君に出会ったのは、入学式、桜舞う季節。
東京から、家の事情で姉と二人で引っ越した、中学1年生の春。本土では丁度桜が咲くか咲かないかの季節なのに、沖縄ではすでに散り始めていたのを今でも覚えている。
例年よりも開花が遅く、入学式に吹雪く桜色は、彼の黒髪に良く映えていた。
***
学校で時々すれ違う程度の彼。友達と駄弁って歩くときもあれば、ただボーッと窓の外を眺めているときもあった。彼の名前はなんて言うんだろう?話しかけてもいいのかな?見かける度考えて、やめる。
沖縄の方言は私にはまだ難しかった。まずは言葉の壁を克服するのが、何よりも先だと言い訳して、気恥ずかしさを誤魔化した。
ただ、それでも何度も見てしまうから、目が合うことも増えていった。視線が交じると心が跳ねる。何だろう、なんでこんなに気持ちが浮つくんだろう?と不思議に思っていたが、この頃の私にはまったく理解ができなかった。
彼も、目を合わせるだけで声をかけてくることは無い。ただお互い、よく見かける人、という認識だったように思う。
彼の名前を知ったのは、中学2年生に上がってすぐだ。出会ってから1年も経過していたが、私の彼に対する気持ちは褪せることはなかった。斜め前の席、窓際に彼がいる。
その姿を見ただけで私の心は高鳴る。今年は桜がすでに散り、夏と変わらぬ陽射しでも、彼は涼しげに風に当たっていた。
「平古場凛。ゆたしく。」
HRの自己紹介。たったこれだけの短い挨拶。声を、言葉を頭に叩き込もうと、心のなかで何度も噛み締めるように繰り返す。いつかこの名前を口にできますように。そんな祈りを込めながら。
心の中で何度も名前を呼んでいると、いつの間にか私の番が回ってきていた。先生に名前を呼ばれ、慌てて席を立つ。
「あ!はいっ、夜野月です。よろしく、お願いします!」
私の慌てた自己紹介に、1年生の頃知り合った友達にクスクス、と笑われる。座る間際に彼をチラ、と見てみたら目が合った。
ちゃんと聞いててくれたんだ、という嬉しさで心が弾む。と同時に、視線を合わせたという事実で頭が真っ白になった。刹那の時間ではあったけれど、私が席に腰を下ろしたとき、彼ははにかんで目線を前に移した。
その笑顔は、私の宝物だ。
***
話しかけることもなく、数日。今日もまた平穏に授業を終えた。授業中たまに彼の後ろ姿を眺めていると、あくびをしていたり窓の外を見ていたり。真面目とは言えない授業態度に目を細めた。
そんな彼は、時たまに先生に当てられ、怒られていることがある。なんて自由なんだろう、ただ授業を受けているだけなのに。
帰る支度をして、慣れない沖縄の太陽の下に行くのを躊躇う。まだ春だというのに、太陽は容赦なく私の心を夏色にする。
「なぁ、やー、今から帰るんば?」
思いがけない彼の声に、心臓が跳ねる音がした。へっ?と彼の席を見ると、あのときみたいに視線が交じる。いつもと違うのは、お互いがお互いをしっかり確認していること。
「うん、…えと、平古場くん。も、帰るの?」
目を離したくなくて、しっかり目を見ながらしどろもどろに応える。名前を呼べるときが来るなんて!声をかけてもらえるなんて!帰り道に不幸が転がっていても構わない、今日の私はちゅーばーだ。なんて心のなかで騒ぎながら。
「わんはこれから部活やっし。やー…夜野。せっかくなら見てくか?暇だろ?今日、海行くんばーよ。」
「いいの…?せっかくだから、行きたい!」
どうせ暇だしね、と返せば彼ははにかんで頷いた。どうして私を誘ってくれたんだろう。もしかして、暑さに外が億劫になっていたのがバレて、海に誘ってくれたのかな、なんて。
平古場くんの気持ちは分からないけれど、教室を出なくて良かった。
そのまま鞄を持って、二人で海へ向かう。彼の一歩後ろを歩く私の足取りは軽やかだ。隣を歩くのはまだ少し恥ずかしくって、彼の横顔が見えるこの位置が心地よく感じた。