ポプシクル

百合



 はぁ、と熱くなった吐息が肌を掠めた。そのくすぐったさにぴくりと肩が跳ね、私は思わず身をよじる。私を後ろから抱きしめる彼女は、薄紅色に色づいた頬を私の顔に寄せ、すりすりと何度か頬擦りをして肌の感触を楽しんだ後、ちゅ、ちゅ、と可愛らしい音を立てて耳朶から首筋にかけていくつもキスを贈った。
「桜木、」
 ちょっと、と彼女の唇に手を添えて強引に口づけを止める。桜木は私の手のひらに一、二度口づけて「なあに」と気だるそうに言葉を落とした。
 彼女の声は春先に吹くそよ風のような暖かさと心地良さを孕んでいる。聞く者の心を和らげるような魅力に溢れたその声色は、私の前でのみ、濃厚なバニラアイスのような優雅な甘さを含んで空気を震わせる。私は彼女の、甘い声、というものがこの世のどんな音より好きだった。桜木は、私にとって金糸雀のような存在だったのだ。

「耳にキスするのやめてよ、くすぐったい」
「嘘、くすぐったいなんて嘘でしょ」

 かぷり、指先を食まれる。粒の揃った白い歯が、私の爪と指の腹を甘噛みしている。ちろりと覗く薄桃色の舌がコケティッシュで、何やら危ういものを見てしまったようで、さっと視線を逸らした。彼女はそれを、図星に思っての行動だと考えたらしい。
「モモは変態だから、気持ちいいんだ」
 耳も首も弱いもんね、と桜木は囁くように言って、私の手に自分の手をするりと絡めた。抜けるように白く、薄く血管の透ける華奢な手が、少し肉のついて丸くなった私の指に絡み、柔く握り込んでいる。冷え性を持つ私には、彼女の手のひらは随分温かく感ぜられて、それがまた奇妙に色っぽかった。

 邪魔な障害物――つまり私の手――を退けた彼女はますます調子を出して、私の耳に顔を寄せ、上下の唇で軽く食むようにして刺激した。刹那、ピリッとした感覚が背筋に走る。電流にも似たそれが果たして何なのか、私は本能的によく知っていた。「やめてってば」そう言って逃れようとすると「耳が真っ赤だね」と桜木が追いかけてきて、彼女に抱き止められたままの私はあっさりと捕獲され、ふぅっと息を吹きかけられたり、温かな舌で耳の輪郭を辿られたりする。むずむずと嫌な熱を孕み始めた体をわずかに動かして「ねえ、」と再度切り出すと、彼女はふっと息を吐いて、
「この先はまだしないよ」
 と囁いた。耳朶を食んでいた薄ピンクの柔らかそうな唇が不意に頬に触れて、そのままはむはむと甘噛みされる。桜木にはどうも重症な噛み癖があるらしかった。

「今日はちょっと噛むだけだから、許して、モモ」
「許さないって言ったらどうするの?」

 そう問いかけると彼女は少し黙った後、「次会った時ひどいことする」と短く答えて、それきり頬や首の辺りに軽く歯を立てるばかりだった。




title:ユリ柩