或る都市にて

『転校生の公爵令嬢』もとい『地球出身の少女』が言うには、地球という惑星は紺碧の海に覆われ、緑が茂る一方で、延々と続く砂の大地があり、鉄とコンクリートに固められた都市がいくつも存在したらしい。

「此処とは違うのかい、その都市は」
「全然違うわ」
彼女——クラウディアはばっさりと断言する。
「もっと建物も高いし、ずっと丈夫なのよ。——……いえ、丈夫かどうかは、何とも言えないけれど」
此処では地震がないからと困惑した顔で言って、肩を竦める。
地震というのは教科書でしか見たことがない。地球では相当な頻度で地震が起きていたというが、それはどんな感覚なのだろう。中には街が丸ごと潰れてしまうようなものもあったと言うけれど。
「君はそれを経験したことがあるのかい?」
試しに問うてみると、彼女はひとつ息を吐いて、小さく頷いた。
「何度かあるわ、——」
目を伏せる。眉を寄せる。クラウディアは何かとても辛いことを思い出すような、はたまた本当に思い出せないものをどうかして思い出そうとしているような顔で深く呼吸する。
病的に白い肌に、長い睫毛が陰を落としている。彼女の表情は苦悶のそれであるにも関わらず、僕はそれを美しいと思った。
「——酷いと津波が起きて、そうね、此処みたいに小さな街じゃ一瞬で沈むでしょうね」
「それは……怖いね」
「そう簡単に起こるものじゃないけど、でも、少なくもないのよ。あなたたちは帰りたがっているみたいだけど、私はお勧めしないわ」
きっとすぐに死んでしまう、と暗にその目が告げていた。

都市の大部分の人間がそうであるように、僕も地球という星を目指していた。連絡船の操縦士になって、いずれは調査団を乗せた航空機を操縦するのだと——この目で、分厚い核の雲の下を見てやろうと思っていたのだ。

しかしクラウディアによれば僕たちが思い描くほど、あの星は優しくないようである。
「私、戦争の最中に眠ってしまったから具体的なことは知らないけど、地球は人類を赦さないと思うの」
と、彼女は左目の眼帯をそっと撫でる。白いガーゼの下にあるのはガラス製の義眼だ。曰く長いコールドスリープの影響で本来の眼球を失ってしまったのだという。

「散々荒らして捨てた星よ」
今更赦されるとお思いなの?

それは分からなかった。だがたとえば自分が同じような目に遭ったら、その時は矢張り赦さないだろうと思うのである。
故に僕はゆるく首を振って、君の言う通りだねとだけ口にする。

「でも君は帰るんだろう」
赦されないと知っていて、それでもなお、自分が生まれ育った場所へ帰ろうとしている。文献でしか知り得ない星を「母星」と呼び、再び大地を踏みしめようとする都市の人間より、彼女の郷愁は強く、僕にはそれが自分たちのものより遥かに高尚で清らかに思われた。
クラウディアは薄く笑って、……それだけだった。首を横にも縦にも振らず、彼女は静かに笑うばかりであった。