、それはそうとして配慮するべきところを間違えていると思う。
そしてもちろんそんなことはしていないし、企んだことすらない。理由があればするかもしれないが。とにかくそんな罪は犯したことなどないのだ。そもそも、もうひとつの故郷とも言えるパンクハザードを滅ぼす理由など何一つない。
ちなみに共犯者として捕まったシーザーは脱走して現在行方不明なんだとか。共犯者って。
というか、これはどう考えてもシーザーの陰謀だ。この間の嫌がせをまだ根に持ってるのかも。珈琲用の砂糖を塩に入れ替えただけなのに。そして首謀者はシーザーに違いない。そういう実験してたし。
当然激怒した。罪を擦り付けた真犯人を何とかして制裁、もとい嫌がらせをしてやろうと決意した。
とはいえ、決意したからと言って何が出来るわけもなく、この身で出来ることといえば、囚人や看守からの情報集めや健康な肉体作り、嫌がらせ案の思案に限る。
そんな風に過ごしていたある日、まあ、なんと、驚くことに脱出する機会ができたのだ。脱獄不可用のこの大監獄に侵入した海賊がいたとかなんとかで、その騒ぎに便乗したわけだ。収容期間は実に2年間。ありがとう、麦わらの何某くん。
とはいえ、2年も経てばその怒りが収まるという訳もなく。とにかく言い分を聞かないことには、この怒りを収めようがないのだ。
それはもう大変な道のりだった。半分くらいは執念。残りは意地。やれば出来るものだと自画自賛した。褒めたたえてくれるのは自分だけなんだけどね。
脱獄後、無一文に加えて、政府側の人間だったという理由で手配書が発行されいていないとはいえ、いつ指名手配されるか分からない以上、政府関連の仕事なんて出来るはずもない。そうなると当然、真っ当では無い日雇いの仕事をこなす以外に道はなく、日々仕事し、情報を追い、お金を稼ぎ、軽い発明をして、そんな生活を送っていたわけだが。真っ当ではないということは、裏に踏み込むこともあるわけで、"SMILE"というものが裏の世界では流行していることを知った。今では人身売買よりもあっちの方は稼げるとか何とか嘆いていたのは、どこかの人間屋のスタッフだ。
そして"SMILE"は人工的に作られた悪魔の実らしい。
そんなものを人工的に作ってる人間など、MADSや研究班に所属していた人間以外は考えられないだろう。そう考えた私は元々海軍研究班の職員だったという立場を使い、機械技師兼研究員ということで自分を売り込み、"SMILE"の材料である"SAD"を製造している”M”という人物の助手という立場で雇われた。その"M"が誰なのかまでは特定できなかったが。
これで回想は終わり。現在、パンクハザードに至る。
正確には、まだパンクハザードに着いているわけではなく、ドレスローザから出向した船に乗っている状態なんだけども。船内放送で下船の準備が云々言っていたので、そろそろ到着する頃だろう。
窓の外に目をやり、数年ぶりのもう一つの故郷を見て、思わずぎょっと眉を上げた。
「うわ、燃えてる」
島が燃えている。その光景に思わず窓に張り付けば、笑い声が聞こえて振り向く。
「あら、ごめんなさい。そういう反応は新鮮だったから。悪気は無いの」
「あ、もしかして田舎ものって思ったでしょ?」
「うふふ……、あなたからしたら、数年前と景色がまるで違うんでしょうね。驚くのも無理ないわ」
なにがどうやったら島がこんなに変貌するのか謎だ、という表情に察したのか、彼女は軽く説明をしてくれた。少し前にこの島に元海軍大将である青雉と赤犬が上陸して決闘をした結果、この島の惨状が生まれたらしい。傍迷惑すぎる。
その間にも船は豪快な水音を立てて動いている。上陸するのは灼熱の大地ではなく、吹雪が舞う白い大地らしい。先ほどまでは燃えていた景色も形を潜め、窓から見えるのは激しい雪。
極寒だから厚着をするようにと事前に連絡をもらっていた私はこれでもかというほどの防寒具を揃えていたが、目の前の彼女はロゴの入ったタンクトップ一枚を身に着けているだけだ。見てるこっちが寒くなりそう。
「寒くないの?」
「"M"の秘書になってからこの島で過ごしているから、もう慣れたわ」
「へぇ、ここで暮らしてると私もそうなるのかな」
「どうかしら」
"M"と呼ばれる人物の秘書であるモネとはドレスローザで出会った。
というか、面接の担当がモネだった。彼女は人事の担当も担っているらしく、私が元研究班出身ということで、わざわざドレスローザまで赴いてくれたらしい。彼女曰く、もののついでだから気にしないで、といっていたが、そういう気遣いのできる態度が秘書として重宝されているんだろう。その言葉が本当なのかそうでないのかは知るよしもないが。
「着いたみたいね。降りる準備は出来たかしら」
「もう済ませたよ」
そこまで多くも無い荷物を見せると、モネは満足そうに微笑み、こう告げた。
「ようこそ、パンクハザードへ。あなたを歓迎するわ」
⟡
モネに案内されてたどり着いた研究所のある一室に通された私は"M"と呼ばれる男と対面すべく、モネの用意した珈琲で体を温めながらソファでくつろいでいた。
そして室内に入り込んだガスは私の顔を認識した途端に、ゲェ!?と声を荒らげるとあからさまに顔を青くして見せて、見覚えのある人型を形作る。シーザーだ。
つまり、"M"の正体はシーザーだったわけだ。
ベガパンクじゃないことは確信してたけど、シーザーだったのは灯台下暗しというかなんというか。ツイてるんだろう。日頃の行いってやつだね。
「モネェ!?どうしてこいつがここに……!?」
声色はモネに対する怒りよりも恐怖を帯びている。こういうとこ意外とかわいいよね。シーザーはワナワナと震えながら私に指差しモネに問い掛けた。
「朝話したじゃない。元同僚をあなたの助手として採用したって」
「よりにもよってコイツをォ〜!?」
「"JOKER"も彼女はあなたに害を及ぼさないと判断したのよ」
「そんなわけないだろ!?おれは毎日のようにコイツがおれのことを殺しにくる悪夢に魘されてるんだぞ!?」
「あら、そうなの」
カウンター席に座り書類整理をするモネはシーザーには目も向けず、それに対する返事だけすると黙々と作業に戻る。シーザーは気まずそうにしているが、知ったことでは無い。
「君ってば、当人の前でそんな話をするなんて……酷い人だね」
よよよと涙を拭う仕草をすれば、シーザーは人差し指を突き出して怒鳴った。涙は女の武器とは言うけれど、何度もこの手を使ってるシーザーには通用するわけもないし、もちろんこれは嘘泣きである。
「ここはおれの研究所だぞ!?おれが何を話そうが勝手だ!!!!大体悲しんでもないくせに、おれのせいで傷付いたみたいな表情をするな!!」
「そうだね。ま、改めて久しぶり〜、元気にしてた?」
「元気?お前の顔を見るまではな!!」
「それは悪い事をしたね」
片手を上げて挨拶すればシーザーは大袈裟に咳払いをして取り繕った。シーザーは案外素直だ。技術に慢心しているというのもあるかもしれないが、愛嬌ともいうのかもしれないが、本当にわかりやすい人だ。
「それでわざわざこんな所まで来て何の用だ?」
「脱獄して無一文、仕事だって選んでられないよ〜」
もちろん嘘だが。いや、無一文では無いし、仕事も完全に選べない訳では無いが、ここに来ると決めたのは"M"とやらに事の真相を問い詰めるため。就職はただのオマケだ。
「どうだかな……とはいえだ。"大子分"のお前を巻き込んだことは今も申し訳ないと思ってるんだ…謝って許して貰えるとは思っちゃいねェ……」
「確かに面倒はよく見てもらったけど、子分になった覚えは……
でもそれってつまり、罪を擦り付けたのは君だったってこと?」
「待て!結論を急ぐな。確かにおれは自分以外の誰かにこの責任を擦り付けようとはした!」
その言葉にシーザーは慌てて否定した。お退けた態度ではなく、真剣味を帯びた雰囲気に、本当かと惑わされそうになる。シーザーがそこまで悪人でないと知っていたとしても、やることなすこと、その他言動には倫理的に問題があるので、信用出来るかと聞かれれば7割くらいは信用出来ないだろう。
「だが、それはお前に対してじゃあない……」
「へえ……」
「本当だ……!!だからこれは奴の仕業に違いない!!お前が恨むべきはおれじゃない!!」
元はと言えばこいつが事故を起こしたせいだけどね。言わないけど。
「奴って?」
「お前も知ってる顔だ。それ以上は言えねェ……言ったらおれは奴に消される……」
「別に監視されてる訳でもないだろうに」
チラリと部屋全体確認するもでんでん虫も監視機器は置かれていないし、この場にいるのは私とシーザーとモネの3人だけだ。
だというのにシーザーはダラダラと汗を流している。モネは事情を知っているのかとカウンターの方に目を向けるが、モネは作業を止めて不思議そうにシーザーを見つめていた。
「馬鹿か……!!気付いてないのか!?
奴は今もおれ達を見ている……!!」
「まさか……、本当に存在するの?」
「冗談だと思っていたのか、モネ!!」
「話が読めないんだけど……ドラックでもキメた?」
話の内容が読めず、そんな茶々をいれれば、シーザーは薬品を床に叩きつけて怒鳴った。
「おれがそんなことするワケねェだろ!!!!
以前から思ってはいたが、ロア、この天才科学者、シーザー様に対する敬意がたりないんじゃないか!?年上は敬えよ!!小娘!!」
_______とまあ。
そんな感じで言い争いが始まったが、なんやかんやあってシーザーとは和解した。和解というよりかはこちらが譲歩したってとこだけど。
シーザーを問い詰めようと詰め寄る私と何も言えないと言い張るシーザーの問答に答えは出ないと痺れを切らしたモネが、とりあえず話せることだけ話したらいいんじゃないか、と提案した。
そして本当にシーザーは詳しいこと事情を知らないようだった。
あくまでそれをやった人物に心当たりがある、程度らしい。元々その罪を擦り付けようと思っていた人物が一枚上手で回避された挙句に、それを利用して私に罪をなすり付けたとかなんとか。まあ、小賢しい。
嘘か誠かは置いておくとして、どちらにしても酷い話だ。どちらにしても元凶には変わりないので一発殴らせて欲しい気持ちはあったものの、一応これからは上司になるということになるのでこの怒りは一旦封印することにしたわけだ。
「_________それで、この部屋が?」
モネに案内された先はこれから作業の為に居座ることも増えるであろうSAD製造室と呼ばれるSADを製造している部屋だった。
「ええ、事前にも話した通り、主にやって欲しいのはSAD製造室の設備の整備と武器や備品の整備。この二つよ」
「給料分はきちんと働くから安心して。なんならボーナスをつけてくれるならオマケだってつけるよ」
「うふふ……、もちろん仕事以上のことをしてくれるのであれば手当てもつけるわ」
こんな環境ではあるものの、意外と福利厚生は手厚く、これまでの実績のおかげなのか、監視なしでこの建物内を歩くことも許可された。シーザーは少し不満そうではあったが、一部の部屋に入らないのであれば自由にして構わない、と渋々許可を出した。見回りはいるし、でんでん虫が各地に配置されいることを考えれば完全に監視の目がないわけではないのだが。
まぁ、妙な企みを企てているわけでもないので、関係ない話なんだけど。
「仕事以上ねぇ、そうは言われても下手なことをするわけにもいかないよ」
「そうね。たとえばここの働き手の足をどうにかすることはできる?」
「物理的には可能だけど、元となる材料が無いことには」
義手や義足の作成はベガパンクも研究していた。
あの人はなんと言うか、浪漫を追い求めているところがあるから義手からビームを繰り出すとかそういう研究もしていたような。利便性も大事だが、兵器作成という点ではそちらの方が正しいとも言える。使いやすいに越したことは無いと思うけど。
ここにも以前の研究や発明の成果である資料もある程度は残されてはいたが、実現できるか、と問われれば、材料があれば、としか言えない。
「とりあえず、今は足の変わりにその機器を使ってるわけだよね。利便性を高めることくらいはできるんじゃないかな」
「たとえば」
「その機械にプロペラをつけて推進力を高めるとか」
とはいえ、プロペラにも限度はある。回転数を上げれば推進力は上がるが、気候が安定しないこの土地では上手く作用しない可能性もある。あまり重すぎては浮き上がらなくなるし、それでは本末転倒だろう。
「ならいい案が思いついたら提案して頂戴……効率があがるのは"M"も喜ぶわ」
「もちろん、雇い主の意向には従うよ」
「それと、あなたの部屋だけど……意外と"M"に気をかけてもらってたのね。以前あなたが使っていたラボをそのまま残しているから自由につかっていいそうよ」
「__________」
想定外だった。
確かにあの研究班に所属していた頃、ベガパンクを超えるという目標を共に掲げていたこともあり、シーザーの助手として手伝いをすることもあったし、面倒を見てもらうこともあった。
その度に、シーザーはベガパンクにおれを託児所と勘違いしてないか、と怒鳴ってはいたが。実際にそれほどにシーザーには世話になっていた。だけどそれは都合が良いから利用されているだけだと牢屋の中で考えていたわけだが、そんなことは無かったのかもしれない。
「意外だった?」
「それはまぁ」
「あなたに悪いと思ってるのは彼の本心なのかもしれないわね」
「あはは、そうだったら面白いね」
うふふ、と口元を押えて優雅にモネは笑った。
残念ながらそれに関してはまったく信用してないけどね。信用出来たら底抜けのお人好しだし、そもそもこんな場所にまで手段を選ばず真相を確かめになどこないのだから。
「モネは……」
「何?」
「そういう人いる?」
「お世話になった人ってことかしら?」
「うん」
モネはその言葉に少し思案して、穏やかな眼差しで窓の外を見つめた。故郷か、或いは大事な人か、思い浮かべているのかもしれない。そういう目つきの人間は大抵誰かを愛しているんだ。愛の為なら、そうやって動けることはとても羨ましく思う。
「ええ、いるわよ。あの方には感謝してもしきれない。だから、命を捨てろと言われれば喜んで私はあの人に命を捧げるわ」
「そうなんだ、いいなぁ」
「うふふ……あなたにもそういう人はきっと現れるわ」
モネが手を伸ばす。そして慣れた手つきで私の髪を撫でた。
________思考がぽやぽやする。昔、こんな風に私のことを撫でた人がいた。その人は確か、最後に、何か言ってたような、
「____さ__う____、わた__の"█"」
よく聞こえない。ノイズ混じりの声。ザザと不快な音が混じって何を言っていたのか理解はできなかった。
謎の液体、空の瓶。目の前の人物の顔はよく見えないが、私の髪を撫でると、その手で私の目を塞いで、
ハッとして周りを見れば、そこは研究所の廊下だった。 ネモは不思議そうにこちらを見ている。白昼夢でも見ていたような。忘れてはいけないことだったような。そんな曖昧なものを見ていた気がする。
「長い船旅で疲れたのね」
「あー、そう、なのかも。ごめんね、明日から仕事するから、今日は休むね」
「ええ、"M"にも伝えておくわ」
「ありがとう」
「お大事に」
手を振るネモを背に用意された一室に入る。
掃除はされていなかったようで随分とホコリが被っている。何も変わらない。埃を払おうと机を撫で、そこで机の上に放置されている液体の入ったフラスコと中身のない瓶、それに加えて見覚えのない機械が視界に映った。
vita