Étoile

姉様は星のようなひとだ。しんと冷えて澄み切った眼差し、玲瓏とした声。少しつり上がった目が瞬く度、私は小さな星の欠片がぱちぱちと飛び散る幻を見た。
姉様の美しさや可愛らしさは他の誰とも違っている。あれは姉様固有のものなのだ。「へぇ、綺麗なお嬢さんじゃないか」という人もいたけれども、あの人は姉様の美しさをちっとも解っていなかったに違いない。彼女の美は、世界に類を見ない静けさと神秘と無機質で出来ている。そんなひとの前に出て「綺麗なお嬢さん」などという言葉は到底言えるはずがないのだから。

星のような姉様は、日の光の中にあるより、月夜の晩の方が一層美しく映えてみえる。暖かな陽射しの下にいる彼女は無論、柔らかで、人間というより神様に近い神々しささえまとって美しいけれど。冴えた月光にさらされた姉様は、いよいよ人間離れした神秘的な姿になるのだ。青白い肌がより白く見える。あの澄んだ眼差しに、有無を言わせぬような迫力が宿る。月が綺麗だからと言って空を見上げる横顔などは、地球上の静謐を凝縮したかのごとき静けさに満ちている。
静かに口を閉ざしたまま、ぼんやりと夜空を眺める姉様は、等身大のアンティークドールか一枚の絵画のようであった。時折ゆっくり瞬きをするその目元、睫毛のすぐ先で星屑がパチリパチリと舞い散るのを隣に座って見惚れているうちに、ふと、姉様が月に愛されて何処か遠いところへ行ってしまうような気がした。

ニコラ姉様、と呼び掛けるとややあって「なぁに」と返答がある。
「姉様、……姉様は何処へも行かない?」
月に見惚れていた姉様の凛とした眼が私に向けられる。彼女は私の問いかけを心底不思議に思っているようだった。ひとつ、ふたつと幾度か目を瞬かせて、やがて「なぜ?」と言葉をひねり出す。
姉様の肉声を聞くのは久方ぶりのように思う。相変わらず、ガラスを弾くような澄み渡る声をしている、とひっそり聞き惚れた。
「何故って、それは、……」
姉様は美しくて聡明な方だ。彼女の存在そのものが神秘に満ち溢れていても、しかし彼女自身は神秘主義者ではないし、無論ロマンチストでもなかった。
そんな姉様に「月に勾引かされるのじゃないかと思った」などと言って、万が一、嗤われてしまったら——?私はそれが恐ろしくて堪らなかった。
どう言ったらいいものか決めかねてぐっと黙っていると、姉様がふっと息を吐いて
「行かない」
と短く、けれどしっかりと口にした。
「貴女の、隣にいる」
「ずっと……?」
「……ずっと」
姉様の繊細な指が頬に触れる。やわやわと頬を撫でる指先をそっと握り込む。彼女の指は、私のそれよりわずかに冷たかった。
「ずっとよ」と姉様が反芻した。囁きに似た、ごく小さな声だった。私に対して、あるいは彼女自身に対して訥々と言い聞かせるようなそれにこくりとひとつ首肯する。

他でもない姉様が、ずっと、と言うのだから、間違いなくずっと共にあれるのだろう。ニコラという美しい女性は、未来永劫、私――アンリという人間の傍に居てくれる。その確約を得たことが、私にはこの上ない幸福に感ぜられた。
こつりと額を合わせた姉様が、そうっと目を伏せたその刹那。私は確かに、きらめく星の欠片を見たのである。