私にはちょっと変わった習慣がある。

それは一週間に一回は勝負パンツを履いて登校する、というものだ。この立海での学生生活において、長いものには巻かれろ精神で平々凡々の日々を送ってきた。特に悪くもなく、かといって薔薇色の日々でもなく。だからこそ、たまに「ちょっと違う自分」になりたくなってしまう。そんな変身願望を燻らせてはどうしようかと悩んでいた。化粧やスカート丈では他の人からも目に見えて変わりすぎてしまうし、誰にもばれずにひっそりと自分のなかで願望を叶えたかった。悶々とした思いを抱えていたある日、CMで見かけた下着の宣伝にピンときた。下着というのは当たり前だが普段他人には見えない。だからこそ私の欲望を叶えるにはもってこいだったのだ。誰にも言えないこの習慣はもう一年ほど続いている。

いつもは普通の綿パンツとそのうえにスパッツを履いてしまうのだが、今日は勝負パンツデー。とっておきの白いフリルがふんだんにあしらわれた紐パンツ。しかも先週ゲットしたばかりのおろしたて。前はウキウキとした気分で履いていたのに。今は気が重く、むしろ胃が痛い。それもそうだろう。

「なまえ、今週はどんなパンツ?」

クラスメイトで人気者のあの丸井くんに。週に一回の勝負パンツについて報告するようになってしまったのだから。

昼休み。理科準備室で向き合う私たちの間には、妙な緊張感が漂っていた。もう何回目かになる報告会。逃れられない現実に何度心の中で神に祈ったことか。早く言えと目線で返答を促す丸井くんに、懺悔をするように今日の勝負パンツを告げた。

「…白、です」
「白?いまさら清純派になったのかよぃ」
「いや、紐パン」
「紐……!」

紐パンと聞くやいなや顔を真っ赤にして黙り込んでしまった丸井くんに、やっぱりちょっと刺激が強かったか〜となぜか申し訳ない気持ちになりながらため息を吐いた。そもそも、だ。そもそもこんな事態に陥ってしまった理由は一か月ほど前に遡る。


「みょうじー次移動!」
「はーい、先行ってて〜!」

次の時間は音楽。なかなかアルトリコーダーが見つからないので準備に手間取ってしまい、音楽室がある上の階まで急いで階段を駆け上がっていた時だった。音楽の先生は芸術家気取りで気難しく生徒に厳しいため、遅刻は許されない。その焦りがいけなかった。足が上がりきらず階段に躓いて、思い切り前に倒れてしまった。鈍い音を立ててぶつけた箇所がじわじわと痛みを訴える。

「いったい…」
「おい、大丈夫かよ」
「だいじょ…う、ぶ」

後ろからかかった男子の声に応えながら、痛みを和らげるために深呼吸をしていたその時、下半身に違和感があるのに気が付いてしまった。…もしかして、倒れた拍子でスカートぜんぶ捲れあがってる?そして今日は勝負パンツデー。しかも、今週のは確か『赤と黒のグラマラスTバック!』だ。更に言うと通販で買った時に見た謳い文句は『特別な夜のラブショーツ』だった気がする。赤を基調としたTバックで、黒のリボンとレースがどえらい場所で主張しているタイプ。勝負パンツのなかでも攻め度が高いのを履いている時に人に見られてしまうなんて。言い触らされたら学生生活が終わる。絶対に口止めをしたい。できれば知り合いじゃなくて女子に弱そうな、目立たないタイプの男子とかだったら私にも懐柔できそうなんだけれども。恐る恐る振り返るとそこにいたのは。

「なまえって、そんなパンツ履くやつだったんだな…」
「ま、まる、丸井くん!!!」

よりにもよってクラスメイト、しかも超絶人気者で女子なんかより取り見取りな丸井くんに見られてしまった。最悪だ!絶対に私の技量では懐柔できないしこのままでは人生が終わる!そう理解した時には丸井くんに詰め寄っていた。


「ち、違うの!私、その、変態とかじゃなくて!ちょっとしたマイブーム?っていうか〜」
「Tバックを履くのがマイブーム?」
「いや勝負パンツ!」
「は?」
「あ」

今のは絶対言わなくてよかった、いらない言葉だった!失言を悔いても時間は戻らない。勝負パンツと聞いて眉を顰めた丸井くんは、心なしか距離を縮めて焦る私の顔をじとりと見つめた。分かりますその気持ち、こんなどこを見ても普通レベルの女子が勝負パンツ履いてるとか気持ち悪すぎますよね分かります!だからもうこれ以上突っ込まないでどうか今すぐ記憶をなくしてほしい。現実逃避を始めてみても、目の前の彼はおかまいなしに話を続けた。

「へえ〜勝負パンツねえ…」
「いやあのえっと」
「で、誰と勝負すんだよぃ」

まだ続ける必要あるかこの話?どうでもいいクラスメイトの女子が派手な勝負パンツ履いてたからってそんなに気にする?もう許してほしい。今すぐに何処かに逃げたい気持ちで言葉を濁してみても、答えるまで引かないとでもいうように、丸井くんはもう一歩距離を縮めてきた。そもそも自己満足のために履いていた勝負パンツに、勝負をする相手なんているわけがない。彼氏がいたら勝負パンツを履いて誰にもばれずに変身願望を満たすなんて寂しくてニッチすぎる青春は送っていないはずである。

「す、好きな人」
「ふーん?彼氏じゃないんだ」
「彼氏いないから。…まあそれで勝負パンツとか、引くよね」
「いやドン引きだろぃ」
「仰る通りで…」


「まっ俺に任せろぃ!」
「え?」
「その好きなやつとの勝負にむけて、一番似合う勝負パンツを見定めてやるよ。次履いてきた時も報告シクヨロ!」
「いや別にいいよ!」
「あっそ、じゃあ幸村くんあたりになまえがド派手な勝負パンツ履いてるって話してみようかな〜」
「や、やめて!!」
「どうすっかな〜」

強請ってきやがったこの男!幸村くんにとっては私は面識のしない同学年の女子だろうけど、立海のいち女子生徒としては幸村くんは国民的アイドルのようなもの。学校中の憧れだ。そんな人に気持ちの悪い女として認識されてしまうのはいくらなんでも辛すぎる。しかも幸村くんにそう認識されてしまえば、他のレギュラー達にも気持ちの悪い女として烙印を押されてしまうだろう。立海のマジョリティであるテニス部レギュラー陣に悪い意味で認識されるのは、すなわち学生生活での死を意味していた。なんとか丸井くんのみで被害をとどめなければ。さっきまでの

「それだけはやめてください…なんでもするので…」
「おう、じゃあ勝負パンツ報告会開催な。協力してやるんだから有難く思えよぃ」


「…いやもう100歩譲って勝負パンツの報告会をしたとしてさ、丸井くんになんのメリットがあるわけ…?」
「あーー…」


「実はさ、付き合ってるやつがいんだけど」
「え?恋バナの雰囲気だった今?」
「いいから黙って聞いとけ。んで、その付き合ってるやつと、その、勝負?ってのにまだ進めてなくて」
「ふ、ふ〜〜ん」


「ここだけの話なんだけど、俺経験あんまねーからさ」
「えっ…そうなんだ…百戦錬磨かと思ってたよ」
「それ褒めてんの?まあそういうわけで、女子が履いてる勝負パンツに興味あるし、免疫もつけときたいし」



「いざって時に勝負パンツ見て照れてたら格好悪いだろぃ」
「なるほど、肩慣らし的な!」

「やっぱ先週のピンクが一番似合ってたと思うぜぃ」
「そっか〜ありがとう」


何回目かの報告会を経て、私は知りえたことがある。それは、丸井くんは本当に女の子慣れしていなかったということだ。



「」






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