ユニコーンの檻

食べてないけどカニバ要素があります




 あのひとはどんな味がするだろうと、そんなことを考えた。視界の片隅に映る、優美にして艶やかな後ろ姿にごくりと唾を飲んで、甘いかしら、それとも苦いかしらとその味を想像する。
 あのひとはいつもふんわりと柔らかな匂いを漂わせている。高級ホテルのバスアメニティのような、心地いい上等な香りだ。そういうコロンをつけているのか、……いや、あのひと自身の香りか。そのほのかな甘さ、普段の物腰の柔らかさ。そこから推察するにやはり甘いのだろうか。舌の上でとろけるような、そんな肉質かもしれない。それはきっと、間違いなく美味い。

 ……風に乗って流れ込んできた芳香が鼻腔をくすぐる度、自分の中から渇望とも言える強大な感情――欲、というのかしら――が沸き起こって、早く満たされたい、と猛々しい咆哮をあげた。
 なんとなく腹が減っているような気がする、喉も渇いたように感じる。
 あのひとの肉なら、あのひとの血なら、この飢餓から自分を救ってくれるのじゃあないか。たったひとかけら、たった一滴、それくらいなら許してくれやしないだろうか。「飢えで今にも死にそうなんです」と頼んだら、心優しく美しいあのひとは「そんなに大変なら、――」と、いかにも柔らかく美味そうな血肉をほんの少しでも分けてくれるのではなかろうか。そうしたら、誰にも咎められず、このひとに許されたのだと言って、薄橙の皮膚に歯を突き立てることができる。

 件のひとが近くを通りがかる度、此方の視線に気付いてひらりと手を振って笑いかけてくれる度、そんなことを考えていた。その倒錯した感じ、――もとい異常性。そういったものに気付いていてなお、この薄気味悪い猟奇的な想像を止めることが出来ずにいる。

「きみのそれは、恋というのかね。いわゆる肉欲を、食欲と履き違えているだけじゃないかね」

 ある人はそう言って、俯いた此方の顔を覗き込んだ。「似ているとか似ていないとか言うじゃないか、……」しっとりと穏やかなその声に静かに首を振る。
「これは肉欲なんてものじゃあないんです。自分は本当に、あのひとを食べてしまいたいと、そう思っているんですから」



title:ユリ柩
theme:好きだから食べてしまいました/確かに恋だった