晴れの日、雨色



あの日から、凛くんは声をかけてくれなくなった。返事も、ない。甲斐くんが一生懸命仲介に入ってくれたけれど、何も変わらずに合宿が終わった。

***

無事に都内の高校にも入れて、友達もちゃんとできた。バイトをしてお金が貯まれば色んな所へ足を運んだ。見たいものも見れて、様々な土地の歴史も学べている。それなりに充実した日々に、毎日楽しく生活を送ることができた。ただ、それでも心には穴が開いたように、何かが抜け落ちたような感覚が消えることはなかった。

この虚無感は、高校を卒業した後も何も変わらなかった。…私はきっと、選択を間違えたのだ。彼は、今も怒っているのかもしれない。本土に戻っても、彼から一度として連絡が来たことはなかった。私も以前は「友達」としてLIMEを送ってみたけれど、虚しさだけが残って次第に送ることをやめた。

***

大学生になって、また友達をつくってインターンや留学、ボランティアなど、高校の時よりも様々な地域に赴いた。見たい、やりたいと思ったものすべてに手を出した。それはまるで、私に空いた心の穴を埋めるように。いつの間にか、「広い世界を見る」ことではなく「彼との思い出を消す」ために動いている自分がいた。

またいつか会うことがあれば。また、彼が隣で笑ってくれたら。そんな夢物語に浸る時間もないほど、ただひたすらに世界中を飛び回った。本当は心のどこかで、彼にまた会うことをずっと望んでいるというのに。

***

ある日、留学から戻った私は久しぶりに都内に足を運んだ。そういえば、毎日忙しくしていてちゃんと見て回ったこと、なかったけ。自宅から離れて少し歩けば、いつの間にかできた新しい洋服屋さん。嗚呼、ここには雑貨屋さんもできたんだ。一人でゆっくり散策する。

何気ない日常。久しぶりのゆったりとした時間に、ほんの少しだけ彼の姿が脳裏に浮かぶ。今、何してるのかな。まだ金髪なんだろうか。以前より、もっと素敵になっているんだろうな、なんて思いを馳せる。そんなノスタルジーも次の瞬間、一瞬で失われた。誰かに腕を後ろに引っ張られたのだ。

「はいっ?!」

よろけながら、反射的に声を上げて引っ張った人の顔を見る。忘れられなかった金髪の髪、忘れられなかった褐色の肌。私より背の高い、ずっと会いたかった彼。

「月…!!」

変わらない低い声に戸惑う。ねえ、どうして。なんでここにいるの?聞きたいことは山ほどあった。なのに、声が出てこない。声の代わりに溢れ出たのは涙だった。

「凛、くん」
「探したあんに…!やー、全然日本にいないからよ…!」

まるで昔から探してくれていたかのような口ぶり。以前と変わらない優しい笑顔。ずっと、ずっと見たかったその笑顔は、いつぶりだろうか。

「なんで…」

なんでここにいるの知ってるの、と聞きたくて。高校に上がった当初の一方的なLIMEにも、私は一度として居場所は伝えていなかった。返事のないLIMEは、今でも残っている。既読はつくのに返事が来ない。それがとても虚しかったのを、私は今も覚えていて。声にならない。それでも凛くんは、私の言いたいことを悟ったかのような、バツの悪い顔をしてうろたえた。

「あー…引くなよ?亜久津に聞いたんばーよ…。」

やったー、仲良かったろ?と、伏目がちに私に問う。それに対して、私はただ頷くことしかできない。周りの喧騒もお構いなしで、私の目からはとめどなく涙が溢れてくる。彼もそんな私に少し戸惑っていた。

「ここ、人多いさー。場所、変えよう。」

通行人が私たちの顔を心配そうにのぞき込む。端から見たら、男に泣かされている女だ。凛くんも居づらくなってきたのだろう、私の手を引いて人通りの少ない場所まで歩いていく。なんで私を探していたの?なんで亜久津は居場所を言ってしまったの。今会ったら…私は。

「…、わんは、」

ボーッとついてきた私に、凛くんの優しい声が降ってきた。パッと顔をあげると、最後に会った悲しそうな、泣きそうな顔で私を見つめる凛くんがそこにいた。

「わんは、ずーっと、やーに会いたかったんだ。でも、高校に入ってから、今までのことが無かったみたいにわんに連絡寄越してきて…。辛かったさー。わんは、忘れたことなんてないのによ。」
「亜久津に聞いたのは悪かったさー。でも、あにひゃーが教えてくれたのはつい最近。3年粘ったんばーよ。」
「大学も、やーが居そうなところ選んだんやっし。ちょっと違ったけどよー、近所やっし。…結局、わんが追いかけてしまったなぁ。」

次から次へと、雨のように優しい、あたたかな言葉が降ってくる。ずっと聞きたかった声が、ずっと聞きたかった言葉を降らす。涙が止まらなくなって、凛くんが困った顔をするから、下を向いて彼の声に耳を傾ける。

「正直、ストーカーみたいなことしてるなってのは、わんも思ってるさー…。でも、ずっと後悔してたんだ。やーがいなくなる前に、ちゃんと言えば良かったんだけどよ…。意地張って、言いそびれたさー…。裕次郎にも怒られたやっし。」
「なあ、…引いてないか?ちょっとくらい、返事しろよな…。」

優しい声色が哀しみを纏って、慌てて上を見上げれば。眉を顰めて今にも泣きだしそうな凛くんがいた。

「…っ、私ね、ずっと…!」

あなたのことが好きなの。そう言う前に抱きしめられた。付き合っていたのは遠い昔。付き合っていた期間も短くて、あんまり引っ付いたことはないけれど、懐かしい温度が私に移っていく。ぎゅっとする腕の力が、もう離してくれないんじゃないか、というくらい強くなっていく。

「束縛する気はないんばーよ。やしが…、やしが、月、もうどこにも行くな。」
「凛くん、それ…どっちなの…?」

ふふ、とつい笑みを溢せば。上から雨が降ってくる。晴天の今日、雨を降らせる凛くんは、私の大好きな顔で笑っていた。


***

「ね、ところで。」
「亜久津と仲、良かったっけ?凛くん。」

私が首をかしげると、凛くんは赤い目で頬を掻きながら、あー…と言葉を濁す。

「大変だったんだぜ?ストーカーには教えられねえとか言われたさー…。」
「面倒くさいって言わないあたり、亜久津は優しいねぇ。」
「…やー、亜久津のこと、」
「私はずっと、…凛くんだけ、だよ。」

エヘ、とはにかんでみせると、凛くんも顔を赤らめて、幸せそうに笑ってくれた。ずっと見たかったその表情を、次は絶対に手放さないように。また同じ道を歩く。


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