四百四病の外

恋人の日短編



 浮かれちゃってまぁ。可愛い人たち、と目を伏せた。
 暗転した視界の中、北北東からきゃいきゃいはしゃぐ声が聞こえて来る。高く媚びた声と、低く柔らかな声。私が今まで聞いていた彼らの声は何だったのかと眉を寄せる。
 貴女はそんな声も出せたの、君は愛する人の前だとそんな風に笑うの、そう、……そう。
「恋なんか遊びだよ。本気になる方が馬鹿なんだ」
 そんな風に言っていたのは、彼の方だ。だのに彼は“馬鹿になって”楽しそうに浮ついた顔を晒している。隣の彼女も、きっと今頃ふわふわと浮かれた笑みを顔いっぱいに広げているに違いない。

「そいつはほんの2日前まで、私と同じベッドで寝て、本気になる方が馬鹿だって笑ってたのよ」

 そう言ってやったらどんなに胸がすく思いだろう。彼らへの祝言代わりにそんな風に言えたら――……と、不意に耳に馴染んだテノールで名前を呼ばれる。「なあに」と返した私の声にも、彼の穏やかな低音にも、一昨日までの火照りは残っていなかった。