傷つけあう唇を溶かして

 品というものから一番かけ離れたところにいる、と思う。彼は最低で下品な男だ。下卑たことを言うこともあれば、仕事中に怪しい店へ出入りして女を買うこともある。一言ではっきり示すなら、彼にはクズとかクソッタレとかいう言葉がよく似合う。彼に惹きつけられるだなんてどうかしている、と思うのだけれど、この最低な男は不思議に人を惹きつける魅力に富んでいて、そうして情けないことに――実に情けないことに――私も彼に惹きつけられる人間の一人だった。
「やあハニー、不機嫌そうだね。せっかく綺麗な顔なのにそんなしわくちゃにしてちゃ台無しだぜ」
「ハニーなんてやめて」
 ひらひらと手を振る男に思わずぐっと眉を寄せてしまう。「おっと、怖い怖い」とわざとらしく口にして、彼はひょいと肩をすくめてみせた。大袈裟でわざとらしいリアクションに、ちりちりと胸の内が焦げるような苛立ちが募った。小さく漏らした舌打ちに男はびくりと肩を震わせ、「ハニーって呼んだだけだろ。そんなに怒るなよ」と拗ねたように口にした。
可愛くない、と思う。
 つんと唇を尖らせても、ひょいと肩をすくめても、可愛いとは到底思えない。普段の態度の悪いのが原因だ。普段からもっと大人しくて素直だったなら、この所作にも多少の可愛げがあったかもしれないのに、と思う。
 眉を顰めて睨みつける私に、彼は「悪かったよ」とぶっきらぼうに謝った。
「ちょっとした冗談だよ。もう言わない、誓うよ」
「誓うの」
「誓う、君は僕のシュガーだからね、誓うさ」
 ハニーとは呼ばない、と男は口角を釣り上げた。「シュガーじゃおんなじでしょ」と言うと彼はふんと鼻を鳴らして、にやにやと生意気そうな笑みを湛えた。腐れたにやけづらだ。腹立たしい、と二度目の舌打ちをしてより一層きつく睨みつけると、男はやれやれとため息を吐いて――ため息を吐きたいのはこっちだというのに――。
「顰めっ面も可愛いぜ、ベイブ」
「私やっぱり貴方のこと好きじゃない」




title:失青