Soleil

アンリは春の陽だまりのような少女だった。時にきらめきを見せる大きな垂れた双眸や、軽やかで柔らかなソプラノの声。彼女の口元がわずかな綻びを見せる度、私はそこに小さな花弁が舞い散る幻覚に囚われた。
彼女の愛らしさや可愛らしさは、他の誰とも違っている。ある人はアンリを見て「とても可愛いお嬢さんですね」などと褒めそやしたけれども、彼は何も分かっていないのだ。二つと存在しない、類まれなる純潔と聖母か天使のごとき慈愛。それと裏腹な無機質が、アンリという少女を、人間ならざるものにしている。冴えた危うさを前にして、そんな安っぽい言葉など吐ける筈がないのだから。

私とよく似ていながら全く違う彼女は、昼下がりの穏やかな日向でこそ最も可憐に見えた。月明かりの下のアンリは、普段隠している無機質が際立っていよいよ儚げな天使であるように思われるのだけれども、私はやっぱり、日向に在る方が彼女は愛くるしいと思うのだ。
柔らかな日差しを浴びながら、庭の木々や遠く広がる田園風景をぼんやり眺める横顔には、澄み切った優しさと叡智がにじみ出ている。私は目の前に広がる光景が、何やら途方もなく神聖なものに感ぜられて、たまらず目を伏せた。 天使が人間界をそっと眺めるのを、さらに盗み見てしまったような不可思議な罪悪感を覚える。そうしてふと、もしこの妹が純白の羽根を有した天使であるのなら、きっと太陽を司る神に仕えているに違いない。——ならばいずれ、主神の元へ帰るのだろうかという、不安が胸に生まれた。

「アンリ、」と名を呼ぶと、遠方の山嶺を見つめていた瞳がこちらを振り向く。柔らかく冴えた慈愛は「どうしたの姉様……?」と不思議そうにしている。
「……貴女は、」
貴女は例えば私の他に添わねばならぬ存在がいるのか。……具体的には、神とか。
そういった疑問が喉の奥にこびりつき、絡まった。妹は天使のように可愛らしく、慈しみにあふれているが、有神論者ではなかったはずだ。彼女に「実は貴女は天使で、いつか神様のところへ帰るんじゃないかと不安になった」などと言って、何と思われるやら、と考えてそのまま閉口してしまう。
すると、
「姉様、私、ずっとお側にいるわ」
伏せていた目をあげる。モナリザにも劣らぬ、静かな笑みを浮かべて、アンリは私を見つめていた。
「ずっと、ね?」
「……ずっと。姉様が言ってくださったのに、」
ひどい、と少し拗ねたような音になる。

……あぁ、そう。そうであった。そもそも私が、最初に「ずっと共にある」と言ったのである。いつ神の元へ飛び立つかしれぬ清純な天使を、地上にくくりつけたのは私――ニコラなのだった。
謝罪とともに「そうね」と返す。
「ずっと、一緒に居るのだったわ」
私の言葉に、彼女はゆっくり頷いて目を細める。先ほどより幾分か深くなった微笑みに、私は確かに、花の蕾の綻ぶ様を見たのである。