惑星の夢

スクリーンに映し出された群青が規則正しい速度で泡立っているのをじっと見つめながら、地球学の担当教諭が「これがかつての海洋の姿です。現在はほとんど凍結していると言われますが、……」と説明するのを聞いていた。
僕は地球という惑星を知らない。僕だけではなく、都市に住う人々は皆、かの母星を知らなかった。——例えばあの星を包む大気の味や、いわゆる大陸を覆う大自然や、百年以上の昔に人類が築き上げた文明や、さっきビデオで見ていた、海の匂いを。
人々が地球を棄ててもう随分経つ。僕が生まれた時、地球は既に「死の惑星」と呼ばれて久しかった。核戦争の中を生き延びた人々が、母星から脱出した先は月でも火星でもなく、地球と月との間に無数に浮遊する衛星都市だった。僕も、僕の両親も、数ある衛星都市の一つに生まれて、未だ都市の外へ出たことはない。

「——派遣された研究者は未だに戻りません。通信も途絶えてしまい、現在の地球環境がどうなっているのかをはっきり知ることは出来ないままでいます」
この学校の中には、と教諭は続ける。
酸素の循環装置たる小振りの——しかし町の至る所にある——ファンが生み出した風が、彼の長髪をさらりと靡かせた。
「いずれ地球へ赴き、さまざまな資料を採取及び研究する仕事に就く生徒もいるでしょう。勿論、連絡船の操縦士になる者も居るはずです」
そのどちらも等しく、非常に危険な仕事だと彼の表情が語っていた。

最初の派遣団は、研究者を乗せた連絡船、もといミサイルが大気圏で燃え尽きて失敗したと言う。それからも、船が制御不能に陥って墜落しただとか、通信が途中で途絶えたきり何の音沙汰も無くなって消息不明だとか、そう言った理由で地球調査計画はことごとく失敗に終わっている。
ラジオで聞いたところによれば、連絡船を造るための技術はいずれ失われるそうだ。マイクロチップから取り出し、写本にしてどうにか伝えてきたが、その過程で抜け落ちた巻やページも多いらしい。ロストテクノロジーになれば、地球に戻れなくなってしまう。故に技術者や研究者の養成を急いでいるのだと、これも教諭の言葉だった。

『あの星を殺して逃げ出したのは人類に他ならないのに、どうして戻ろうなどと言えるのか。きっと地球は我々に味方してはくれないだろう』——そういう意見もあると聞く。
それは確かにそうなのだ。遠い祖先は確かに母なる惑星を蹂躙し、めちゃくちゃに破壊して殺してしまった。
死の灰から逃げてきた僕たちは、上空を掠める小惑星の危険性こそ知っていれど、吹き荒れる雨風も全てを飲み込む高波も、轟音と共に激しく揺れ動いてひび割れる大地も知らない。嵐を凌ぎ、大地の鳴動から身を守る術は、他のどんな技術よりも早く忘却されてしまっている。仮に戻ったところで、生き残れる可能性は極めて低い。

それでも、——……それでも僕らは、水の惑星の夢を見る。
分厚い雲の切れ目から覗く、ほんのわずかな青色に、あの雲の下に広がる光景を、硬い大地に立って見上げる蒼穹を幾度も夢に見た。そうして哀しくなるような憧憬を抱き、気の狂わんばかりの郷愁を抱くのだ。