戦地からの手紙

第一次世界大戦くらいの時代背景です



『マリア、僕は戦女神に出逢った。

今回ばかりは戦況の話はさせないでほしい。ただ彼女のおかげで、好調に向かいそうだということだけ伝えておきたい。

マリア。僕のマリア。僕は君に謝らなければならない。
僕は戦女神に——彼女に出逢って変わってしまった。ウィーンにいた頃の僕とは、もう全然違う人間になってしまったのだ。
君にこんな話をするのはどうかと思うのだけれど、愚かな僕を嫌って、馬鹿な男だと笑いながら聞いてほしい。

マリア、君はミロのヴィーナスを見たことがあるだろうか。サモトラケのニケはどうだろう。
もしあればそれを思い浮かべてほしい。そうしてそこに、君が思う最も美しい腕と、美しい顔とを合わせてほしいのだ。
どうだろう、それは君にとって世界で最も美しい女神像ではなかろうか。
僕にとって彼女はつまり、そういう存在なのだ。

戦女神は誰より美しく、聡明だった。
その気性は荒く、そこいらの男よりよほど苛烈で勇ましい。もちろんそれは外面だけのものではないのだ。
彼女は実際のところ、争い事に関して天賦の才能があるのだと僕は思っている。そうでなければ僕より歳若くして、女の身の上で一師団を率いる指揮官になどなれはしない。

士官学校にいた頃から彼女はそうだった。
徴集された男連中の中には、国のためとは言え戦地に赴くことを恐るる者もいたが、彼女はそういう連中を「何を弱気になっている」とよく叱咤したものだ。
思えば当時から十分苛烈なタチだったと思うが、今の彼女はその比ではなく、単なる才能の域には収まらぬ能力を発揮している。

僕が彼女を戦女神と呼び慕うのはそのためだ。
彼女一人の戦力は、数基の砲台と対等に渡り合えるほど強大なのだ。
「何故そんなに強いのか」と問うたら、彼女は肩を竦めて、
「強くなどない」
というのだから驚きだ。
「貴方が強くなければ誰が強いのか。昔軍隊に入っていたのか」
僕が問いを重ねると戦女神はじろりと紅い目で——そう、彼女の目は紅いのだ。暁の空や、あるいは鮮血のごとき赤を、彼女の双眸は宿している。それもまた魅力的であることをここに記したい。

とにかく、彼女は僕を睨みつけて、言葉を慎めと小さく叱り付けた。その眼光はあまりに鋭く、僕はここで死ぬのだと直感したほどだ。
だがマリア、そこに恐れはなかった。僕はむしろ殺されるならば光栄だとさえ思ったのだ。敵兵に撃たれるより彼女に撃たれることの方が名誉に思われたのだ。国賊と君は誹るだろう。

彼女はその後
「昔から用心棒をしていたからそのせいだろう」
今日はもう寝ろと言って立ち去った。
その後ろ姿の、なんと凛々しいことか!

ああマリア。
僕は君に謝らなければならない』