Kとある男の死

 なんだか、薄ら寒い夕暮れだった。真っ赤に燃え上がるような空の色がやけに禍々しくて、私はふぅっと煙管の煙を吐いて身震いしたのを覚えている。私の友人である某町のKくんが亡くなったのは、そんな秋の日の、夕暮れのことだった。

 Kくんとは高等学校で知り合った。彼は私と違って運動の技術に秀でていて、こと身体を使うことに関しては右に出るもののいない優秀な生徒であった。その上座学もできると来たので、教員たちはみな彼を贔屓にしていた。私は最初、それを妬ましく思っていたのだが、ある日Kくんが泣きながら私のところへやってきて、少し相談に乗ってはくれないかと言うので、一体どうしたことかと流されるまま話を聞いてやったことがあり、それ以来の仲だった。今となっては秘することでもないので赤裸々に、ざっくりとここに記しておくと、彼の相談事というのは教頭先生からの猥褻であった。私は最初、まさか公明正大な教頭がそんなことをするはずはないと思っていたのだが、よくよく聞いてみると確からしいことが分かり、Kくんの身体にもその跡が残っていたので、驚いてしまった。Kくんはそれにとても苦しんでおり、何とかしてもう二度とこんなことができないような仕返しをやれないか、こんなことを頼めるのは座学でいちばん優秀な君しかいないのだと私に縋り付いて、べそべそと泣いていた。その後私たちはある手段で以てKくんの尊厳を取り戻すことに成功したのだが、その方法はここでは伏せておく。

 とにかく私たちはそれ以来親しくしていて、Kくんの秘密を二人で守り続けてきた。ゆうに二十年を超える親交である。交わした手紙の数は三百以上にのぼり、ともに各地を旅したことも何度かあった。最近では会うことは減っていたが、それでも手紙のやりとりは続いていたので、今回の訃報には全く喫驚するほかなかった。私のところにその知らせを持ってきた者に聞いてみると、彼の死因は事故死だという。事故ですか、と言うとその者ははい、はい、と頷いて、何やら一刻も早くこの場を立ち去りたそうだったので、これは何か隠しているのではないかと思ってその場に押し留めて、さまざまの接待をしてやってようく聞いてみると、それはどうやら殺人のようだった。犯人はもう捕まっていて、それは二十代半ばの青年だということだったが、何だってそんな男に殺されるのだ、通り魔かと言うと、彼はいいえと首を振って、聞くところによれば復讐殺人だとかと答えてくれた。彼に復讐されるような恨みを持っている者がいるものかと一笑にふした私に、使いの者はまた首を振って、それが、と聞き覚えのある苗字を出した。それで、私は全ての得心がいった。これは悪いことをした、君はもう帰りなさいと言って使者を帰した後、私はしばらく脱力して籐椅子に座り込んでいた。復讐殺人。なるほど、と頷いて次は笑いが込み上げてきた。私はその日、自分の部屋で気が触れたように大笑いして、そうしてこの手記を書いている。
 秘密を守るのは、もう終わりなのだ。けれどやはり、これは当時から交わされた二人きりの秘密の約定であるから、最後の秘密だけは、墓場まで持っていこうと思います。さようなら。